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昨日4時20分、私は福島みずほ党首と秘書団、寺中誠アムネテケィ・インターナショナル日本事務局長で、法務省三浦正晴入管局長、上原巻善管理課長らと面会。抗議文を手渡すとともに意見交換した。

 昨日、お知らせしたアフシンさんは、東日本収容センターで取り押さえられる際に、窓枠に頭を打ち裂傷を負った。「荷物を放棄するように」とサインを入管の職員に迫られたが彼は拒否、そのまま成田へと連れていかれる。イラン航空の搭乗口に向かう廊下のところで、イラン航空スタッフが「血を流している人を乗せることは出来ない」と搭乗拒否、機長の命令で飛行機の扉はアフシンさんの前で閉まったという。

 入管局の側は、彼は難民申請を通して慎重に審査し、また東京地裁・高裁と司法判断も「退去強制処分の執行を妨げる理由はない」と難民であるとの判断はされなかった。法務省としては、被収容者の人権にも配慮しつつ送還の手続きを進めた……
という言い分。

 私は、「イランの人権状況」をどこまで認知していのか疑問だと述べた。彼はチェ・ゲバラのTシャツを着ていたという。「このシャツを脱がしてくれ。このシャツを着ているだけで大変なことになる」と彼は叫んだそうだが、連行にあたった職員は取り合わなかった。房の中にあったイラン政府を批判する印刷物やネットからダウンードした書類などが無造作にバックに詰められ、イラン航空に積み込まれていた。到着後、送還された人は現地警察の取り調べを受ける。いったい、搭乗許可されていたらどうなっていたのか――そこを考えてほしい。

 東京高裁の判決は出たといえ、最高裁に上告中である。司法の最終結論を待たずに送還することにも問題がある。彼が「難民」であるかどうかは、当局と支援者との間で意見が分かれるところである。しかし、この5年あまり「イラン政府に迫害されて日本に逃れてきた難民である」と主張し、難民申請を重ねて行ない、これが却下されると司法の場で同様に主張し続けているというのは両者が認容できる事実である。

 とすれば、このような人をイラン政府がどう扱うかについて、法務省としても最新の情報を集め、手続きをいったん停止すべきではないか。アフシンさんには、連日のように面会に行く日本人養母がいる。90年に来日して15年、人道上の配慮で特別在留許可を求めたいと考えていると私たちは伝えた。面談後、法曹記者クラブで記者会見を行った。

 社民党には入管難民問題プロジェクトがあり、少数政党ながら福島みずほ党首を先頭に収容中の外国人の人権や訴えに耳を傾ける活動をアムネスティなどの民間団体と連携して行っている。今後とも活動を続けたい。






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