長い間、児童養護施設の現状にスポットライトがあたった「タイガーマスク現象」が報道されなくなって1カ月ほどになっただろうか。その間、世界の歴史に残るようなエジプトのムバラク政権を退陣に追いつめた人々の力や、中東湾岸諸国、北アフリカに広がった民主化の波は今、リビアのカダフィ政権と反政府勢力との衝突。そして、ニュージーランド・クライストチャーチの直下型地震と大きなニュースが続いた。ただ、この問題を積極的に考えてきた私から見れば、従来繰り返されてきた一過性の「話題」に終わることなく、「タイガーマスク現象」は進化しているように思う。
若い人たちが「タイガーマスク現象」について語り合う集いがあると聞いて、先週のある夜、「泥沼政局」を取材する合間をぬって出かけてきた。主催は、かねてお付き合いしている若者たちのNPO「カタリバ」。最近は「カタリバ大学」と銘打ってこうしたイベントも年中、開いている。
この夜のゲストは、前衆院議員の保坂展人さん、児童養護施設の子どもたちが就職など自立するための支援をしているNPO「ブリッジフォースマイル」の理事長、林恵子さん、そして若手論客の一人、東洋大講師(公共政策)の西田亮介さんだった。
匿名の人たちからランドセルなどが全国各地で届き、にわかに注目されることになった児童養護施設。「だが、その陰で政治が放置してきた問題は山ほどある」と保坂さんは言った。自立しなくてはならない年齢になっても就職も進学も難しく、しかも地域や施設によって環境や支援体制がまるで異なるという課題もあるそうだ。
自ら子育てをしながら、支援活動している林さんは「私も施設の子どもたちが甘えていると思うことがある。甘やかしはよくない」と現場を知る者ならではの発言をした。そのうえで「でも、すべての子どもにチャンス(機会)は平等に与えられなければいけない」と語ったのが心に残った。
「新しい動きを前向きに評価する文化が必要。あらゆる貧困の問題を考える入り口にしたい」と話した西田さんにも同感。私の周りにも今回の現象に対しては「匿名の善意は昔からある話で騒ぎ過ぎ」と冷笑する人がいる。でも、それでは前に進まない。
既にインターネットには「お願いタイガー!」というサイトがあって、子どもやお年寄りの施設側から「こんなものが不足している」というリストが寄せられ、それを見て寄付をするといった仕組みも登場していることを、私も今回、西田さんに聞いて初めて知った。その後、高校生や大学生ら参加者たちが熱心に議論した。本欄でも再三、紹介している「新しい公共」の考え方は、こうしたところから育っていくのだろう。この国も決して見捨てたものではないのだ。
失望どころか、絶望的になりそうな最近の政治。当日の司会役、元文部官僚の寺脇研さんがこう言った。
「こんな政治に絶望するのは、むしろ正常な感覚ですよ。しかし、みんな、社会に絶望してはいけない」
そうだよね。(論説副委員長)
〔毎日新聞2月26日掲載〕
〔引用修了〕
先週の2月25日には、児童養護施設出身者でつくるNPO法人『日向(ひなた)ぼっこ』を訪ねて、夕食をはさんで長時間にわたって話を聞く機会を持った。『日向ぼっこ』は、地下鉄千代田線の湯島駅から歩いて10分ほどのマンションの一室にある。週に何回か、児童養護施設出身の若者たちが集っている。当事者の自助グループとしては、日本で初めて常設の場を持ち、社会的発信をしているのがこの『日向ぼっこ』だ。理事長の渡井さゆりさんが「社会的養護と当事者活動」というブログで書いてくれているように、当事者の若者たちの話を聞きながら、社会政策として「児童養護施設」を中心とした社会的養護の充実とその後の進路を応援するプランを練っていきたいと思っている。
今日は岩波書店の『世界』編集部の清宮美雅子さんと打ち合わせをして、来月号に「社会政策としての提言」をまとめて書かせてもらうことにした。昔からの友人の岡本厚編集長によると、「児童養護施設」「社会的養護」をテーマにした論考を掲載した記憶がないと言うので、森羅万象を扱っているように見える総合誌ですら光を当てて来なかった分野であることを改めて思った。
そして、今日はTBSラジオの「ニュース探索ラジオDIG」に深夜12時過ぎから出演することになった。あまり長い時間ではないが、これまで考えてきたことを話そうと思う。
そして、準備しているイベントも案内。