中井広恵女流六段は、ピンクのTシャツにジャージ姿だった。腰には何か巻いている。湯上がりのようで、頬もほんのりピンクに染まっている。髪はもちろんアップである。秩父合宿での、温泉旅館の浴衣姿もよかったが、全身ピンクもグッドだ。
な、な、なんてかわいいんだ中井先生!!
そう叫びたいのを堪えて、私は中井女流六段を招じ入れる。W氏がいるのがちょっとアレだが、贅沢はいえない。
しばし談笑していると、大野八一雄七段も来た。やはりこの部屋がフリースペースになりそうである。
しかしいつも思うのだが、私のようなただの将棋ファンが、こうしてプロ棋士と交流を図れるのは、身に余る光栄である。人間の持つ運が平等ならば、私は相当、運を使っているだろう。
やがて植山悦行七段、お父さん、His氏、Hon氏らも見えて、いっそう賑やかになった。大矢順正氏とミスター中飛車氏は、自室で酒のようだ。
W氏が近くのコンビニにタバコを買いに行くことになった。それならと、私たちは「カツゲン」を頼む。カツゲンとは、北海道限定販売の乳酸菌飲料で、スーパーやコンビニなどで、ふつうに売られている。中井女流六段にその存在を教えてもらい、2月に雪まつり旅行に行った際初めて飲んだが、癖になる味だった。今回またカツゲンが飲めるとは、うれしいことである。
W氏が大量のカツゲンを提げて戻ってきた。ありがたくいただき、ゴクゴク飲む。ああ、この独特の味、なつかしい。
お父さんは、温泉から戻ってきたKub氏と将棋。娘に将棋を教えただけあって、お父さんも将棋が大好きなのだ。
せっかくの機会だからと、His氏が紫煙をくゆらせて、中井女流六段に指導対局を申し込んだ。今回は稚内支部との交流が主なので、棋士の指導も稚内支部中心になる。よって、指導を仰ぐチャンスも限られているのだ。
私は中井女流六段の対局姿を鑑賞する。中井女流六段、スッピンに見える。しかしそれが妙になまめかしい。
W氏は温泉に入りに行った。目の前に湯上がりの女神がいるのに、そこを中座する神経が分からない。
お父さんはKub氏に快勝。もうだいぶ夜が更けているが、気分よくもう一局、となった。お父さんもやっぱり、将棋バカなのだった。
中井-His戦は中井女流六段の勝ち。△8二金の遊び駒が痛かったが、それでよく勝てたものだ。やはりプロの懐は深い。
His氏の感想戦は長い。W氏も戻ってきて、ふたりの感想戦を聞いている。と、そのW氏が、
「ああっ!!」
と、頓狂な声を上げた。「Hisさん、タバコ!! 畳、焦げてるよ!!」
見ると、対局に熱中していたHis氏がタバコを落としたのに気付かず、そのまま畳を焦がしてしまったのだ。
「ナニをやってんのよナニを!!」
His氏は関東から参加の最年長で敬わなければならないが、さすがに私は憤った。しかし、怒っても畳は元に戻らない。後の処理はHis氏に任せた。
それにしても、タバコを落としたのに気が付かないほど将棋に熱中するとは…。その集中力がうらやましくもあった。
お父さん-Kub戦の2局目は、またもお父さんの勝ち。腕に歳は取らせない、というところ。
将棋合宿ならばここから佳境に入るところだが、あすは早い。午前0時を12分過ぎたところで、初日はお開きとなった。
宴のあと、私はW氏に人生相談。と言っても、自分自身の悩みは自分で解決するしかないので、きょうは弟夫婦のことで、愚痴めいたものをこぼした。人生、楽しいことばかりではない。つらいことも同じくらいあるのだ。
ピピピピピピピ!!
