北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

令和二年度八月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2020.08.01-08.02)

2020-07-31 20:11:59 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 艦艇広報賑やかな例年八月とは打って変わり今週末もCOVID-19対策の観点から自衛隊関連行事は執り行われません。仕方ないので築城基地の写真等と共にカメラの話題を。

 COVID-19感染状況ですが本日31日の日本全国での感染者数は本日1800時時点で新たに1482名、過去最大の数値となり、しかも千人単位の感染が三日間連続しています。東京でも新規感染者は463名とやはり過去最大、懸念すべき状況。また暑くなってから縮小傾向にあった重篤患者は徐々に増加し始めており軽症者収容施設が逼迫し始めている状況です。

 重篤患者は日本国内で、32名から90名へと、この三週間では三倍近く増大しており、幸い感染第一波の際の5月1日における332名までの水準には至っていませんが、増加傾向を抑えなければ懸念すべき状況は続きます。しかし、世界全体を見ますとロイター報道による感染者数は1737万8972名、死者数は67万3166名となっています。驚くべき数字だ。

 楽観論で、日本人には免疫があると武漢での在外邦人への大規模感染、アジア人は重症化しないというインドはじめ現状を無視した発言、弱毒化したという南米での大規模な死者増大を無視した発言、こうしたものが散見されるのは残念に思います。しかし、半年間で死者67万という数字が厳しい現実で、第一波の現状は1959年アジア風邪よりも深刻です。

 さてカメラの話題を。オリンパスのカメラ事業撤退、カメラ業界に逆風が吹いているとの話題がありまうが、実際のところ、ライカがニコンに追い越された構図とAppleがニコンやCANONを追い越そうとする構図に似ているものを感じるのですよね。ニコンが日本光学機器として戦艦の照準機をはじめ先進的な機材を生産していましたが、後に第二次世界大戦の敗戦を迎える。

 ニコンはカメラ事業に優れた光学機器製造技術を応用し生き残りをはかりますが、参考としたのがライカM3,レンジファインダー機種の最高峰という強力なライバルでした。しかし高い技術をもつ技術陣は結局レンジファインダーカメラでライカM3を凌駕することは不可能、という結論にいたりまして、ここで当時にて注目した新技術が一眼レフ、という。

 日本製一眼レフは世界を席巻しまして、結果的にライカはカメラではブランド名として名を残す程度となっていますが、日本製一眼レフに変な対抗機種が生まれたのが、実のところスマートフォンであるように思えます。Appleから始まりましたスマートフォンは携帯電話の付録のようなカメラ機能という概念を一新し高度部品と最先端技術が用いられている。

 五年ほど前か、友人が新しいコンパクト機種を探しに家電量販店に行きまして、販売員さんになにかよいものは、と問いましたところ、お手元のスマートフォンの方がよほど高性能、という返事が返ってきまして驚いたという。確かに、情報端末ではありますが本体価格で10万円水準の機種なのですから、コンパクト機種よりも高度な部品が使える構図に。

 一眼レフでなければ撮影できないもの、というものは意外と多い。まず望遠機能はレンズに依存する部分が大きいため、どうしてもスマートフォンの大きさでは300mm単焦点レンズのような精度は難しい、AIでの被写体判断能力でも、スポーツ写真、自動車や高速で飛行する航空機、こうした被写体撮影は難しいままでしょう、でたとしても、普及は難しい。

 しかし、風景写真やポートレート写真、グルメや名所旧跡程度であれば充分な性能をスマートフォンは有している訳でして、一眼レフは、もともと銀塩カメラ時代に本格的な写真を求める一種の特殊なカメラ、という扱いであった筈なのが、一億総カメラ時代、というものがあり得るような、一時期のデジタル潮流を読み間違えていたのではないか、と思う。

 一億総カメラ時代は総一眼レフ時代ではなく、いわば10万円でも充分販売できる多機能端末のカメラ機能がカメラ単体での機能で10万円を投じるには躊躇する風潮に負けていったようにも、思えるのですね。要するに日本製一眼レフに対抗したいカメラ愛好家の技術者たちが突きつけたのはカメラではなくスマートフォン、新次元総合情報端末であった、と。

