一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

第3回 信濃わらび山荘将棋合宿(第6譜)・大野八一雄七段、対伊藤真吾四段戦を語る

2011-11-15 00:16:48 | 将棋イベント
背後で行われているリレー将棋は楽しそうで、中井広恵女流六段がゲラゲラ笑いながら指している。こちらは一手で形勢が左右される神経戦で、私語は一切ない。
大野八一雄七段のペアの将棋部員氏と、私のペアのKub氏とも、級位者。ペア将棋は、相棒が何を考えているか推し量るのが重要だが、それが級位者だと、その「配慮」は関係がなくなってくる。3手一組の指し手が実現することは、まずないからだ。ただそれはそれで別のおもしろさがある。
本局は、中盤での銀損が響いて、そのまま私たちペアが負けた。どうもおもしろくない、と消化不良になっているところへ、かの将棋部員氏が再戦を希望した。そこで今度は組み合わせを替え、大野・Kubペア×将棋部員・私ペアで2局目を開始した。
今度も相矢倉。中井女流六段らのリレー将棋は、別の将棋部員氏らが加わって、いっそう賑やかになっていた。
暖房機の前には、飲み物とお菓子がごってり置かれている。飲み物はともかく、お菓子は食べても食べても減らない。お菓子好きには堪らない光景だろう。ただしダイエット中の大野七段は「濃いお茶」と「イカ」しか胃に入れていない。もっとも、対局中にお菓子をバリバリ食べる気にはなれないものだ。
ペア将棋は中盤戦に入った。一進一退の進行だったが、▲7五角と角交換を迫ったのが大悪手。角交換後△3五角と王手飛車を掛けられ、一気に敗勢に陥った。だが終盤、Kub氏が高速の寄せとばかり△8六飛と走ったのが、▲同金でタダというお返しの大悪手。これで一手を争う大激戦となった。
しかし結果は無念の、再逆転負け。大野七段の妖しい粘りに屈した。ただペア将棋のおもしろさを堪能し、充実した2時間だった。
時刻は25時近くになった。すなわち6日の午前1時である。蕨市役所将棋部OBの4人は、すでに就寝。まあ、これがふつうの行動である。しかし私たちは、まだまだ将棋を指すのだ。
「大沢さん、この前の竜王戦、並べますよ」
と大野七段が言った。
大野七段は先月行われた竜王ランキング戦6組の昇級者決定戦決勝で伊藤真吾四段と戦ったが、武運つたなく敗れた。
今回の合宿でも、大野七段がたびたび
「また大沢さんにブログネタを作っちゃいましたよ」
と自虐的に語っていたから、さぞ劇的な展開だったのだろう。いま、その将棋を並べてくれるというわけである。なんて贅沢なことだろう。私は再び大野七段の前に座った――。

将棋は後手番伊藤四段のゴキゲン中飛車。大野七段は端歩を突いてから左美濃に玉を囲い、角交換から▲2三角成と馬を作る。伊藤四段は△3二角と打って馬を消しにくるが、大野七段は馬を自陣に引き、相手にしない。
伊藤四段の△1四角に、大野七段、右桂をポンポン跳ね、ますます快調。
伊藤四段は△2五銀と出る。しかし△2五銀・△1四角の形がひどく、目を覆いたくなるほどだ。形勢はもちろん、大野七段がよい。このあたり、伊藤四段の肩がガクッと落ち、大野七段は自分の勝ちを疑わなかったという。
伊藤四段は対局時フリークラス在籍だったが11連勝中で、本局に勝てば規定の条件をクリアし、竜王戦5組昇級と同時に、順位戦C級2組への昇級も決まる大一番だった。
まあ本局に負けても、近いうちにC2昇級は決めていただろうが、1日でも早いに越したことはない。伊藤四段の胸中、いかばかりだったか。
コテージ内を見渡すと、R氏とKaz氏は、横歩取り△8五飛戦法の研究。Y氏-Hi氏と、Mi氏-Fuj氏は対局をしている。バカだ。将棋バカだ。
局面に戻る。まず目につくのは天使の跳躍と呼ばれる▲5三桂成である。これは△6二金との交換が約束されるので、さらに先手の優位が拡がる。ところが、そのあとの決め手がはっきりしない。それで大野七段は、オヤ?と訝しく思ったらしい。
将棋は、優勢になった側が最善手を続ければ、その差は自然と拡がり、勝利に結びつく。ところが本局に限り、その常識が通用しないのだ。居飛車の右桂が、敵金と交換になる。それで後手玉の守りは銀1枚。さらに1筋、2筋の角、銀もひどい。自陣を見れば馬付き左美濃の堅陣だ。どうしてそれで、明快な勝ちがないのだ?
後手は打たれ放題のようでも、△2六銀~△3六歩の2手が入ると、眠っていた飛車、角、銀に一気に活が入る。意外に猶予はないのである。大野七段も必死に読むが、読めば読むほど優位が小さくなり、難局になるのだった。まことに摩訶不思議な局面である。なにが、どうなっているのだ…。大野七段は呆れ、驚いた。
「優勢なのに決め手がない、20年に1回あるかないかの不思議な局面」は、こうして現れた。
長考の末、大野七段は天使の跳躍(▲5三桂成)を諦め、▲3六飛と走った。しかしこれでは作戦成功とは言い難い。
ここからの大野七段の指し手は迷走を極める。対して伊藤四段は、一度は諦めた将棋だから、指し手に迷いがない。大野七段の緩手連発に伊藤四段の好手連発で、ついに形勢がひっくり返った。
深夜になり、大野七段、ついに投了。伊藤四段は一気の12連勝でダブル昇級を決めた。大野七段は図らずも斬られ役になり、13年振りの竜王戦昇級は、ひとまずおあずけとなった。
大野七段、5ヶ月前の吉田正和四段戦もそうだったが、本局も実にいい将棋を落とした。これは「昇級の女神」に見放されているのではなかろうか。
ただそのおかげで、格好の「将棋ペン倶楽部」ネタが出来上がってしまったのも、皮肉であった。
しかし、「まだ残っている」。今期の竜王戦6組は、昇級者が5人。すなわち、大野七段は敗者復活戦の5位決定戦で、もう1局指せるのである。相手は加藤一二三九段。いままでの若手棋士と違って、気心も知れている。これは大野七段、今度こそいけるのではないか。
私は期待もこめて、過去の対戦成績を聞く。と、大野七段の1勝3敗、とのことだった。
1勝3敗…。負け越してんのか…。しかしこれは、加藤九段が名人や十段を保持していたころの話で、参考にならない。
加藤戦は11月10日に行われるが、大野七段、なんとかしてくれるだろうと、私は淡い希望を抱くのだった。

