ある退職教師のつれづれなるままに

38年間の教職26.3.31退職
4月1日再任用。自分の目でみたこと感じた事など
つれづれなるままに記します。

2022-11小さな水泳記録会

2022年01月30日 | 日記
寒い日々が続けている。
1月末、さわやか交流水泳記録会があった。
コロナのために中止になるイベントが続出。
実施の確認をしてから出発した。その前に産直へ出荷してからだが。
昼過ぎ受け付けを済ませ急いでアップ。レースまで30分。
飛び込み練習をしてターンのタイミングを確かめた。
水中が暗くてややはっきりしないが慣れてくるとターンのタイミングがつかめた。
今回の目的は練習での課題を生かすということだった。
始めの種目は100mメドレー。
飛び込んでバタフライはターンまで順調に泳げた。
今回はバックの伸びのある泳ぎが課題だ。丁寧に泳いだ。
次の平泳ぎと最後はクロールは順調でゴール。
タイムは丁寧に泳いだ分、遅かったが課題はクリアーできた。
次の100m自由は相手は中学生の水泳部だった。
差がつくだろうと思いつつ何時も練習しているように泳いだ。
結果は意外にもあまり差がでなかったようで見ていた人から
「結構速いね」と声をかけられた。
今回は練習の課題を意識して泳いだ分、
意味のあるレースだった。

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2022-10 年賀状あれこれ

2022年01月26日 | 日記
恒例の年賀状のお年玉抽選。
今年はなんやかんや忙しくて後でゆっくり見ようとしていた。
知り合いが10数通の中で2等、3等当たっていたと。よっぽど運の強い人だ。
それに誘発されて見てみたら2枚、切手が当たっていた。確率的には順当な割合だ。

年賀状の中には昨年は亡くなったのでという喪中ハガキなども何通か届いていた。
1通のハガキの寒中見舞いに目が止まった。
昨年の9月に亡くなったという内容だった。信じられなかった。
知らずに年賀状を出してしまったのだった。
その方は前々任校の校長だった。
大変温厚な方で専門は体育。6年生を送る会ではバク転を披露した、
スポーツの得意な方だった。
退職後、互助会の理事をなされており、コロナが発生する3年前までは
一緒にブルーベリー積み等に出かけていた。
その時、胃を摘出したと話されていたことを思い出した。
その後はコロナのために中止。しばらくお会いしていなかった。

電話で失礼をしたことをお詫びしながら亡くなった様子をお聞きした。
3年前にガンを患い胃を摘出し手術後は順調に回復。
しかし今年になって夏場に再発。入院、脳に転移してしまったと。
最期の1か月は大病院から転院して
直接世話ができたことがせめてもの救いだったと話されていた。
コロナのために家族葬で見送ったそうだ。

享年77歳。
合掌。
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2022-9 コロナ感染急増あれこれ

2022年01月23日 | 日記
コロナ感染が再び急増している。
全国各地、連日感染者5万人。凄い感染力だ。
先週から母のいる施設もタブレッド面会なった。
今まではシールドごしとはいえ直接会えるわけで目線もしっかりしていたのだ。
これからは間接的なタブレッド面会で目線が定まらなくなるのが心配だ。

放課後支援の仕事場も再びPCRの唾液検査が始まった。
合唱練習もまたもや延期。
月1のとびこみ練習も今月は中止。
ボランティアも延期
様々な面で影響が出ている。

今週末予定のふれあいの水泳大会はどうなるのか心配でもある。
それにしても今日の池江選手の50mの自由形予選でバタフライで泳いだ
ことが話題になっていた。それでも25秒90とは凄い人だ。
23ストローク浅い深さでキックいきつぎは後半1回のみ。
決勝では自由型をクロールだった。37ストロークでノーブレス。
25秒20で優勝だった。
自分も25m20ストロークを練習目標にしているのだが、
速さを求めるとうまくいかないのだった。









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2022-8 盛岡の古町、三戸町かいわい。

2022年01月16日 | 日記
先人記念館では盛岡の古町シリーズを企画している。
今回は三戸町かいわいだった。
三戸町といえば、青森県に同じ三戸町がある。
ここはその町とゆかりがあるのだ。
なぜなら南部氏が1617年居城地を青森の三戸町から盛岡に移したからであった。
その時に移った人々が住んだ町なので三戸町と由来とのこと。
ただし、青森の三戸町は(まち)との呼び名で盛岡の三戸町は(ちょう)の呼び名である。
ちなみに青森の三戸町の名誉町民は「11匹のねこ」で有名なばばのぼる氏とか。
さてこの三戸町は~小路とつく通りがいくつかある。
ここは武士が居住していることを表す。
そこで武士は旧三戸町へ、
商人たちは西側の現在の場所である本町3丁目辺りに移ったのであった。
更にその西側に長町(今の長田町)できる。
そこには全国に知名度のある福田パン屋さんもある。
この街は明治、大正時代に創業した店があり今でも営業を続けている。
佐藤写真館、小田嶋旅館、星川魚店、五六堂ハンコ・印刷、川口印刷等。
そして1904年日露戦争で失明後、岩手の盲聾教育に尽くした柴内かいぞう先生が
1909年私立盲聾学校設立したその発祥の場所でもあった。
また石川啄木新婚の家も近くにある。

歴史に興味がある方々のいい散策コースでもある町である。
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2022-7ホワイトアウト

2022年01月15日 | 日記
火曜日、本格的な雪が積もる前に戻ってきたのだが
翌日は暴風雪。
産直へ出荷するが1時間いつもより多くかかってしまった。
運転していて前が見えないのだった。
ノロノロ徐行運転。
ようやく、産直についた。
今日はお客さんもこられないだろうなと思いつつ
大根、ジャガイモ、白菜などをおろした。
問題は帰り道だった。
西風が強く吹いて立ち往生。
前に大きなトラックがいたのだ幸いだった。
全く車が進まない。
視界は不良。ハザートランプを付けた。
対向車もみんなつけていた。
前の大型車の上の部分が辛うじて見えていた。
止まっては少し進む。この繰り返し。
ようやく近くの郵便局にたどり着いた。
ハガキをかいながらホワイトアウト状態だったといったら
「奥州山脈からふく西風をまともに横に受ける道は
吹きだまりが出来て危ないんだよ」と年配の男性が話していた。

その後、不要不急の外出は控えようと、
子猫の手術後のチェックは翌日にのばしてもらった。



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