 カメラでの下克上というべきスマートフォンの台頭、案外のところカメラメーカーはセンサーの多寡でスマートフォンに対抗した結果、価格帯がスマートフォンに伍してしまい、言い換えれば似たような機種でも数年で価格が三倍前後まで高くなったことで、消費者に見放される、という結果にいたったような気がしないでもありません。これこそ悪循環だ。

 メーカーとしては焦りがあるのか、廉価版と中級機種に高級機種を、コンパクト機種、大型コンパクト機種、一眼レフ、ミラーレス一眼、こうした複数の区分で同時に開発したため、開発費が1/10以下にまで下がり、一機種に勝負をかけるスマートフォンに各個撃破されているようにも思えます。カメラはカメラ本来の用途に、原点回帰してほしいですね。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭

・今週末の行事なし

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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大水害時代にLAV-25とBvS.10が必要だ【2】浮き彫りになったウェットギャップ踏破力限界

2020-07-30 20:10:02 | 防災・災害派遣
■五〇年代巨大水害頻発の再来
 水害は消防に任せるべき、なるほどそれならば自衛隊が防衛出動に際してウェットギャップに面した場合もそうするべきなのでしょうか、問題はこの能力の不足だ。

 水陸両用車両、こう表現しますと特殊車両という印象を与えてしまいますが、浮航能力を持つ装甲車両、と表現しますと基本的な装甲車の不整地突破能力の一つ、と理解することができるでしょう。実際、陸上自衛隊の73式装甲車、350両が量産された装甲車も簡単な浮航キットを装着することで河川などを渡河することができました。特殊ではない。

 ウェットギャップ。河川や湿地などは軍事上で行動を制約される障害と理解されるものなのですが、浮航能力があれば、こうした地形障害を克服することができるのですね。ただ、日本では道路網が発達していますので、このウェットギャップを特殊な障害、架橋などで克服するもの、と認識していたのかもしれません、故に浮く装甲車は今の日本で少数派だ。

 ウェットギャップ、しかし水害による浸水というものが、この認識を改めるようにも考えるのです。その上で、自衛隊の車両がこうしたウェットギャップに根本的に普遍的な対応能力を持つのであれば、水害で浸水している孤立地域へも、水没した地域に直面しても車列を維持したまま準備なしに中隊単位でそのまま展開してゆくことができるのですね。

 水害が今後増大するのか、こう問われますと実のところ水害というものは近年大きく報道されるようになりまして、脅威度合いが大きく認識されているのですが、水害そのものはカスリーン台風やルース台風、伊勢湾台風に枕崎台風や第一室戸台風第二室戸台風で毎年のように千人単位の犠牲者、数千が死亡することもあった1950年代が上といえました。

 気候変動による台風の巨大化や線状降水帯という豪雨の激化、問題なのは1950年代のような数千犠牲者が発生する水害こそまだないものの、1980年代や1990年代までに継続した治水インフラの整備限界や、ダム治水以外の治水の試みの限界というものが水害リスクを激化させているという現状がありまして、それでも水陸両用車大量配備は不要か、と。

 73式装甲車のみならず、この設計に大きな影響を与えているM-113装甲車、世界中で採用されいまも改良型の生産が継続されているアメリカ製装甲車も、こちらは標準装備の車体前面にあります波切板を前にたてて支柱で支えますと、そのまま水上に乗り出してゆくことができました。フランスのVAB,ドイツのフクス、一時期まで水上浮航能力は普通でした。

 VAB装甲車。ライセンス生産ができるのであればLAV-25軽装甲車よりも安価なVAB装甲車でも良いのですが、実際VABとLAV-25は同時期の調達費用で半分程度の取得費用ですので、LAV-25を普通科連隊に一個中隊配備する費用でVAB軽装甲車ならば2個中隊を配備できることとなります、もう少し予算を積み高機動車の後継に充てられるならば理想だ。

