一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

サヨナラ、ワインサロン(中編)・最後の対局

2011-09-14 00:03:12 | LPSA木曜ワインサロン
中に入ると、船戸陽子女流二段がいた。目にも鮮やかな、ピンクのワンピースだった。でも顔を見ることは、できなかった。
だが、どうしてこの時間になってもほかに人がいないのか、さっぱり分からなかった。いままでの例では、最低でもひとりは客がいた。今回は想定外の状況である。頭が混乱した。だが状況はどうあれ、船戸女流二段にはお土産を渡さなければならない。
「船戸先生、ご結婚おめでとうございます。これ、沖縄土産…結婚祝いになっちゃったけど」
屈辱の言葉だった。なぜ私が、こんなことを言わなくてはならないのか。今年の年頭では、考えもしなかった。今年1年も、楽しく時が過ぎると思っていたのに…。
私は、嗚咽をもらしそうになるのを堪えながら、事前に何度も反芻したセリフを、何とか言い切ったのだった。
「ありがとうございますー」
対して船戸女流二段は、快活に礼を述べた。いや、ふつうに、礼を述べた。
船戸女流二段は、私が過剰なまでに自分を応援していたのを知っている。そして、私が想いを抱いていたのも知っている。しかしそんなことは意識の外にあるかのように、彼女は自然に、礼を述べたのだった。
自分の頭に、血が昇っているのが分かる。胸が苦しい。体が熱い。手足が痺れる。
「あと前回のワインサロンは、無断で休んでしまって、申し訳ありませんでした」
今度は謝る。ワインサロンは原則的に、私が休みの連絡を入れない限り、「参加」という手筈になっていたからだ。
「沖縄には何日間行ってきたんですか?」
船戸女流二段が、散文的な口調で聞く。
「6日間です」
帰ってきたら、たいへんなことになっていました。
とは、言えなかった。
前に書いた文とダブるが、去年私が沖縄から帰ってきたときは、黒く日焼けした私を船戸女流二段がたいそう羨ましがり、
「近いうちに島の土産話を聞かせてください」
と言ったものだ。いま思えば、これが彼女を飲みに誘うチャンスだった。
「それなら来週にでも、島の話を肴に、飲みに行きませんか――」
と。
しかし私には、それが言えなかった。石垣島のユースホステルのみんなの後押しもあったのに、いざチャンスが来ると、言えなかった。もし誘っていれば、どういう展開になっていたか――。
しかしすべてはもはや、仮定の話でしかない。もう「対局」は、終了してしまったのだ。
私は空いている席に座る。出ているグラスは4つ。つまり3人が、まだ来ていないということだ。Kun氏やK・T氏ら、私以外の常連さんは、どこへ行ったのだろう。まさかそろって休みを取った、ということはあるまい。
ともあれ、ワインサロンを受講するたびに抱いていた、「夢の個人授業」である。いままで何度、それを夢想したことか。
神様は残酷な悪戯をする。今回それが現実のものになったのに、船戸女流二段が結婚したいまは、それがただの苦痛でしかなかった。一刻も早くここから、逃げ出したかった。ごめんなさいと告げて、部屋を出たかった。
あ、と思う。私はLPSAの専用メールに、今回で参加を最後にしたい旨を知らせていた。
とするならば、船戸女流二段が、きょうの私のために、ふたりだけの状況を作ってくれたとは考えられないか――。
ワインサロンは完全予約制だ。ほかの客が予約してきたら、「今回は満席になりました」と断れば済む。
のちに私との個人授業がばれ、常連組が不審に思っても、「先に予約した人が、そろってドタキャンしてしまって…」と言い訳をすればよいのだ。
そう思えば、彼女のワンピースのピンクも、私の好きな色だ。もしかしてこれも、私のために…。
とそこまで考えて、可笑しくなった。バカな。船戸女流二段が、私のためにそんな演出をするわけがない。
服はたまたまピンクだった。ほかのお客だって、これから遅れてやってくるのだろう。
「お祭りだったんですか?」
船戸女流二段が聞いてくる。しかし咄嗟には、意味が分からなかった。8月の社団戦は、私が地元の祭りに参加するため、休みをもらっていた。そのことを船戸女流二段は云ったようだった。
この問いかけから、彼女がふだんから、私のブログを読んでいるように思える。しかし残念ながら彼女はもう、私のブログを読んでいない。それは彼女が、私の沖縄旅行を人に言われるまで知らなかったことで分かる。あんなに長期間に亘って沖縄旅行記を書いたのに、彼女の目には触れられていなかったのだ。
しかし、そのほうがよかったのだろう。あんなに惨めな旅行記はない。
あれは私がブログを始めて半年くらい経ったころだったろうか。ブログを続けるのがつらくなって、止めようと考えていたことがあった。
そんなとき、船戸女流二段からメッセージカードをもらった。そこには
「私は大沢さんのブログが大好きです。女流棋士へのLove、あはれみ、おかしみがあふれていて、万葉集のようです」
としたためられていた。
このメッセージが、以後のブログを書くうえで、どれほどの力になったか計り知れない。船戸女流二段に読んでもらいたいから、私は毎日毎日、ブログを書いた。船戸女流二段だけのために、ブログを書いた。
旅に出る際にはこのカードを欠かさず携帯し、彼女と旅をしている気分に浸ったものだった。
あのメッセージカードがこんな使い方をされていたとは、さすがの船戸女流二段も思わなかったろう。
だが彼女は、このブログを読んでいない。私がこれだけ彼女を辱めていれば、彼女が愛想を尽かすのも当然だ。私のウジウジした、歪んだアプローチが、彼女を敬遠させてしまったのだ。自業自得だった。

