北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

巨大地震“南海トラフ地震”への備えを考える⑥ 自衛隊の鉄道輸送能力をどう評価するか

2012-06-05 22:49:26 | 防災・災害派遣

◆一昼夜で全部隊送り込め!
 南海トラフ地震は避難が遅れる冬季夜間の発災を想定すれば今までよりも犠牲者の桁が一つ大きくなるとの研究があるようです。自衛隊の災害派遣という観点から、この国家の危機へ如何に立ち向かうか。
Img_2187 陸上自衛隊は方面隊を超えた師団規模の部隊緊急展開の実動訓練として協同転地演習が行われています。この中で陸上自衛隊の車両を鉄道輸送する長距離機動訓練も実施されているのですが、東日本大震災に際しては協同転地演習を遙かに超える規模での自衛隊部隊の緊急展開が実施された中で、車両の輸送や補給物資などの輸送を行うにはどのような装備であっても必要であるということは自明であったにもかかわらず残念ながら自衛隊車両などの輸送は行われたとの話を聞きません。
Img_4887 もちろん、被災地への救援物資輸送で、自衛隊の車両や装備品に係らずといえば鉄道貨物輸送が実施されたことは言うまでもありません。JR貨物を筆頭に東日本大震災へは、公共交通機関としての枠を超えた貢献はありました。例えば鉄道燃料輸送、本来は港湾部から内陸部へ十数Kmから精々数十Kmを移動するものが基本ですが、仙台港はじめ石油陸揚用港湾設備が全損したため、横浜をはじめ全国から長駆被災地へ立ち向かったことは有名です。
Img_0070 鉄道輸送は広域災害に強く、改めてその存在感を示したのが今回歩東日本大震災でした。太平洋岸の鉄道施設は地震による軌道崩壊や橋梁損傷、津波による線路流出や設備破損の被害を受けた一方、JRは迅速に貨物輸送を日本海縦貫線に転換、日本海側から東北地方へ前進し、機能する路線に沿って被災地近傍へ輸送を行い、同時に復旧作業に昼夜兼行で邁進し、路線復旧と共に貨物輸送網を幹線から支線へ中央から末端へ前進させ、鉄道は大震災に対し復旧能力が高いことを示しました。局地災害ならば鉄道は復旧に時間を要しますが、広域災害ならば稼働路線を繋ぐ方式で長距離移動を行うことが出来たのですね。
Img_9236 JR貨物の救援物資は、特に燃料など、民間向けではなく緊急車両を優先として給油したことから、自衛隊車両や、そのほかの消防広域救助隊や警察機動隊、国土交通省を筆頭に様々な燃料需要に応えたことは間違いなく、消耗品や糧食などは自衛隊以外の自活能力を前提としていない機関へは大きな支援となったことは間違いないことであり、この点で貨物輸送は求められた責務を全うした、と言えるでしょう。
Img_0291 しかし、九州や北海道からの車両部隊の緊急展開は、九州からは1000km以上の距離を自走し被災地へ駆けつけ、北海道からは米軍の揚陸艦や民間カーフェリーに依存する部分が大きかったわけです。今回の震災では青函トンネルに影響はなく、北海道からの緊急展開に際しては自衛隊車両を鉄道車両に貨物輸送として搭載することが出来たならば、米軍の揚陸艦が佐世保から北海道に展開するよりも早く展開できた可能性があります。
Img_0620 北海道から73式装甲車が発災後36時間以内に展開することが出来ていれば、こう考えてしまうわけです。市街地の長期浸水により、海上自衛隊が展開するにも市街地の奥深くで交通船は乗り入れることが出来ず、しかし徒歩では進出が困難、高機動車や軽装甲機動車は水深が深く通行不能で、広く装備されている96式装輪装甲車は浮航能力が無い、方面隊の94式水際地雷敷設車は大型すぎ数も限られている。しかし73式装甲車、北海道に集中配備されている73式装甲車ならば浮航能力があった。
Img_9475 何故行われなかったのか。考えられる理由は簡単で、我が国の鉄道貨物輸送においては自動車を運搬するピギーパック輸送が普及していないため、長物輸送用の貨車に搭載するか、土砂運搬用無蓋貨車へ車両を搭載、いや積載する、ということが実情であり、搭載に時間がかかるということ。特にJR貨物駅では既にコンテナ輸送が基本となっているため、車両がそのまま搭載可能なスロープも非常に少数が解体されず残っているのみという現実があります。
Img_1186 加えて、上記の貨車は全て輸送の主流から傍流以下となっており、老朽化は解体か維持か、という水準まで老朽化が進んでいるのが実情です。新規に貨車を防衛予算により調達するか、自衛隊の鉄道輸送の頻度を高め、JR貨物へその必要性が実感される規模に展開させ、新造を依頼するという手法以外に老朽化への対処はありません。後者はやや現実味が無い提案に見えますが、JR貨物は東日本大震災に際し、震災瓦礫輸送専用貨車を新造していますので、毎日のように自衛隊輸送の需要があるならば可能性はあるやもしれません。
