TOT… これって悲しい時の顔文字。
じゃなくって、
Tip of the Tongue Phenomenon の略。
『その人の顔はわかってて、
名前が喉まで出かかってるんだけど出てこない』
って現象のこと。
そんなイライラする経験は誰しもお持ちだろう。
それがごくたまにならいいけど、しょっちゅうだと
まさに (TOT) (涙)なんでしょう。
3月10日付 Washington Post 紙にTOT現象に
ついての記事があった。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/03/10/AR2008031001612.html
内容はこうだ。
あ
以前に比べて容易に言葉が思い出せないという自覚は
残念ながら単なる思い違いではなく老化現象の一つだ。
TOTs(ここでは Tip of the Tongue Experience、無理に
訳すなら『舌先経験』か…)は歳をとるほど増加し、
特に固有名詞の想起で顕著である。
ただし、TOTsがすべて認知症の前兆というわけではない
(ご安心を)。
英国 Cambridge 大学の研究員 Meredith Shafto によれば
『TOTsは健全な加齢現象の一部で病的なものではない』と。
カリフォルニア州 Claremont にある Pomona 大学
心理学教授 Deborah Burke 女史は語彙の繰り出しにおける
脳機能について次のように説明する。
我々は、(たとえば) Bradd Pitt について、彼がどんな容姿か、
どんな映画に出ているか、彼の名前は何か、その他もろもろの
ことを知っているが、それらを脳の中で同一単位で
記憶するのではなく、異なる部位に保存され、
それらの間に相互の情報ネットワークができる。
ある部位へのアクセスのみが失われると、
Bradd Pitt の顔を理解して「はい、それが彼の顔です」と
言うことはできるけれども、彼の名前を想起することが
できないということが起こりうる。
歳をとるごとに、情報ネットワークの接続は悪化し、
いわゆる transmission deficits を生ずる。
これは、ある期間、その接続が活性を受けなかった時、
顕著となる。
Bradd Pitt の顔と彼の名前の交通が、かつては2車線道路で
あったものが、今や、草が生い茂ったサイクリング・ロードと
変わり果てるのである。
The Journal of Cognitive Neuroscience という雑誌で
顔貌‐呼称の困難さと脳のある領域の萎縮との
関連が報告されている。
Shafto らは19才から88才の成人に有名人の顔写真を
呈示して名前を言わせるテストを行い、脳MRIと比較した。
左大脳の『島』という部位の萎縮とが
相関していることを見いだした。
この知見は、なぜ我々が歳をとるにつれて、より多く
TOTsを経験するのかについての説明には有用であるが、
なぜTOTsが固有名詞に特徴的であるかについては
説明できない。
これを説明するためには transmission deficit theory に
目を向ける必要がある。
他の言葉と違って、固有名詞は意味を持たず、
その名前の個人についての情報を何も示さない。
Larry King (アメリカのブロード・キャスター、この名前も
覚えやすくなるよう改名したものらしい、MrK 註)という名前は、
Larry King の顔や Larry King という人間についての情報を
何一つ含まない。
従って、もし、我々が顔と名前の連結を失えば、
それらをつなぐ代わりのルートを何も持たないことになる。
彼の名前が "L" で始まること、
あるいは3音節(我々と違って英語では音節が重要らしいが)
であることを覚えているかも知れないが、
完全には思い出すことができない。
もし彼の顔と彼の仕事内容を連結させれることができれば、
トークショーのホスト、インタビュアー、司会者などの言葉から
多くの接続のヒントが得られることになる。
Journal of Gerontology という学術誌の
"Charlie Brown Versus Snow White" という
最近の論文によれば、
Colorado 大学、Psychological Sciences の研究者達は、
若年者と高齢者で、漫画のキャラクター名を
いかにうまく言い当てるかテストした。
高齢者は通常の語彙テストでは好成績を残すが、
呼称テストにおいては若年者にかなわなかった。
高齢者は全体的に、顔からその名前を答える作業に難渋。
二群に分けた漫画において、
高齢者は "Snow White" や "Pink Panther" に比べて
"Charlie Brown" や "Garfield" のキャラクター名の
呼称がはるかに成績不良であった。
一方、若年者では、それら二群間で
呼称能にほとんど差がなかった。
"Snow White" 群のキャラクターの名前には意味的要素が
付加されていることが、高齢者の結果の差につながったと
考えられる。
前出の Burke 女史によれば、
TOTs克服のための特別な訓練はないという。
もっとも確からしい方法としては、
新しい名前を覚える時に、
時刻や場所などと関連付けるテクニックを
応用するしかなさそうだ。
あ
…と、以上が記事のあらましだ。
TOTsは、
日本語では『喉まで出かかっている』。
英語では『舌の先にある』であるが、
アラビア語でも同じ表現をするらしい。
特にアラブ圏では、言葉が出てこないのは
『悪魔が邪魔をしているから』、だそうだ。
それほど忌み嫌われる現象なのだろう。
私たちも、全く名前が出てきそうになかったら、
はなからあきらめるだろうが、
名前が頭の皮の裏側まで(と勝手に表現する)出てきてるのに
どうしても出てこない時には相当なストレスを感じてしまうものだ。
先日も『山川』という姓を思い出すのに、
『山』までは出てくるのに、その次が出ず、
『やまあ…』『やまい…』『やまう…』などと、
あ行から順番に思い浮かべながら、
『やまか…』を通りこして、『やまわ…』まで行って、
挙句の果て、出てこなかった(悲哀)。
記事中にもあるように、日頃から関連付けの記憶に努め、
想起の時には、周辺の関連事項を列挙し、
脳内ネットワークを活用化するしかないのだろう。
インターネットが普及した今日こそ、
関連項目をキーワードにして検索すれば、
容易に目的の人名に到達できるようになり、
ずいぶんストレスは減っているのかもしれない。
しかし、さんざん苦しんだ挙句、出てこなかった人名が、
ひょっこり浮かんできたという経験は、ちょっとした快感でもある。
(ってスラスラ出てくる方がずっと快感だよっ!)
いずれにしても、歳をとるごとに固有名詞の記憶力は
減退してゆくことは間違いなく、
もはや、時たま見る歌番組に出てくる
意味不明のアーチスト名や、
次々と出ては消えるグラビアアイドルたちの名前が、
全く脳にインプットされなくなってしまったのは
至極当然の成り行きと言えるのか(悲壮)。