桐野夏生著『顔に降りかかる雨』(講談社文庫き32-8、2017年6月15日講談社発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
親友の耀子(ようこ)が、曰(いわ)く付きの大金を持って失踪した。被害者は耀子の恋人で、暴力団ともつながる男・成瀬。夫の自殺後、新宿の片隅で無為に暮らしていた村野ミロは、耀子との共謀を疑われ、成瀬と行方を追う羽目になる。女の脆さとしなやかさを描かせたら比肩なき著者の、記念すべきデビュー作。江戸川乱歩賞受賞!
「解説」の香山二三郎氏によれば、この作品は、日本ミステリー・3F小説(作者、主人公、読者が女性)の本格開始を告げるものだったという。
柄の悪い服装の君島について、ミロが親分の上杉に言う。
「君島さんは、シダー・コーポレーションは本当はこういう会社なんだって、察しの悪い客にそれとなくわからせるために雇われているんでしょう」
『高卒魂』と口にして頑張る耀子の社員との話が耳に入り、ミロは驚く。彼女は、「うちの大学じゃ、・・・」と話していた。
成瀬は、一見クールな私が感情的になったので、さぞかしうんざりしたことだろう。やっぱり女だ、と思っているに違いない。男はいつも最後に、そう言うのだ。
(ミロ)「失礼ですが、このお店は?」
(成瀬の元妻)「私の父が出してくれました、ええ、成瀬の家は普通の勤め人ですから、彼は何も持ってません。家も財産も、そして私たちもすべて失いました」
「成瀬さんは後悔してると思ってらっしゃる?」
「ええ」
成瀬の妻は勝ち誇ったようにうなずき、私は初めて、この女はいやなヤツだと思った。
本書は、1993年9月発行の単行本で、1996年7月文庫版の新装版。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め) (最大は五つ星)
文庫版で465ページもあるが、一気に読めた。読んでしまった。これが、著者の実質的な本格小説のデビュー作とは恐れ入る。底知れぬ恐ろしさ、むなしさ、汚さなど描き切っている。少女小説を書いていた人のデビュー作とは思えない。
すべてが猥雑で、どのよりした空、べったりとした空気の新宿で、どうしようもなく穢れた人たちが裏切りを重ねる。
抜群ではないが、ストーリー、謎解きの魅力もある。しかし何よりも、女が女を見る眼のエグサが、著者のその後の作風を思わせる。
桐野夏生(きりの・なつお)
1951年金沢市生れ。成蹊大学卒。
1993年本書『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞
1998年『OUT』で日本推理作家協会賞
1999年『柔らかな頬』で直木賞
2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞
2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞
2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞
2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞
2009年『女神記』で紫式部文学賞
2010年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、2011年同作で読売文学賞 を受賞。
その他、『ハピネス』、『夜また夜の深い夜』、『奴隷小説』、『だから荒野』、『抱く女』。
野原野枝実(のばら のえみ)の名で少女小説、レディースコミック原作を手がけていた。
村野ミロシリーズは、第1作の本書『顔に降りかかる雨』、『天使に見捨てられた夜』、『水の眠り灰の夢』、『ローズガーデン』、『ダーク』
登場人物
村野ミロ:夫の自死に苛まれ、無為に新宿で一人暮らしする32歳。元は博通社でマーケティング担当。向こうっ気が強く、しなやかでしたたか。見栄っ張りなところはなく、一匹狼。
村野博夫:ミロの夫。ジャカルタで自死。
村野善三:以前、村善調査探偵社でやくざの国東会の仕事をしていた。北海道で一人暮らし。
成瀬時男:ナルセモータース社長。燿子の不倫相手。元東大全共闘。
成瀬笙子:時男の妻。
宇野燿子(ようこ):ミロの親友。ペンネームは宇佐川燿子。本名宇野正子。
上杉:満崎組傘下のやくざの親分。企業舎弟の皮を被る極道。
君島:やくざの下っ端。粗暴で派手な服装。
小林ゆかり:燿子の事務所の電話番
藤村:「暗黒夜会」のプロデューサー。
川添桂:「暗黒夜会」でパフォーマンス。耽美小説家、ヴァイオリン演奏者。
金沢まどか:「暗黒夜会」での踊り子。
魔礼音(マレイネ):「暗黒夜会」での踊り子。
山崎龍太:ナチス愛好家。
三田邦彰:論壇社文芸編集部で燿子の担当者
ジュヌヴィエーブ松永:占い師
多和田一郎:右翼やナチス愛好家に詳しい弁護士。村野善三の知り合い。
シンシア、マリア、ジュリー、イザベラ:ミロの隣に住み、ショーパブに勤める。