Img_2037 ただ、現状では非常に車両搭載に時間を要します。第10師団が協同転地演習により北海道へ緊急展開した際、78式戦車回収車を鉄道輸送しましたが、貨車への搭載はスロープが構造上使うことが出来ず、貨車にそのままクレーンにて搭載する必要がありました。そこまで大型の、38tの車体をそのまま吊り上げることが可能なクレーン車は自衛隊には無く、結局日本通運の支援を受け、三日がかりで搭載したとのことでした。これでは間に合わない。
Img_2497 この場合考えられるのは、師団防災計画に一定以上の距離への軌道を行う場合の貨車搭載可能車両及び補給物資を予め列挙し、大型トラックへはコンテナの搭載を計画。こうしたうえで海上コンテナ用フォークリフトを方面後方支援隊に一定数を配備し、コンテナ輸送用貨車へ車両を積載するアタッチメントを新規に調達、既存のコンテナ輸送用貨車へ、高機動車、軽装甲機動車、3t半(73式大型トラック)、96式装輪装甲車といった車両を迅速に貨物駅からコンテナ用貨車へ搭載できるよう準備しておくことが考えられるでしょうか。
Img_4450 自走可能な車両は多いですが、北海道からの展開には青函トンネルを利用する場合の方が、呉基地から輸送艦を展開させるよりも早いでしょう。なによりも、輸送艦には被災地でのエアクッション揚陸艇LCACを用いた被災者救助の重責があります。陸上自衛隊の輸送は重要な任務ですが、呉から被災地へ行く前に呉基地周辺の第13旅団か、被災地の位置によりますが横須賀基地近傍の第1師団、佐世保基地近傍の第4師団を収容することはあっても、これら部隊を展開させたのちは洋上拠点としての任務が待っています。
Img_4460 また、必要な物資をコンテナ化しておくならば、物資の輸送を貨物駅がどの程度自衛隊の拠点として用いることが出来るかの、平時からの法整備と提携準備を行う重要性に繋がる内容ですけれども、自衛隊の後方支援体制は非常に有利なこととなります。かつてあった、桂駐屯地や朝霞駐屯地、島松駐屯地や神町駐屯地に福岡駐屯地への貨物引込線があったならば、より有利にはなるのでしょうけれども。
Img_4611 自衛隊の任務は筆頭に我が国の軍事力を用いた脅威への防衛警備であり、続いて国家の防衛に寄与する任務として災害派遣がある、ということはこの項目でも忘れてはなりません。ただ、陸上自衛隊の車両輸送の一部を、可能な範囲内で鉄道輸送に依存することは防衛出動において重要な位置づけとなります。北方への緊急展開を念頭とした長距離機動が北方機動演習と今日の協同転地演習で示されていますが、なにより、南西諸島有事に際して陸上自衛隊の緊急展開に大きく寄与するでしょう。
Img_4922 沖縄には鉄道が無く、仮に建設されたとしても九州と繋がることはないではないか、と思われるでしょうがそうではなく、鹿児島阿久根港や長崎県佐世保基地への鉄道車両輸送による展開を行うことに意味があります。全国から南西諸島にもっとも近い九州の港湾設備に自衛隊を集結させ、その後民間車両運搬船などにより沖縄本島の勝連基地や那覇軍港に牧港といった拠点に部隊を集中、本島の防備を固めると共に、海上自衛隊輸送艦により先島諸島に輸送する、こういうこと。
Img_5108 自衛隊輸送はカーフェリーだろう、と言われるでしょうが確かに一理あるのですけれども、北海道から九州までカーフェリーで移動する場合には九州西方へは72時間を要します。加えてカーフェリーにも数の限度がありますので、駐屯地近傍の港湾に集結するのではなく南西諸島に近い幾つかの港湾からのピストン輸送を行うのが望ましく、この為には車両の自走とともに鉄道輸送を行うことが望ましいではないでしょうか。
Img_5300 第7師団の90式戦車や89式装甲戦闘車を高速カーフェリーで九州から大分港へ協同転地演習において展開したことが昨年有名となりましたが、あれは戦車の輸送だけであり、戦車一個中隊を一週間戦闘を継続させ維持するためには多くの後方支援が必要となります。戦車を輸送するのは展示するためではなく戦闘に用いて外敵の侵攻を抑止するか上陸された際には排除することが目的です、この為に立後方支援車両が多く必要となりますので、こちらの輸送を考えた場合、高速カーフェリーの重要性は高いですが、他方運べるものであれば鉄道貨物輸送も民間運搬業者も動員しなければなりません。
Img_7039 これらの実現へは、前述の大型フォークリフトの方面後方支援隊への多数配備、輸送学校における鉄道輸送訓練の近代化と充実、平時からの鉄道輸送強化による自衛隊の輸送体系への定着とJR貨物との連携強化、考えるだけでこうした改編が必要となるのですが、我が国には東日本大震災において広域災害へ威力を発揮した鉄道輸送という財産があります。南海トラフ地震という国家危機へ臨む上で、検討は為されるべきだと信じます。

北大路機関:はるな

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