 VAB装甲車は機関砲も搭載していません、正確には中隊の火力分隊用として20mm機関砲を背負い式に搭載したものが2両配備されますが、基本は機銃のみ、LAV-25は八輪駆動ですがVABは四輪式、よってかなり簡易な車両、82式指揮通信車を四輪駆動にしたような構造なのですが、こちらも浮航能力が付与されています、そして安価は強みでもあるのです。

 高機動車に浮航能力でもあればと思うのですが、VAB装甲車は簡易な構造である分だけ取得費用を抑えており、フランス陸軍、国防費がかぎられているフランス軍でも3500両を取得できたうえ、1500両を輸出することができたのですね。費用はさておき、LAV-25ならば普通科連隊に中隊単位で、安価な車種ならば2個か3個中隊は必要と考えるのです。

 水に浮く車両が基本となるならば、あたかも火災現場に消防車が駆けつけるように、浸水し通常の車両が行き来できない地域へ孤立地域はもちろん孤立家屋の前に一台一台装甲車を展開させ、タクシーのように被災者を収容することができましょう。だからこそ、虎の様に見ない虎の子の一両二両というよりも、連隊に中隊単位で必要だ、と考えるのですね。

 高機動車や3-1/2tトラックにもスノーケルを設置する必要はあるように思います、予算で問題があるならば標準装備でなくともスノーケルキットとして準備し適宜装着できるようする、2m程度の浸水で車両がある程度行動できるようにしておくならば、水害はもちろん、水陸機動作戦においても沿岸部で立ち往生する懸念は多少なりとも払拭できるでしょう。

 しかし、こうした上で、普通に浸水地域へ進出できる装甲車両を必要と考えるのは、前述のウェットギャップというもの、消防や警察ではハイパーレスキューのような例外をのぞけば、こうした機関は平時のインフラに依拠した活動を想定しているために優先度は低くならざるを得ないのですよね、故に自衛隊がLAV-25やBvs.10を大量配備すべきなのです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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ありがとう!北大路機関創設十五周年記念日,安全保障・防衛研究・歴史文化考え次の十五年へ

2020-07-29 20:00:15 | 北大路機関特別企画
■感謝,1447万4586アクセス!
 十五周年、今日一日はヘリコプター搭載護衛艦の写真とともにこの記念日を祝いたい。

 十五周年。ありがとうございます、この一言に尽きるでしょうか。一日当たりの総閲覧数は6000から9000、この数字には感謝の言葉としましてもう一度云わせていただきます、ありがとう。ヘリコプター搭載護衛艦はるな、舞鶴展示訓練における若狭湾での主砲空包射撃の様子とともにこのWeblog北大路機関創設十五周年特集の写真といたしましょう。

 日本海か太平洋、東シナ海でもいいのですが、思い切り艦船に乗って潮風を感じたい。しかし、艦船よりも感染のほうが気になりますCOVID-19の感染拡大、これにより全国的な行事自粛が行われており、数千名から十数万が集う自衛隊関連行事等は2020年1月の第1空挺団降下訓練始め以降、なかなか実施できず、これは非常に寂しいと思う今日この頃だ。

 Weblog北大路機関は本日、創設から15周年を迎えました。10年一昔といいますが15年となりますと一昔と五年という訳ですから早いものです。北大路機関は大学の安全保障勉強会として創設されましたが、2005年7月29日に大学の懇親会が神戸で行われまして、紹興酒を目一杯頂きまして人生有数の酩酊状態の帰路に阪急十三駅にて創設されました。

 1439万1951総閲覧数、これは7月16日の数字です。28日には1447万4586となりました。読者の皆様にお付き合いいただきまして、なんとかここまで掲載が続いているのは正に感謝というものでして、改めて今後とも末永いお付き合いのほどをお願いいたします。筆不精故に頂きましたコメントは中々お返事できないのは恐縮の極みですが、このあたりでも今後ともよろしくお願いいたします。

