■ 今週の看猫
■ 今週の色調変化 (裸になるまで毎週観察予定)⑤
裸になりました。
■ 今週の呉智英さん
今週12月30日朝、生まれて初めて呉智英さんの声を聞いた。ラジオでだ。ニッポン放送、”「やじうま好奇心」評論家の呉智英さんに、『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるさんの知られざる素顔”を聞くに、電話で、名古屋から出演していた[リンク]。元来、彼は尾張藩士の家の出らしい(?)。
声は、甲高い声だった ( あ~、抱かれたい 、という声ではない、残念!) 。 少し早口ぽい。 富田林のおじさんみたい声(← どんな声なんだ!?)
カンサンジュンさんと足して二で割ればちょうどいい感じ(かな)。
呉智英さんは若い頃から水木しげる宅に出入りし、時によっては、マンガストーリーの原案をそのまま採用されていたらしい。
水木しげるは、記紀の因幡の白兎の伝説がある鳥取の出身であり、となりは出雲である。これらの要素は現在の皇室の祖先が日本を支配する前の時代の残滓であり、これら残滓が闇に見え隠れする世の中の重層性を描いたのが水木しげるの作品なのだ、と言っていた。昨今の「水木しげるイコール戦争体験」偏重へもひと嫌味。
ところで、ラジオパーソナリティーの高嶋ひでたけさんは、「くれともふささん、くれともふささん、」と言っていた。日頃も、ごちえいっていわないんだ。
くれともふささんって、訓読み・大和よみして、支那人ぶっていないんだ。 ちょっと、残念。
愚記事: ただし、新崎智さんは違う。なぜなら、新崎智さんは呉智英と 詐 称し、支那人ぶっているからだ。
■ 今週の(江戸しぐさ ならぬ)近代しぐさ
近所の「氏神」さまにお参りに行った。日の丸がうやうやしく掲げてあった。少なくとも、江戸時代にはこういう風景はなかったはずだ。そもそも国旗がなかったので、あたりまえだ。でも、戦前、戦中にもこういう光景が認められたか、わからない。なぜなら、氏神さまは地域の共同体の宗教的施設で、国家とは直接結びつかないはずのもではないだろうか。共同体は、国家とは階層(レイヤー)が違うのだ。
21世紀に入った頃であろうか靖国神社のテレビCMがあった。近所の氏神様にお参りの後、靖国神社に来てね!という内容。いきなり、靖国神社に来ちゃう「根無し草」ぬっぽんずんが増えたのが背景だ。もちろん、いきなり日の丸である。上記CMがこういう「根無し草」ぬっぽんずんへの教育活動の一環だったのだ。
■ 今週の今じゃ誰も読まない本
先週は、岩波新書、浜口允子、『北京三里屯第三小学校』は1972年(春)-1975年(春?)の四人組逮捕前の北京滞在記について書いた。そして、今週は、岸 陽子という人(早大教授)の1976年 5月から 1978年 10月まで北京に滞在した回想(『パリと北京』、海老坂武、 岸陽子、1981年、玉川選書)。日本語を教えていたとある。一家で北京に滞在。
岸 中国で暮して一番強く感じたことは、知識人と民衆がいかにちがうかということなんです。解放後三〇年経って民衆の文化水準は高まり、知識人の方も「大衆の中へ」ということで、民衆と同じような生活をしている。にもかかわらず、話し方はもちろん、歩き方までちがう。知識人の歩き方は、京劇の立て役の歩き方なんですね。ものの感じ方もちがうのかもしれない。一例をあげると周恩来首相が亡くなった時、遺言に従って、遺骨や遺灰を空から中国の河や大地に撒いた。唯物論者としてのいさぎよさもさることながら、若き日に、革命のために友の屍を埋めて、かけずりまわった祖国の大地に骨を撒くことに、私たちは一種のロマンチシズムを感じた。北京大学の先生たちも同じように感じていた。ところが家に来てくれていたお手伝いのおばあさんはまったくちがう反応を示したんです。彼女はにべもなく、「あれは四人組に墓をあばかれ、骨をはずかしめられるのが嫌だったんだよ」と言うのです。ちょっとショックでしたね。
でもそんな経験を通して、中国革命の中で叫ばれ続けた「民衆の中に入り、民衆の言葉を学べ」とか「民衆と一体になれ」という言葉の重さを知りました。 (『パリと北京』、海老坂武、 岸陽子、1981年、玉川選書)
ところが家に来てくれていたお手伝いのおばあさんはまったくちがう反応を示したんです。彼女はにべもなく、「あれは四人組に墓をあばかれ、骨をはずかしめられるのが嫌だったんだよ」と言うのです。 って、生の北京っ子の声の記録としていいよね。
四人組逮捕の状況も回想している;
