大江戸散策徒然噺 Introducing Japanese culture and history

豊かな歴史に彩られた日本の文化と歴史を紹介

木曽路十五宿街道めぐり(其の三) 本山~日出塩駅

2015年08月10日 12時24分24秒 | 木曽路十五宿街道めぐり
木曽路の旅の第1日目は本山宿を抜けて、ほんのわずかな距離にある「従是南 木曽路」の碑が置かれている場所のちょっと手前です。塩尻宿から歩き始めて15キロを超える距離です。



本山宿内を貫く旧街道が19号線と合流する場所に本山宿と大きく書かれた看板が置かれています。
周囲の景色は山並みが迫り、いよいよ本格的な木曽路が間近に迫ってきたという期待感を味あわせてくれます。本山宿を抜けると、第1日目の歩行距離も12.5キロに達します。

さあ!19号線に沿って旅をつづけてまいりましょう。街道の右手には中央本線の線路が間近に走っています。
そんな道筋を辿っていくと、19号線から分岐する細い道が現れます。ここで19号線といったんお別れして、旧中山道筋へと進むことにします。分岐するとすぐに中央本線を跨ぐ踏切にさしかかります。踏切を渡り、左へと進んでいきましょう。

すると街道右手に「シンセイ」という事業所が現れます。その傍らに「日出塩の青木」と表示された案内が置かれています。シンセイの建物の裏手へとつづく細い道を進むと、行き止まりになります。そこに「日出塩の青木」が置かれています。

この「日出塩の青木」とはかつてここに桧(ひのき)が植えられていたそうです。その桧は銘木と歌われ、洗馬宿の肘掛松にもこんな歌がありました。「洗馬の肘松日出塩の青木お江戸屏風の絵にござる」
洗馬の名所として肘掛松と、日出塩の青木が、江戸の屏風に描かれていたのでしょうが、江戸の屏風なるものの意味がとんと解りません。なんとも不完全燃焼の説明書きが置かれています。



「日出塩の青木」を過ぎ、ほんの少しの距離を進むと道幅が広くなる通りに出てきます。街道の左手には山並みが迫ってきます。そんな景色を眺めつつ進むと、街道脇に江戸から61番目の「日出塩の一里塚跡」が置かれています。



一里塚の跡を示す白い木の柱には「江戸から61里、京へ71里」と書かれています。

それでは日出塩の集落へと入っていきましょう。
日出塩は本山宿とこの先の贄川宿の間に置かれた「立場茶屋」があった場所です。
江戸時代にはここ日出塩では「獣」を売る店が多かったと言われています。
まあ、山間の集落ということで猪などが多く生息していたのではないでしょうか。

小さな集落なので、山間の中に埋もれるように古い家並みが残っているのではと期待したのですが、かつての立場を思い起こさせるような風情はまったくありません。

集落を進んで行くと、街道左手に公民館があるのですが、この公民館の角を左に入るとJR中央本線の日出塩駅の駅舎があります。この日は生憎と雪が舞う天気で、木曽の山並みは白く化粧しています。



駅舎と言っても可愛らしい駅で、当然無人駅です。駅前には商店もなく、ほんとうにこの駅を利用する人がいるのか心配になってしまうくらいの寂しさです。
実は私たちがすでに通過した本山宿には中央本線の駅はありませんでした。面白いことにかつて宿場ではなかった日出塩に駅を置いた理由は分かりませんが、木曽路を目指す現代の多くの旅人たちはここ日出塩の駅から木曽路へと入って行くことが一般的になっているようです。とはいえ、私たちがこの駅を利用した時、降りたのは私たちだけでした。

日出塩の駅への入口を過ぎると、本日の歩行距離も13.5キロに達します。小さな日出塩の集落を過ぎると旧街道は左手から延びる19号線の高架の下へとさしかかります。周囲の景色も更に山並みが迫り、街道の右手に深く穿枯れた谷に奈良井川の流れと水音が聞こえてきます。



19号線の高架下をくぐり、そのまま直進してもいいのですが、いったん旧街道本筋からそれるように細い道筋へと入り、その先で19号線に合流します。



ふたたび19号線と合流すると、本日の歩行距離は14キロに達します。ここからあと1キロを歩くと本日の終着地点に到着です。
幹線である19号線は比較的交通量も多く、特に大きなトラックがものすごいスピードで走り抜けていきます。そして19号線にそってJR中央本線の線路が走っています。
そんな木曽路への大動脈である19号線はうねるようにつづく山並みの間を縫うようにして走っています。
そして街道の右手下には、山から湧き出す水を集めて急流となって流れる奈良井川が、中山道木曽路の雰囲気を更に高めてくれます。

さあ!木曽路へのプロローグの始まりです。
本格的な木曽路の道筋は明日2日目からとなりますが、すでに山間に穿枯れた19号線を歩いていると、木曽路に入ってしまったかのように感じます。

そしてそれまでほぼ直線であった19号線がやや右手にカーブするところに大きな案内板が置かれている場所にさしかかります。
ここにおかれているのが「初期中山道の案内」です。

初期の中山道は岡谷から小野峠を越し、小野宿に出て牛首峠から木曽谷の日出塩へ入り、桜沢から贄川宿に通じていました。

木曽路十五宿街道めぐり(其の一)塩尻~洗馬
木曽路十五宿街道めぐり(其の二)洗馬~本山
木曽路十五宿街道めぐり(其の四)日出塩駅~贄川(にえかわ)
木曽路十五宿街道めぐり(其の五)贄川~漆の里「平沢」
木曽路十五宿街道めぐり(其の六)漆の里「平沢」~奈良井
木曽路十五宿街道めぐり(其の七)奈良井~鳥居峠~藪原
木曽路十五宿街道めぐり(其の八)藪原~宮ノ越
木曽路十五宿街道めぐり(其の九)宮ノ越~木曽福島
木曽路十五宿街道めぐり(其の十)木曽福島~上松
木曽路十五宿街道めぐり(其の十一)上松~寝覚の床
木曽路十五宿街道めぐり(其の十二)寝覚の床~倉本駅
木曽路十五宿街道めぐり(其の十三)倉本駅前~須原宿
木曽路十五宿街道めぐり(其の十四)須原宿~道の駅・大桑
木曽路十五宿街道めぐり(其の十五)道の駅・大桑~野尻宿
木曽路十五宿街道めぐり(其の十六)野尻宿~三留野宿~南木曽
木曽路十五宿街道めぐり(其の十七)南木曽~妻籠峠~妻籠宿
木曽路十五宿街道めぐり(其の十八)妻籠宿~馬籠峠~馬籠宿
木曽路十五宿街道めぐり(其の十九)馬籠宿~落合宿の東木戸
木曽路十五宿街道めぐり(其の二十)落合宿の東木戸~中津川宿
 


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