hiyamizu's blog

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村上春樹編訳『恋しくて』を読む

2014年09月06日 | 読書2

村上春樹編訳『恋しくて』(2013年9月10日中央公論新社発行)を読んだ。

村上春樹が、気に入った9編の海外の短編恋愛小説を選んで、翻訳し、本人の書き下ろし短編一編を追加したアンソロジー。

「訳者あとがき」で村上さんはこう語る。
ひょっとしてこの世知辛いポスト・ポスト・ポスト・モダニズムの文学世界に、突如ラブ・ストーリーの時代が花開いたのかもしれない。
・・・
本書の中ではアリス・マンローの「ジャック・ランダ・ホテル」とリチャード・フォードの「モントリオールの恋人」が、小説的に見ても恋愛的に見ても、間違いなく上級者向けにあたるだろう。練れた著者の手になる、練れた大人の愛の物語。「子供にはなかなか、このへんはわからんだろう」という雰囲気がそこには色濃く漂っている。というか正直言って、大人の僕にだってよくわかりにくい部分がところどころあります(それは単に僕がいまだ『上級者』に含まれていないからかもしれないけれど)」

村上は各短篇の最後に、1ページの感想と、その作品の「恋愛甘苦度」なるものを付している。自身の作品については、「恋愛甘苦度・・・甘味★★★、苦味★★」としているが


「愛し合う二人に代わって“The Proxy Marriage”(代理人結婚)」マイリー・メロイ
背が高く、痩せて内気で不格好なウィリアムは、高校時代に女優を目指す自信家のブライディーに数学を教えることがあった。彼は内気過ぎるし、彼女は自分の夢に精一杯だ。米国モンタナ州では、花嫁も花婿も出席しない「二重代理人結婚」を認めていた。2人はブライディーの父親の依頼で、何組かの代理人結婚式を挙げる。そして彼女は女優への道に行き詰り、・・・。

村上さんの感想は「ふうん、今どきこんなにストレートは短編小説があるんだ。・・・このまっすぐなところが、僕はけっこう好きです」 「恋愛甘苦度・・・甘味★★★★/苦味★」


「テレサ“Therresa”」デヴィッド・クレーンズ
14歳で190cmある少々とろい少年アンジェロは、メキシコ系で長い黒髪、不思議な雰囲気を持つ少女テレサに恋し、学校から帰る彼女の後を追って見知らぬ土地を延々と歩いて行く。さまざまなことが起こり、彼は思う。
ひょっとして、思い切って何かをやり、どこかに一歩踏み出せば、おれは今とは違う風に、この自分の身体のサイズにぴったりと合った人間になれるのではないだろうか。ひょっとして、と。
「恋愛甘苦度・・・甘味★★半★/苦味★★半★」


「二人の少年と、一人の少女“Two Boys And A Girl”」トバイアス・ウルフ
大学進学を控えた少年ギルバート、親友のレイフと、メアリ・アンはいつも一緒だった。皮肉屋のギルバートは素直なアンが好きだが、アンはレイフに惹かれている。しかし、レイフはコネチカット州のイエール大学に移って行くだろう。沿岸警備隊の大佐で四角四面の彼女の父親は、家の正面の壁と垣根を真っ白に塗りなおすことを命じた。しかし、レイフが帰ってくると聞いたギルバートは・・・。
「恋愛甘苦度・・・甘味★★★/苦味★★」


「甘い夢を “Sweet Dreams”」ぺーター・シュタム
銀行で働くララ21歳は、一緒に暮らしはじめて4か月、24歳のシモンの仕事が終わるのをバス停で待って、一緒に帰宅するのが好きだった。ララは言う「もし私のことが好きじゃなくなったら、ちゃんとそう言ってね」
チャンネルを変えたTVに町で二人を見つめていた作家が出てきた。彼は言う。
「私の関心を引いたのは、何かを始めようとするときの、そのような幸福に満ちた、しかし同時に僅かな不安をも感じる瞬間なのです」・・・「私はそれについて短編小説を書くことになるでしょう」

「恋愛甘苦度・・・甘味★★★★半★/苦味半★」


「L・デバードとアリエット “L.Debard and Aliette --A Love Story” 」 ローレン・グロフ
1910、20年代を背景とし、短編なのに大河ドラマのように古風で昔懐かしいロマンス小説だ。
第一次世界大戦が最後の数か月を迎えた頃、元オリンピック水泳選手で貧乏な詩人、43歳のL・デパードは、病気で両脚の自由を失った富豪の一人娘16歳のアリエット・ヒューバーに水泳のレッスンを行うことになる。
二人の懸命な努力、愛の力で、アリエットはニューヨークの最優秀女性水泳選手にまでなる。しかし、インフルエンザの猛威が北米を襲い、・・・アリエットのお腹は・・・。

村上さんは、
「ああ、この悲しき純愛の行く末やいかに!」と無声映画の弁士風に合いの手をいれたくなるような筋書だ。こういう正面切っての話って、今どきなかなかお目にかかれない。・・・「水泳」と「スペイン風邪」・・・を結び付けて小説を書いてみようと思い立った著者の勇気に、僕としては熱い拍手を送りたいと思う。