というけたたましいアラーム音で起こされた。時刻は早暁4時40分。さすが北海道だけあって、夜はすっかり明けていた。昨夜は1時すぎに床に就いたが、ウトウトしたものの、熟睡はできなかった。もっとも、枕が変わると眠れないのはいつものことだ。
きょうは礼文-利尻を1日観光したあと、夜に稚内支部主催の臨時懇親会が用意されている。だんだん中身が濃くなってゆく感じだ。
5時10分、1階の食堂に入った。こんな早い時間だから、おにぎりとみそ汁程度と覚悟していたのだが、焼き魚付きのしっかりした朝食が用意されていた。これはありがたい配慮で、食事もとても美味かった。
きょうの離島巡り参加は大野七段以下8人。中井女流六段は、午前はフリー。午後は金曜日組を空港まで迎えに行き、夕方までクルマで観光する。私たちの島巡りも期待大だが、中井女流六段のガイドによる市内観光も、かなりのプレミアムだ。
植山七段はホテルに残り、ご両親に孝行するようだ。
5時45分、私たちホテルを出て、ライトバンで稚内フェリーターミナルに向かった。
礼文行きのフェリーはこじんまりしたものかと思いきや、かなり大きなものだった。礼文・利尻の人気のほどが分かる。
しかし驚いたのはこれだけではなかった。乗船すると、二等席が満員で、座るスペースがないのだ。きょうは金曜日。といっても早朝だから、旅行者は木曜日に稚内入りしていたはずだ。それでこの乗客数とは恐れ入る。夏休みになったら、どれくらいの旅行者が離島巡りをするのか、想像もつかない。
私たちはデッキに出る。朝の寒さは覚悟していたが、耐えられる陽気である。
定刻の6時20分を2分遅れて、「ハートランド」は無事出航した。
礼文島までは1時間55分。鉄道の車窓風景と比べるとやや劣るが、それでも退屈はしない。
ところがこの船の上で、すでにヒマを持て余している猛者がいた。His氏とHon氏である。
ふたりはデッキにある喫煙コーナーのテーブルに布盤を拡げ、将棋を指し始めた。愛煙家のふたりには、絶好の対局場である。
しかし、稚内でフェリーに乗ってまで「将棋バカ」をやるとは…。まだ7時にもなってないぞ。私は呆れたが、これも将棋普及になると思えば、敬意を表したくもなる。
それを遠巻きに見ていると、何人かの野次馬が、その将棋を眺め始めた。
そうか、そうなるよなあ…。
私が苦笑していると大野七段も来て、その野次馬の中に、素知らぬ顔で混じった。さすがの野次馬連中も、そこにプロ棋士がいるとは思うまい。
私は「どっきりカメラ」を見ているようで、笑いを堪えるのに苦労した。
定刻の8時15分から9分遅れて、ハートランドは香深港に着岸した。ここが北限の楽園、礼文島である。
(つづく)
な、な、なんてかわいいんだ中井先生!!
そう叫びたいのを堪えて、私は中井女流六段を招じ入れる。W氏がいるのがちょっとアレだが、贅沢はいえない。
しばし談笑していると、大野八一雄七段も来た。やはりこの部屋がフリースペースになりそうである。
しかしいつも思うのだが、私のようなただの将棋ファンが、こうしてプロ棋士と交流を図れるのは、身に余る光栄である。人間の持つ運が平等ならば、私は相当、運を使っているだろう。
やがて植山悦行七段、お父さん、His氏、Hon氏らも見えて、いっそう賑やかになった。大矢順正氏とミスター中飛車氏は、自室で酒のようだ。
W氏が近くのコンビニにタバコを買いに行くことになった。それならと、私たちは「カツゲン」を頼む。カツゲンとは、北海道限定販売の乳酸菌飲料で、スーパーやコンビニなどで、ふつうに売られている。中井女流六段にその存在を教えてもらい、2月に雪まつり旅行に行った際初めて飲んだが、癖になる味だった。今回またカツゲンが飲めるとは、うれしいことである。
W氏が大量のカツゲンを提げて戻ってきた。ありがたくいただき、ゴクゴク飲む。ああ、この独特の味、なつかしい。
お父さんは、温泉から戻ってきたKub氏と将棋。娘に将棋を教えただけあって、お父さんも将棋が大好きなのだ。
せっかくの機会だからと、His氏が紫煙をくゆらせて、中井女流六段に指導対局を申し込んだ。今回は稚内支部との交流が主なので、棋士の指導も稚内支部中心になる。よって、指導を仰ぐチャンスも限られているのだ。
私は中井女流六段の対局姿を鑑賞する。中井女流六段、スッピンに見える。しかしそれが妙になまめかしい。
W氏は温泉に入りに行った。目の前に湯上がりの女神がいるのに、そこを中座する神経が分からない。
お父さんはKub氏に快勝。もうだいぶ夜が更けているが、気分よくもう一局、となった。お父さんもやっぱり、将棋バカなのだった。
中井-His戦は中井女流六段の勝ち。△8二金の遊び駒が痛かったが、それでよく勝てたものだ。やはりプロの懐は深い。
His氏の感想戦は長い。W氏も戻ってきて、ふたりの感想戦を聞いている。と、そのW氏が、
「ああっ!!」
と、頓狂な声を上げた。「Hisさん、タバコ!! 畳、焦げてるよ!!」
見ると、対局に熱中していたHis氏がタバコを落としたのに気付かず、そのまま畳を焦がしてしまったのだ。
「ナニをやってんのよナニを!!」
His氏は関東から参加の最年長で敬わなければならないが、さすがに私は憤った。しかし、怒っても畳は元に戻らない。後の処理はHis氏に任せた。
それにしても、タバコを落としたのに気が付かないほど将棋に熱中するとは…。その集中力がうらやましくもあった。
お父さん-Kub戦の2局目は、またもお父さんの勝ち。腕に歳は取らせない、というところ。
将棋合宿ならばここから佳境に入るところだが、あすは早い。午前0時を12分過ぎたところで、初日はお開きとなった。
宴のあと、私はW氏に人生相談。と言っても、自分自身の悩みは自分で解決するしかないので、きょうは弟夫婦のことで、愚痴めいたものをこぼした。人生、楽しいことばかりではない。つらいことも同じくらいあるのだ。
ピピピピピピピ!!
