散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
コメント歓迎、ただし仕事関連のお問い合わせには対応していません。

六月の庭

2023-06-27 08:41:20 | 日記
2023年6月26日(月)

 日曜日に校務を務めた後、代休を田舎で寛ぐ。五月の連休と夏休みにはさまれ、六月は帰省する機会が少なかったが、どうやらもったいないことをしていたらしい。


 前庭のアジサイはすべて赤、これは土壌が塩基性であることに依るという。酸性の間違いではない。

 「アジサイの色は土壌が酸性の時には青くなり、アルカリ性の時には赤くなります。アントシアニンは酸性では赤色、アルカリ性では青色になるので、逆の反応です。
 アジサイの花の色は、アントシアニンとアルミニウムイオンが結合(錯体形成)し、そこに助色素が反応した場合には青色になり、アルミニウムイオンがない場合には赤色になります。実際に、アジサイの赤い花には、アルミニウムイオンがほとんど含まれておらず、一方青い花にはアルミニウムイオンが含まれていることが明らかになっています。
 アルミニウムは、普遍的に土壌に含まれている元素ですが、植物が吸収できるのはアルミニウムがイオンの状態、つまりAl3+になった時です。アルミニウムは、pH5.5以下でイオン化し始め、pH4.5以下では、ほとんどのアルミニウムがイオン化します。このため、酸性土壌ではアジサイはAl3+を根から吸収し、萼片(花びらに見える部分)に蓄積するため、アジサイの花の色が青色になります。」


 サフランモドキ Zephyranthes carinata はタマスダレ属の植物。メキシコ、グアテマラ原産。日本には1845(弘化2)年頃に渡来したとされるが、これはこの種を持ち込むことを意図したものではなく、同年に持ち込まれたパイナップルの栽培土に混入していたものだった。さらに薬用となるサフランと混同され、長らくその目的で栽培されたものが明治になって誤りとわかり、サフランモドキの名が付いたという。(Wikipedia)
 「日本では暖地で逸出帰化している地域もある」とある中に、愛媛県中予地方も加わるという次第。
 由来はさておき、草むらにほっこりと大ぶりな桃色が覗くのは嬉しい眺めである。


 ヒメジョオン(姫女菀 Erigeron annuus)はキク科ムカシヨモギ属、中国では「一年蓬」「白頂飛蓬」などというらしいが、実際は越年草である。
 同属のハルジオンとの違いをこのたび知った。
 「標準的には、ヒメジョオンの方が背が高く、花は小さくて数が多く、根本がすっきりしている。ヒメジョオンの茎には空洞がなく、ヒメジョオンの葉は茎を抱かない。これに対して、ハルジオンは、背は低く、花は大きくて少なく、根本に葉がある。また、ハルジオンの蕾は下を向いて項垂れているような特徴がある。ハルジオンの茎には真ん中に空洞があり、ハルジオンは茎を抱くように付く。従って、しっかりと比べて見れば、はっきりと見分けがつく。」
(Wikipedia)
 しっかり比べて見るよりも、手っ取り早く茎を切ってみた。間違いなくヒメジョオンである。
 「1個体あたり47,000以上の種子を生産し、さらにその種子の寿命が35年と長いこともあり、驚異的な繁殖能力をもっている。したがって、駆除がとても難しい。ハルジオンとともに要注意外来生物に指定されているほか、日本の侵略的外来種ワースト100にも選定されている。」
 ともある。
 「食べられる野草の一つとして知ら」れ、「葉は茹でて、おひたしや和え物にしたり、生のまま天ぷらにする。花や蕾も天ぷらに利用できる。食味は「クセはなく、少しシュンギクに似た香りがある」と評されている」そうだから、これはせっせと食べるのが公益のためということか。

 

 ギボウシにこんな花が咲くのも、初めて目にした。七・八月の帰省時にはすっかり終わってしまっている。これは日本を含む東アジア原産で、シーボルトらがヨーロッパに伝えて品種改良が行われたとのこと。若芽が食用になり、主産地は山形だというのだが、「お味噌汁に入れてよく食べた」と教えてくれた人は兵庫の出身だった。

 

 わが家のノウゼンカズラは赤みが強い。

 