 6300系特急。最初に来ましたのが8300系でしたものですからクロスシートでゆっくり帰りたい当方は次を待ち、十三駅の神戸本線から京都本線へ乗り換えのホームのベンチにて東芝dynabookの巨大な本体の電源を立ち上げ、当時画期的な移動回線、しかし、128kbsという今日からみれば非常に低速PHS回線にて創設したのがWeblog北大路機関なのです。

 Weblogという個人メディアは昨今、SNSというより大きな潮流とともにポテンシャルは移ろう時代ではあるのですが、あの十三駅の膝上に置いたPCにて立ち上げた当時新進気鋭の個人メディアであったWeblog北大路機関が、15年先にも稼働しているとは、北大路機関全体でも考えられなかったものでして、そしてこの15年間、いろいろな話題を扱っている。

 自衛隊イラク派遣、北朝鮮初の核実験、自公連立政権総選挙敗北、民主党連立政権、東日本大震災、福島第一原発事故、中国爆撃機西日本沖飛来、中国空母竣工、アメリカトランプ政権、新型コロナウィルスCIVID-19世界的流行禍、いやはや世界はいろいろな事が多すぎた、という15年間でして、2005年当時アメリカは、まだブッシュ政権だったのですね。

 はるな、ひえい、しらね、くらま。2005年当時といえば海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦は第一世代型でありヘリコプター巡洋艦型と区分される艦艇の全盛期時代でした。ひゅうが、いせ、いずも、かが。ヘリコプター搭載護衛艦は第二世代に完全に置き換わり全通飛行甲板型の時代となったわけで、このひとつとっても、15年の長さを感じるところ。

 2005年に運用開始となりましたWeblog北大路機関ですが、この15周年という節目の年は、しかし、新型コロナウィルスCOVID-19感染症感染拡大によりまして、主として紹介して参りました自衛隊行事が全く行われない、という異例の状況となっています。本年紹介できる行事は、第一空挺団降下訓練始め、そして練習艦隊江田島出航くらいでしょうか。

 世界的流行禍、パンデミー。いつ再来してもおかしくはない、こういう気構えと云いますか一つの認識はあったのですけれども、これは2011年の東日本大震災以前にて、阪神大震災の記憶や新潟中越地震を目の前に歴史地震はいつ再来しても不思議ではない、と言いつつ、真剣に当事者として準備できていたかを顧みた際に似ているといえるかもしれません。

 第1空挺団降下訓練始め、ここは凄かった、米軍のC-130J輸送機から自衛隊員が次々と降下し、続いて第82空挺師団、なるほど82空挺のパッチを身につけている好事家は多々見かけますが、ほんものの82空挺の降下には驚かされました、昨年の沖縄第1特殊作戦群の自由降下が空中で一列に舞い降りるのも驚きましたが、いや、空挺団と82空挺の合同とは。

 練習艦隊江田島出航。巨大な護衛艦いせ、近海練習航海参加と聞きまして、江田内に入れるのか、と驚きつつ、実は柱島で合流、という運用、祝賀飛行も記念会食も縮小され、いつもお世話になっている大阪のY様から今年は早そう、という一報がなければ撮影に遅れたかもしれぬ故に感謝とともに明日への出航、一つの歴史といえる情景を撮影できました。

 15周年ということで、様々な撮影と自衛隊新装備の特集などを考えていましたが、2020年元日の時点で既に中国では新型肺炎が武漢の一部で発生している、外電が報じていたことを思い出すところです。実際、そのうち日本にも流入するだろうとは思っていましたが、一月初旬の頃はこの疾病を冗談の話題に出ていたことを今では懐かしく思うほどではある。

 危険だから実施できない、この理屈は分かるのですが、新しい写真を撮影するために全国を日本列島狭しと、逆に日本列島引きこもりと揶揄されつつ、撮影している、そんな習慣が15年間続きますと、会えば会釈し挨拶を交わすという現代風のおつきあいを何年も重ねている方も多くやはり現状、行事がないのは頭で理解できても心で寂しいことは確かです。

