最近、あちこちからツイッター(Twitter)をやるように勧められている。「絶対、やるべきだ」と力説する人や、そのために会いに来るという人までいるから夏の選挙が終わったら始めようかと考えてもいた。けれども、ブログを毎日のように書いて、一方で短いとはいえ日に何回か発信していくことが果たして出来るだろうかと悩んでいる。この悩みは、なんでも持続して徹底していかないと気がすまないという性癖を自分でよく知っているからだ。多分、一度やってみて、うまくいかなかったらやめればいいのだろうが、なかなか途中でやめることが出来ない。やりだしたら「はまる」傾向があるので、一日中PCや携帯を見ているようになるのが怖い。
昨日は、『TVタックル』の収録があって、スタジオが乾燥しているせいか、仕事のしすぎが、または疲労か「両目が充血」してしまった。収録が終わったら真っ赤になっていたので、ウサギの目で出ている番組が流れるかと思うと自分では見たくない。目薬をさしたら、充血は引いていったのでドライアイかもしれない。
ブログを書くということも、別に誰に強制されているわけでもない。別に気が向いた時に書けばいいのであって、必ずアップしていなければ問題が生じる訳でもない。ただ、情報発信のツールとしてブログは有効だった。この4年間、ほぼ連日にわたって書いてきたが、全国あちこちで「読んでますよ」と言われると嬉しい。
「かんぽの宿」「八ッ場ダム」と関心が集まるテーマで取材に来る記者の人も、ブログの記事を打ち出して時系列を追って予習してくれるから話が早い。これまで書いたことを前提にして話が出来れば、さらに深い部分に短時間で掘り下げた応答が出来るというわけだ。その取材が番組や記事となって世の中に出ていくことも多かった。
人生の時間に限りがあるように、ひとりの力も自ずから限界がある。けれども、人が輪をなして、次の輪をつくるという「連鎖反応」は、大きな力を形成していく。ブログがそのためのツールなら、ツイッターはそこへの誘導灯だよ、と言う人もいる。なるほどと納得しながらも、しばらく悩んでみる。

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