Kaz氏に請われて、Kaz氏と実戦。Kaz氏とは、一昨年11月に行われた「蕨市制50年記念大会」で初めて対局をしたが、そこで簡単な7手詰を逃し逆転負けを喫してから、どうも相性がわるい。恐らくダブルスコアで負け越しているはずだ。コテンパンに負かされた記憶はないのだが、どうも勝ち運がない。まあそれも実力ではあるのだが…。
本局は相矢倉になった。先番Kaz氏の▲3五歩△同歩▲同角に△4五歩と反発し、△4四銀~△3四銀と二枚銀の形を作る。以下も厚みを作って、優勢になった。そのハイライトが下。

先手・Kaz:1五歩、1九香、2六歩、2九桂、3四歩、5三金、6五歩、6六銀、6七金、7六歩、7七銀、7八金、8六歩、8九桂、9七歩、9八玉、9九香 持駒:角、歩
後手・一公:1一香、1三歩、2二玉、2四金、2七飛、3三桂、3六銀、4六銀、5四歩、6三歩、7四歩、8一桂、8二飛、8七歩、9一香、9三歩 持駒:角、歩4
(▲3四歩まで)

以下の指し手。△3四同金▲1六角△6七飛成▲3四角△2三角▲6七角△同角成▲同金△8六飛▲8八歩△7八角▲8六銀△8八歩成▲同玉△8七金▲7九玉△6七角成▲2四飛 まで、Kaz氏の勝ち。

この局面、飛車金交換で後手の優勢。先手の攻め駒が乏しく、切れ模様になっている。Kaz氏は▲3四歩と打った。この意味が分からず、私はさして考えもせず△同金と取ったが、▲1六角と打たれて飛び上がった。こんな手を見逃すとは…。
私は勢い△6七飛成と突っ込み、△8六飛。「カッコイイ…」とKaz氏がつぶやいたが、こういう手は、受け切られるとオワリだ。事実▲8八歩に私は舞い上がって、△7八角。しかし数手進んで、▲2四飛が決め手。ここで私は投了した。
感想戦では、▲3四歩を相手にせず、△2九飛成がよいとされた。桂を持てば△9四桂がある。△2九飛成に▲4三金△3四金▲5六角(両取り)は、△2八竜(詰めろ)の切り返しがある。
本譜、△3四同金と取った時点で、チェスクロックの残り時間は10分近くあった。このときなぜ腰を落とさず考えなかったのか、大きな悔いが残った。
(つづく)
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3 コメント

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摩訶不思議な局面 (代打の神様)
2011-11-15 00:57:31
プロが考えても「優勢なのに決め手がない」というのは珍しい気がしますね。
「優勢だということはわかるが、決め手がわからない」というのは級位者の私には良くある局面なのですが…(^_^;A
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忘却の角完結編 (Fuj)
2011-11-15 21:45:56
読めば読むほど奥深く劇的な局面ですね。その緊迫感が伝わってきます。相変わらず一公さんの文章は鮮やかですね。素材もいいし、料理人もいいという感じです。しかし、対局に夢中でそのような検討が行われているとは全く気づきませんでした。将棋ペンクラブで読むのが今から楽しみです。
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20年に一度の将棋 (一公)
2011-11-16 00:11:04
>代打の神様さん
これがですね、この将棋に限って、現れたのですね。すべての条件が先手有利と示していながら、決め手がない。
「こんな将棋があるんですかね」
と大野先生の言でした。

>Fujさん
この摩訶不思議な局面をお見せしたいです。ただ私の文章がそれに見合っておらず、残念です。でも、観戦記者として1日観戦していたら、本文より10倍おもしろい観戦記を書いた自信はありますけどね。
「将棋ペン倶楽部」は、投稿が100%載るわけではありませんから、期待は半分にしておいてください。もっとも掲載されたとしても、それは来年の春号になります。
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