「は…はい」
私は戸惑いながら、返事をした。
「社団戦、成績いいですね」
「でも、次(最終日)が大事ですから」
こんな他愛もない会話をするのも、きょうが最後だ。冒頭でも書いたが、ワインサロンは、私が船戸女流二段に少しでも近づきたい、と邪な心で受講していたものである。彼女が結婚してしまっては、もう参加する意味がない。
同じように、LPSA芝浦サロンでも、彼女に教えていただく意味がない。対局中に船戸女流二段のご主人のオーラが見えてしまったり、結婚指環が目に入ってしまっては、気持ちがすさむだけだからだ。私は船戸女流二段の結婚を喜んであげられるほど、人間ができてはいない。そんな半端な気持ちで、彼女を想っていたのではないのだ。

ホワイトボードには、「長野県産」と書いてあった。国産のワインは初めてではないか。船戸女流二段が私のグラスに、「最後のワイン」を注いだ。
「先に将棋を始めましょうか」
船戸女流二段が言う。
1対1なので、船戸女流二段が私の向かいに座った。彼女の結婚前なら、確実に私はムラムラしていただろう。いや、私は船戸女流二段と談笑しているときでさえ、いつもムラムラしていた。体も確実に、彼女を欲していた。
それなのに私は、何もしなかった。己の欲望を封印し、彼女に対して、何のアクションも起こさなかった。これでは、彼女を想っていなかったのと同じだ。バカだったと思う。行動を起こすのだったと思う。しかし、もう遅い。何もかもが、遅かった。
いまはもう、ムラムラなどしない。それどころか、船戸女流二段の顔すら見られない。見るのがつらい。私は顔を伏せたままだった。
盤上に駒が撒かれた。船戸女流二段が、細い指で「王将」を取る。私が震える手で「玉将」を取った。
船戸女流二段はそのまま、パッパッパッと並べてゆく。私は1枚1枚しっかりと、並べてゆく。彼女にとってはただの指導対局でも、私にとっては、これが船戸女流二段との最後の対局なのだ。
船戸女流二段が並べ終えたとき、盤上には私の歩が、まだ5、6枚残っていた。
ようやっと最後の歩を、「1七」に置いた。けっきょく指の震えは、最後まで止まらなかった。
「よろしくお願いします」
私は深々とお辞儀をし、精魂を込めて、▲7六歩と指した。
(つづく)
コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« サヨナラ、ワインサロン(前... | トップ | サヨナラ、ワインサロン(後... »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
想いがジーンと (さわやか風太郎)
2011-09-14 01:52:28
流石です。見事な筆捌きです。読む人をここまで魅了するなんて。
過去に戻れたなら。
返信する
ぴったりの歌 (とん楽)
2011-09-14 09:56:12
私ならこんな時に歌います、伊藤咲子の「乙女のワルツ」。
返信する
小説 (喝采)
2011-09-14 10:23:44
 すばらしい描写。緊迫感が伝わってくる。一流の小説のようだ。そして私小説というより、小説に近づいている。

 しかし、バリ姫がこの才能を引き出していると考えれば、バリ姫の個性も褒めてあげなければならない。
返信する
駄文 (一公)
2011-09-14 23:33:05
>さわやか風太郎さん
ありがとうございます。
もう、「対局」は終わってしまいました。私の戦う場所はありません。

>とん楽さん
おお、とん楽師匠!! 師匠には応援いただいたのに、ご期待にそえず、申し訳ありませんでした。
「乙女のワルツ」は、私には辛すぎます。

>喝采さん
ありがとうございます。でもこんなの、駄文です。
船戸先生は、文才がありますね。その才能に、軽く嫉妬しています。
返信する

コメントを投稿