 今年のランタナはピンクよりもオレンジの勢いが勝っている。


 ムラサキカタバミは同じカタバミでも南米原産、江戸末期の渡来植物で、これがまた要注意外来生物だという。
 お終いにもうひとつ、これも初対面。





 ヒメヒオウギズイセン(姫檜扇水仙 Crocosmia x crocosmiiflora)アヤメ科ヒオウギズイセン属、別名モントブレチアというのだそうだ。 
 「明治時代に渡来した、南アフリカ原産の園芸種。
 ヨーロッパでヒオウギズイセンとヒメトウショウブとを交配して作られた雑種ですが、繁殖力が強く全国的に野生化。佐賀県では条例で栽培禁止となっているほどです。
 鮮やかな朱色は緑の中にとても映えるので、植えてみたくなるでしょうが、花壇を乗っ取られることになることも多いようです。」

 いやいやなかなか大変だ。

Ω



二十四節気 夏至 / ナツカレクサにカラスビシャク

2023-06-21 14:47:15 | 日記
2023年6月20日(水)

 

 夏至 旧暦五月中気(新暦6月21日頃)
 夏の季節のちょうど真ん中、北半球では昼が最も長くなる日です。
 この頃は梅雨のまっ盛りでもあり、じめじめとした日が続くことも。農家では、田植えの繁忙期にあたります。
 咲きはじめの花菖蒲、雨に映える美しい紫陽花などが目にやさしく、心なごませる時期でもあります。
(『和の暦手帖』P.54-55) 
***
 早くも夏至、このあと盛夏に向かう中で、陽は次第に短くなるのが何としても不思議である。太陽の力は今が極み、暑さを貯めて熟れさせるのは地上の側の事情なのだ。

七十二候
 夏至初候 及東枯(なつかれくさかるる) 新暦6月21日~26日
 夏至次候 菖蒲華(あやめはなさく)   新暦6月27日~7月1日
 夏至末候 半夏生(はんげしょうず)   新暦7月2日~6日

 いやはや、これは調べが要る。
 及東は夏枯草の古名だそうで、草木が繁茂するこの時期に枯れていく草を指すのだという。ウツボグサと呼ばれるものがそれであるらしい。
 ウツボグサ(靫草・空穂草、Prunella vulgaris subsp. asiatica)は、シソ科ウツボグサ属の多年生植物の一種。日当たりのよい山地に自生し、草丈30センチメートルほどで地下茎を伸ばして殖える。夏に紫色の花穂をつけるが、花が終わると褐色に変化して枯れたように見えることから、カコソウ(夏枯草)の別名がある。漢方に使われる薬用植物で、利尿や消炎に用いられる。
 学名の Prunella には扁桃腺炎の意味があり、欧米でも同症の治療に用いられたという。「日本各地、アジア東部に分布する」との別の解説と矛盾するようだが、セイヨウウツボグサなるものの亜種とする記述もあり、大きくは地球上に広く分布する一族らしい。
 そのウツボグサこと夏枯草(カコソウ)が枯れる(ように見える)夏至の候、シソの仲間と言われれば確かにそのように見える。


 半夏のほうは漢方薬で名が売れている。半夏厚朴湯、半夏瀉心湯など。これはカラスビシャクなるものの別名、あるいは乾燥させた根茎を指すのだと。
 カラスビシャク(烏柄杓、Pinellia ternata)はサトイモ科。和名の由来は、仏炎苞とよばれる形状のカラスが使う柄杓に見立てられたもので、「カラスが使う」は「役に立たない」の意味だそうである。旧約の世界から日本の田舎まで、カラスはどうも良い役がもらえない。
 方言の名称が面白い。ヒャクショウナカセ(鹿児島県)、カラスノオキュウ(群馬県)、さらに「ヘソクリ」というのもあり、これは上述の根茎を掘って薬屋に売り、小銭を貯めたところに由来するのだと。
 その姿はこんな具合。博学なブログ主さんは、半夏生(ハンゲショウ)について「夏至から11日目、太陽が黄経100°を通過する日」であり、かつ「カラスビシャク=半夏が生える頃合い」であると紹介してくれている。


 東邦大学のサイトが充実しているが、これは「無断転載禁止」と明記あり。

 野田市のサイトが、これまた熱っぽくまとめている。

 「役に立たない」カラスビシャクにも、ずいぶん愛好家がいるものだ。

Ω
 

ムクドリ大集合

2023-06-19 19:47:22 | 日記
2023年6月19日(月)

 2週間ほど前だったか、朝からムクドリの大合唱で何事かと腰を浮かすことがあった。「大量にムクドリが集まった場合には、パチンコ店内の音量と同じレベルに達する」と Wikipedia にある、まあそんなものである。さほど長くは続かなかったが、近隣に相当数のムクドリが住んでいることはこれで知られる。
 今日は今日とて夕暮れ時、夏至直前でまだまだ明るい18:45、ふと見ると中学校のグラウンドを囲むネットのてっぺんにムクドリが大集合している。鳴き声は控えめでおとなしく整列、この度はそういう申し合わせらしい。