「恋愛甘苦度・・・甘味★★★/苦味★★」


「薄暗い運命 “A Murkey Fate” 」 リュドミラ・ぺトルシェフスカヤ
30代の未婚の女が、健康に問題のある42歳の子供みたいな大人を一晩アパートに呼ぶ。翌朝彼は何一つ理解せず、足取りも軽く立ち去る。彼女は、今後も無神経で残酷な彼に電話をかけ続けるだろう、そして、関われば関わるだけ傷つくに決まっていることを知っている。
しかしそれでも彼女は幸福のあまり泣きだし、泣きやむことができなかった。

3ページほどの小品。作者は、「作品の内容があまりに暗い」という理由で冷遇されていたという。村上さんは
その仄かな赦しを感じさせるタフな作風は、不思議に読者の心をポジティブに打つ。・・・『あるところに一人の娘がいて、彼女は姉の夫を誘惑し、その男は首を吊った』という実に凄まじいタイトルの短編集でこの作品を見つけた。
「恋愛甘苦度・・・甘味★/苦味★★★★」(別に逆でもかまわないような気がする。(村上))


「ジャック・ランダ・ホテル “The Jack Randa Hotel” 」 アリス・マンロー
洋品店を経営するもう若くない女ゲイルは、ウィルとその母クリータと暮らしていた。しかし、ウィルが娘ほどの年齢の若い恋人と駆け落ちし、ゲイルは店を売り、ウィルを追ってカナダからオーストラリアのブリスベーンへ飛ぶ。彼女はふたりの住むところを見つけ、配達人死亡でウィル宛てに返送された手紙を盗み、その宛先人ミズ・ソーナビーになりすまして文通を始める。

これだけが、村上さんから頼まれた柴田元幸氏の推薦による作品で、村上さんの上級者向け折り紙付き。ジャカランダはオーストラリアに多い紫色の花をいっぱい咲かせる木で、題名はゲイルが聞き違えたもの。
出てくる人物がみんな「どことなくまともじゃない」・・・追いかける女もただ「一途」というだけではすまないエキセントリックなところがある。でもそれでいながら、読者は物語の成り行きにどんどん引きずり込まれ、独特のリアリティーがそこに確立されていく。まるで壁に鋲がしっかりと打ち込まれるみたいに。

「恋愛甘苦度・・・甘味★半★/苦味★★★半★」


「恋と水素 “Love and Hydrogen” 」 ジム・シェパード
米国で爆発事故を起こしたナチスドイツの飛行船ヒンデンブルク号の乗務員のとして乗り込んでいるゲイのカップルは、狭い飛行船の隅で、人目を忍んで密会する。しかし、年上のマイネルトが乗客の若い娘テレスカにチョッカイを出すので、年下のグニュッスは気をもむ。そして、グニュッスの不注意が、大惨事を引き起こす。

村上さんは
危なっかしい隅っこで、人目を忍んで持たれる二人の密会がなにやら切なく愛おしい、僕は高所恐怖症なので、・・・

「恋愛甘苦度・・・甘味★★/苦味★★★」


「モントリオールの恋人“Dominion”(支配権) 」 リチャード・フォード
建築家の夫と子供を一人もつマデレイン・グランヴィル33歳は、独身の仕事の同僚のヘンリー・ロスマン49歳とこの二年間不倫している。しかし、お互いにそろそろこの関係を切り上げなければと思っている。モントリオールのホテルで二人は密会し、マデレインが去った直後に夫からホテルの部屋に怒りの電話が掛かって来る。弁護士ヘンリーは夫と会うことになるが・・・。

村上さんの上級者向けの折り紙付き。
「恋愛甘苦度・・・甘味★★/苦味★★★」


村上春樹 「恋するザムザ」(書き下ろし)
「目を覚ましたとき、自分がベッドの上でグレゴール・ザムザに変身していることを彼は発見した」と始まる、フランツ・カフカの『変身』を下敷きにした作品。主人公 (自分では正体が分からない) が『変身』の主人公の青年グレゴール・ザムザ に逆に変身しているという話だ。

村上さん自身の訳者紹介(ちょっと気障な)
1949年生まれ。翻訳家としてカーヴァー、・・・ら同時代の作家を精力的に紹介するほか、『グレート・ギャッビー』・・・などの古典小説、音楽に関するノンフィクションや絵本など、幅広い作品を手掛けている。その他の訳書に「村上春樹 翻訳ライブラリー」シリーズ、マーセル・セロー『極北』など。時に小説も書く。

「恋愛甘苦度・・・甘味★★★/苦味★★」


私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

村上さんが言うように「いろんな種類の、いろんなレベルのラブ・ストーリーが揃った」ので、一冊でさまざまな恋愛小説、いろんな作者が楽しめ、なんとなく村上さんと一緒に読んでいる雰囲気にもなれる。

私はとくに海外作品を読む方ではないので、知らなかった海外作家も多い。というか、知っていたのはアリス・マンローだけだ。こんな機会にあらたな作家を知って、窓を広げるのも良いと思った。

残念ながら村上さんの「恋するザムザ」はいま一つで、各小説への訳者あとがきの方が面白い。
それにしても、村上さんはこれらの甘々恋愛小説を自分ではとても書かないだろうが、なんかたっぷり楽しんで訳しているように感じる。


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