 COVID-19,新型肺炎という呼称が報道でみられなくなったのは、肺炎はこの感染症にとり免疫反応過剰により引き起こされるサイトカイン炎症の一例に過ぎず、脳血栓や脳梗塞を引き起こし神経系統へも悪影響を及ぼすという、非常に危険な実態が報道されています。しかし、前述の、一月初旬にはまだ気管支炎の友人を茶化す程度ではあったのが懐かしい。

 東京五輪延期、いや2020年は自衛隊行事にとどまらず様々な祝典が執り行われる予定でした、ブルーインパルスが12機編隊での五輪祝賀飛行も予定していましたし、COVID-19さえなければ、とは思う次第です。しかし上記の通り、これはアジア風邪、あの1959年の新型インフルエンザ、この脅威と少なくとも死者数増加推移では並ぶほど、となりました。

 岐阜基地航空祭と第10師団創設記念守山駐屯地祭、この二つの行事だけはWeblog北大路機関創設以来毎年紹介することができていました、言い換えれば東日本大震災や新型インフルエンザに西日本豪雨災害と熊本地震など2005年以来幾度かあった社会不安や緊急時に際しても中止されず実施することができた、岐阜と守山はそんな行事でもあったのですね。

 守山駐屯地祭と岐阜基地航空祭、このほかに毎年撮影できているものとなりますと練習艦隊近海練習航海でして、江田島での出航を毎年撮影できている訳ではないのですが、近海練習航海の寄港を含めれば、Weblog北大路機関創設以来毎年撮影できているものでして、こちらは幸いにして、2020年もコロナ禍拡大前に出航、撮影することはできました。

 行事写真については、ただ幸い相当な備蓄がありまして、なにしろ写真だけではなく解説を含めれば自衛隊観艦式だけで五万字を添えていますので時間がかかり、要するに速報だけを掲載して詳報はまだ、一部写真を別の記事資料写真として、という行事が多々ありますので、こちらを土曜詳報や日曜特集に7D特報として、紹介してゆくこととなります。

 記事について。いやお恥ずかしい、OCNブログ時代は特に誤字脱字は凄いことになっていました、予約投稿により随分改善しましたが、初期の頃は記事作成が間に合わず毎日更新を維持させるために2300時頃になりますと焦りが大変なことになっていましたし、書き下ろし、言葉は格好良いですが当時は正に校正も出来ず載せるのが精一杯という時代でした。

 1400字と写真9枚。2017年から基本的にこの指針で進めることとなりまして2019年3月からはこの指針がほぼ定着、また、写真と記事の準備態勢が充実して参りましたので、1800字と写真12枚、基本的な記事は、こうして内容を充実させることもできました。日曜特集と土曜詳報、週末の自衛隊行事予定に週半ばの旅情記事、基本的にはこう構成しています。

 15周年の北大路機関。日記カテゴリについては現在、少し別の手法で掲載再開を検討中です。グルメカテゴリにもあてはまりますが、もともと日記カテゴリはOCN時代に設定したものではなく、カテゴリ指定を行わない場合の標準仕様となっており、恥ずかしながら誤操作のもののようです。ただ現在ならば自衛隊関係の記事としまして活用できるようにも。

 日記カテゴリは現在予定していますのは土曜詳報としまして、これまでに撮影しました写真を紹介します。土曜詳報は暫定的な規格として開始したものでした、こう言いますのも自衛隊関連行事が予定通り実施されているならば、土曜詳報と日曜特集は、自衛隊関連行事の速報記事に対しての穴埋め的な意味合いが大きく、ある意味不定期記事なのですね。

 土曜詳報、流石にCOVID-19のような非常事態は想定しておらず、自衛隊行事が行われていない事でその掲載頻度が大きく変わってしまいました。要するに在日米軍や海外艦艇の写真にも限りがある。世界の艦艇、在日米軍、この特集の間隙にあたる速報を紹介しましたが詳報を紹介していませんある分野の写真で興味深いものを厳選して掲載する予定です。