 騒音の害やら糞害やら、都市部では悪評が目立つようだが、僕はこの鳥を悪く思うことができない。ひろすけ童話集で読んだ『むくどりの夢』が心の中にしっかり根を下ろしているからである。
 気がつけば自分も、子どものとりの境涯になった。

Ω

 
 

小塩先生のお人柄

2023-06-19 18:12:54 | 日記
2023年6月19日(月)

 小塩先生の記事を今日アップしたのは偶然かと、さっそく知人から質問あり。というのも、昨日のNHK『こころの時代』で同先生の追悼番組が放送されたからである。
 『神との対話 ~ ゴート語訳聖書の世界』、以下は配信サイトに付された解説:
 小塩節さんは、テレビのドイツ語講講座の名物講師だった。ドイツ語への関心は、戦争中、牧師の家庭に育った幼いころの記憶に始まる。戦後、初めてドイツで学んだ時に出会ったのが、古いゴート語訳の聖書。戦争中の蛮行への罪責が生々しかったドイツの人々の信仰のあり方と相まって、忘れられないものとなる。以来、半世紀をかけて追いかけた古い聖書に込められた「神」への思い、それを訳した人の信仰。【2004年3月初回放送】

 今日取り上げた経緯については質問者の御明察、遠方の親族がこれを見て「良かった」との感想を家人に伝えて来、食卓の話題になって思い立ったのである。そうと知って知人が伝えてくれた思い出話をそのまま転記する。

 …小塩節先生がドイツ語講座を担当しておられたとき、母が大ファンで、いつも「コシオブシ先生」と呼んで親しんでいました。母は語学が大好きで、特にロシア語とドイツ語に励んでいたのです。
 そんな母の様子を、姉が小塩先生あてに手紙で書き送ったことがありました。
そうしたら、なんと「お母様へ、コシオブシより」と書いてお返事が来たのです。
 先生は、御自身より年上の母が先生の講座で学んでいることを、申し訳ないほどの敬意をもって喜んでくださっていました。
 ブログを拝見して、そんなことを思いだしました。

***

 念のため、御尊名は小塩節(おしお たかし)と読む。ゴート語訳聖書とはどんなものか、聖書をゴート語に訳すとはどんな作業か、ひとつ配信サイトで見てみるとしよう。

Ω

小塩先生が聖書の朗読についておっしゃったこと

2023-06-19 07:34:37 | 聖書と教会
2023年6月19日(月)

 「すぐれたお坊さんの唱えるお経にはみごとなものがある。真言経や般若心経など、耳を傾けているだけで心に沁みるものがある。キリスト教の教会でも、かつて用いられていた文語訳聖書を明治生まれの牧師さんは堂々と朗読していた。最近の私たちの世代は、マシュマロのように骨のない口語訳聖書を、いたるところまちがえながら読みあげて平気である。これは国語力の衰弱以外の何ものでもない。」
小塩節『ドイツ語とドイツ人気質』講談社学術文庫(P.57-58)

 
 
 たまたま家庭で話題になったので、久しぶりにページをめくってみた。小塩節先生は1933年生、2022年没。残念ながら直接お目にかかる機会がなかったが、ドイツ語講座などで聞き慣れた深く柔らかい声と朗らかな語り口が記憶に鮮やか、世代・時代を彩る背景の重要な一部である。そう言えばアルフォンス・デーケン師やグスタフ・フォス師などと「ドイツ」や「キリスト教」という切り口で接点がなかったものか。
 「最近の私たちの世代」について師が慨嘆されたのは1980年代のことと思われる。口語訳聖書を「マシュマロのように骨のない」と評する師が、新共同訳聖書についてどのように感じておられたか、伺ってみたいものだった。
 上記に続けて以下のくだり。旧約には師をしてかく言わしめるものがあり、思想内容のみならずその形式に注意を払う必要がある。聖書朗読にあたる礼拝司式者も留意すべきところ。「仮に日本語訳で読むとしても」と付け加えておこう。

 「聖書はお経と同じだ、とは言えぬかもしれない。せめてたとえれば旧約聖書は全篇これ「詩」篇だと言うことは許されよう。だとすれば、詩の朗読と同じように、正確かつ音楽的でないといけない。」
上掲書(P.51)


Ω