高橋源一郎著「一億三千万人のための小説教室」岩波新書 新赤版786、2002年6月発行を読んだ。
小説を「つかまえる」ために何をするか、など小説が好きでたまらない高橋さんによる小説の書き方を教える本だ。といっても、新しげな、変な小説を書く高橋さんのことだから、例えば、「小説を書く前に、クジラの足がなん本あるか調べてみよう」などとまともな教え方はしない。たくさんの文例があるのだが、何のために引用されているのか、私にはわけのわからない場合もあり、不思議で、跳んでいて、考えさせる本だ。
しかし、小説とは何か、どうあるべきかについて、高橋さんは、難しい観念論でなく、具体的にやさしく話しかけており、小説の根っこのところを考えさせてくれる。
2001年にNHKの「ようこそ先輩」という番組で出身小学校に行って、「文学とは何か」について教えたことをきっかけとしてこの本が書かれた。そのことから、子供から大人までという意味で、本の題名が「一億三千万人のための小説教室」になっているのだと思う。
高橋源一郎は、1951年広島生まれ。小説家、明治学院大学教授。横浜国立大学除籍。1981年「さようなら、ギャングたち」で群像新人長編小説賞優秀賞、1988年「優雅で感傷的な日本野球」で三島由紀夫賞、2002年「日本文学盛衰史」で伊藤整文学賞を受賞。
(私は、1987年にベストセラーとなったジェイ・マキナニーの「ブライト・ライツ、ビッグ・シティ」を高橋さんが翻訳していたとは気がつかなかった。私はこの本を読んで感激し、マキナニーに期待したが、次作「ランサム」は駄作で失望した。)
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)
高橋さんの本棚には小説を書くための、あるいは小説家になるための本が31冊あった。このようなちまたの本と違い、この本は、小説の書き方をひとりで見つけるための本なのだ。
小説を書くためのテクニック、文章の書き方を知りたい人は、別の本を読むべきだ。しかし、従来とは違う、何か新しい小説を書きたい、書き始めたいと思った人は、まずこの本を読むべきだ。そして、あなたが書こうとしている小説は、あなたが書かねばならない小説なのか、あなたにしか書けない小説なのかを考えるべきだと、新しい小説が大好きな高橋さんは言う。
従来型の小説が好きで、小説は読んで楽しければ良いという人にも(私はどちらかと言うと、そうなのだが)、今一度、この本を読んでみることをお勧めする。小説に対する考え方が、より広く、より豊かになるだろう。
いくつか、書き出す。
いま、ベストセラーになる小説は、ミステリーとかスキャンダラスな恋愛小説であって、いわゆる「文学」ではありません。そして、そういうベストセラーになるような作品は、実は「新作」であるのに、「旧作」に、いや「伝統芸」によく似ているのです。・・・読者は「楽しませてくれ」という権利を持つ王様です。
「小説を、あかんぼうがははおやのしゃべることをまねするように、まねる」というレッスンで、最初に、レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」が引用されていて、すぐ次に、村上春樹の「羊をめぐる冒険」が引用されている。
そして、二つの小説が6箇所で似ていて、それは村上春樹が素晴らしいと思った(小説をつかまえた)チャンドラーの小説を自分の言葉でまねて、そして感謝の気持ちをチャンドラーに捧げるためにわざと似た6箇所(例えば、2作品とも、どうしてかわからない、言葉に傍点がうってあるなど)を作ったと高橋さんは語る。
さらに、なにが似ているかというと、まず声の質(文の感じ、調子といったもの)で、もっと似ているものは、世界の見方だ。登場人物が他人に対して距離をとろうとするが、時にその距離を一気に縮め近づきたいという感情が存在していることを、彼らは否定できないのだ。
以下は、私自身のメモです。
レッスン6・付録にまねるためのブックガイドがある。そこに挙げられている小説は以下だ。
太宰治(全作品)、夏目漱石(ケーベル先生)、石川啄木(ローマ字日記)、芥川龍之介(全作品)、葛西善蔵(子をつれて等)、武者小路実篤(全作品)、小林秀雄(全作品)、金子光晴(マレー蘭印紀行、どくろ杯、ねむれパリ)、坂口安吾(エッセイ)、埴谷雄高(エッセイ)、野間宏(暗い絵)、現代詩文庫(一期、二期全巻)、谷川雁(原点が存在する)、武田泰淳(目まいのする散歩)、武田百合子(富士日記)、吉田健一(詩に就いて、時間)、田中小実昌(なやまない、ないものの存在)、内田也哉子(会見記)、小林信夫(漱石を読むー日本文学の未来、私の作家遍歴)、耕治人(天井から降る哀しい音)、村上龍(五分後の世界)、森茉莉(どっきりチャンネル)、片岡義男(全作品)