というけたたましいアラーム音で起こされた。時刻は早暁4時40分。さすが北海道だけあって、夜はすっかり明けていた。昨夜は1時すぎに床に就いたが、ウトウトしたものの、熟睡はできなかった。もっとも、枕が変わると眠れないのはいつものことだ。
きょうは礼文-利尻を1日観光したあと、夜に稚内支部主催の臨時懇親会が用意されている。だんだん中身が濃くなってゆく感じだ。
5時10分、1階の食堂に入った。こんな早い時間だから、おにぎりとみそ汁程度と覚悟していたのだが、焼き魚付きのしっかりした朝食が用意されていた。これはありがたい配慮で、食事もとても美味かった。
きょうの離島巡り参加は大野七段以下8人。中井女流六段は、午前はフリー。午後は金曜日組を空港まで迎えに行き、夕方までクルマで観光する。私たちの島巡りも期待大だが、中井女流六段のガイドによる市内観光も、かなりのプレミアムだ。
植山七段はホテルに残り、ご両親に孝行するようだ。
5時45分、私たちホテルを出て、ライトバンで稚内フェリーターミナルに向かった。
礼文行きのフェリーはこじんまりしたものかと思いきや、かなり大きなものだった。礼文・利尻の人気のほどが分かる。
しかし驚いたのはこれだけではなかった。乗船すると、二等席が満員で、座るスペースがないのだ。きょうは金曜日。といっても早朝だから、旅行者は木曜日に稚内入りしていたはずだ。それでこの乗客数とは恐れ入る。夏休みになったら、どれくらいの旅行者が離島巡りをするのか、想像もつかない。
私たちはデッキに出る。朝の寒さは覚悟していたが、耐えられる陽気である。
定刻の6時20分を2分遅れて、「ハートランド」は無事出航した。
礼文島までは1時間55分。鉄道の車窓風景と比べるとやや劣るが、それでも退屈はしない。
ところがこの船の上で、すでにヒマを持て余している猛者がいた。His氏とHon氏である。
ふたりはデッキにある喫煙コーナーのテーブルに布盤を拡げ、将棋を指し始めた。愛煙家のふたりには、絶好の対局場である。
しかし、稚内でフェリーに乗ってまで「将棋バカ」をやるとは…。まだ7時にもなってないぞ。私は呆れたが、これも将棋普及になると思えば、敬意を表したくもなる。
それを遠巻きに見ていると、何人かの野次馬が、その将棋を眺め始めた。
そうか、そうなるよなあ…。
私が苦笑していると大野七段も来て、その野次馬の中に、素知らぬ顔で混じった。さすがの野次馬連中も、そこにプロ棋士がいるとは思うまい。
私は「どっきりカメラ」を見ているようで、笑いを堪えるのに苦労した。
定刻の8時15分から9分遅れて、ハートランドは香深港に着岸した。ここが北限の楽園、礼文島である。
(つづく)
旅館の料理は良かったですよね。残すのはかなりの悪手だと感じました。
本当に申し訳ありませんでした。
Fuj氏はまだ合流前でしたね。
みんなブログを持っていたら、今回のツアーを書けばいいんですよね。各自の視点が違って、面白い読み物になると思います。
こうやって将棋が指せて、合宿やツアーで各地に行ける。本当に私たちは幸せです。
ホテルの料理、植山先生は残すことはせず、W氏にあげていました。
>不利飛車迷人さん
タバコの件は、驚きました。
でもホテルの方が寛大で、ホッとしました。