四人組」逮捕のニュースが正式に伝えられた夜、北京中の露地という露地から湧き出た市民たちのデモが、黄河の流れのように長安街をうねっていた。私は歴史の大きな転換期に来あわせたことを知ったのである。その場にいあわせたことによって得たものは大きかった。その場にいあわせて、人びとの表情を見とどけることができたおかげで、この突如として起ったかのように見える歴史の変動が、中国の民衆にとってはけっして意外なことではないのを知った。そして、私は自分がつくりあげた文革期の中国像の歪みに気づいたのである。(『パリと北京』、海老坂武、 岸陽子、1981年、玉川選書)
散骨 ミイラ
それで、岸陽子[1934- 存命らしい]さんは自分と中国の関係について述べている;
(前略)その下の世代になると、スノウやスメドレーなどの紹介した、あの感動的な中国革命にひかれて中国に関心を持つ、もちろん中国の社会主義にも関心を持つんですが、しかし戦争中のアジア主義やアジアに対する戦争責任が濾過されてではあるが影響している。私なんかこの世代に入るかな。もっとも私の場合は、父が「大同学院」の一期生として「満州国」にかかわった、その志がいかに純粋であろうと、いかに人間の良心を守ろうと、日本帝国主義の走狗でしかありえなかったという特殊な体験があるのですが.....。そのほかに文革によって触発された新左翼的青年の中国への関心がある。 彼らは、社会主義一般に解消されぬ独自なものを中国に見た。
私自身も、文革の初期に中国へ行って、大字報ではりぼてのようになった北京の町に感動した。今、当の中国で、文革が「なければ良かった」というかたちで全面否定されているので心中複雑です。(後略) (『パリと北京』、海老坂武、 岸陽子、1981年、玉川選書)
なお、岸陽子さんの夫は、安藤彦太郎(早大教授)であり「文化大革命の際は新島淳良や野村浩一とともにこれを礼賛した」とwikiにある。
■ 今週の物帝残滓; 困難な innovation はできず、パズル解きに留まる (???)
パズル解き;
おいらががきんちょの頃は物理帝国主義 [愚記事群] の時代だった。今から見れば、最末期なんだろう。経済学の「比較優位」という考え方に喩えれば、おいらは、絶対的なレベルは全然低いけど、物理と数学がおいらにとっての比較優位科目だった。脳みそが単純なのだ。而して、おいらは、理学に行こうとは思ったが、「博物学的」なものが好きだった。おいらは、好きなことをした。そうすると、物理帝国主義の時代だったので、物理帝国主義者に、バカにされた。やつらの掲げるコピーは;「すべての学問(科学)は、物理学か切手収集のいずれかに分類される」だった。バカにしてくるやつの中にはおいらよりよっぽど物理や数学ができないやつもいた。「そういう君はどうしてそんなに物理や数学ができないんだい?」と言ってやりたかったが、黙っておいた。そして、おいらは、物帝の二流臣民としてがんばった。その結果、職は得られなかった。一方、英語帝国主義(これは今も興隆が続く)でもあったので、これまた、二流臣民としてがんばった(愚記事;①怪訝な顔の毛唐のねえちゃん②;Ladies and gentlemen ! と言ってみた)。さらには、われらがぬっぽんは米帝(=アメリカ帝国主義)の二流臣民なのであるから、これもまた頑張らざるをえない。そして、おいらの北海道は日帝の新開地、辺境であるので日帝の二流臣民ということになる。さらには、おいらは、40代後半まで非正規労働者であったのでこれまた二流の賃金労働者としてがんばってきたことになる。もちろん、二流というのは過大評価で、三流、四流なのかもしれない。
これらがおいらの ressentiments であり、愚ブログの、底の浅いmotivationなのである。
さて、新元素の「確認」(google: )。そんなすごいことなのかね? これこそ、パズル解き(google)なんじゃないのか?
画像ソース
はかないジャポニウム。 不安定元素の存在時間は千分の1秒以下とのこと。
さざれいしのいわおとなる、方がいいや (???)。
いやいや、ひとつの元素の収集ということで、「博物学」なのかもしれない (???)。
そもそも、命名権って、なんて博物学的なんでしょう!!!!
人類未踏技術開発の頓挫寸前;
物帝の資金調達の大義名分=核燃料サイクルの技術開発が存亡の危機。
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