 写真と行事紹介だけならば、次の十年もなんとかなる程度には備蓄があります。もっとも一回で包括して掲載した方が読まれる方には利便性も高いのかもしれませんが、季刊雑誌のようにカテゴリ毎でお楽しみいただければ、幸いです。さて過去の写真たち、せっかく先方も広報としてみせていただいていますので、そのご厚意は大切にしたいものです。

 連載記事は途中で中断したものが幾つかありまして、情勢変化や論点結論の転換を受けたもの、単に再度掲載の時機を逸した為に準備記事として待機しているもの、多忙理由に解説記事が中断したもの等があります。このあたりについても、時機を見つけ最終的には掲載するか、改めて示す事とする予定です。誤字脱字以外も問題は多く、一つ一つ臨みたい。

 十五周年を迎えますと、Weblogという個人メディアが今後どのように展開してゆくのか、多くのSNS個人メディアの中で長文を基本とするWeblogというものは位置づけが変容している事については感じているところです。しかし、短文で情感に資するよりも長文で論説した方が理解が早い分野もあると信じるもので、今後とも北大路機関をよろしくお願いいたします。

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SACEUR欧州連合軍総司令官へ揺らぐ意義,ドイツ駐留米軍9500名のアジア太平洋地域転進

2020-07-28 20:00:50 | 国際・政治
■太平洋にNATO相当の機構無し
 SACEURといえば冷戦時代は米軍将官の最高峰という地位であったのですけれども、昨今は宋でもないのでしょうか。

 欧州連合軍総司令官SACEUR、アメリカ陸軍の将官ポストとしては最高位のものである、これが当方の理解であるのですがNATO地域からの在欧米軍撤収の動きをみますと、欧州連合軍総司令官というポストは現在、アメリカ軍においてはそれほど魅力がないものとなっているのでしょうか。しかし冷戦時代においては文字通り、陸軍参謀総長に次ぐポストでした。

 NATO全軍を指揮する欧州連合軍総司令官、この地位は欧州各国がNATO創設に際して巨大なソ連の脅威を前にアメリカの強力な軍事力へ依存するべく、欧州連合軍総司令官はアメリカ将官が担う、としたものでした。NATO創設後は副司令官がNATO本部が当時パリにあったことからフランスが強く参画していましたが、のちにドイツ将官指定席となる。

 ドイツ、当時の西ドイツは欧州連合軍が戦火にさらされる際に主戦場となります、したがってこの国土戦を担当するからこそ西ドイツ将官の指定席に副司令官を充てた構図ですが、ドイツの保有する5000両近い戦車も、イギリスライン軍団も、オランダ機甲師団も、NATOの部隊はアメリカ将官が指揮するために同時に西ヨーロッパ全体の運命も担っていました。

 冷戦終結とともにドイツの戦車は東西合計7000両から230両まで劇的に削減され、イギリスライン軍団は廃止、オランダも戦車を全廃しいまは30両を再生している、という段階ではあるのですけれども、アメリカにとりNATOは文字通り第二次大戦で培われた血の盟約であるとともに欧州連合軍司令官は最高の名誉である、といえたはずなのですけれども。

 ドイツからの駐留米軍9500名の撤収、これをアメリカのトランプ大統領がドイツのメルケル首相との相談もなしに一方的に決定し通知に等しいかたちで突きつけたことは記憶に新しいものです。なるほどトランプ節か、と思いきや、アメリカ国務省はこの9500名をアジア太平洋地域へ転進させるとのことで、一種の西方シフト、とも理解できるものです。

 ドイツのメルケル首相は削りすぎた連邦軍の再構築を2016年に提示して以降、しかしなかなか進まない再編とともにトランプ大統領のドイツ駐留米軍の一方的削減措置をうけ、欧州独自の防衛協力機構、一時はNATOからEUにシフトするといわれた時代があったが参謀本部機能が曖昧で空中分解した、しかしドイツはその再構築への決意を表明しています。

 アジア太平洋地域への転進はアメリカ本土からみての西方シフトであり、これは海洋進出を強める中国、アメリカの広めた自由で開かれた海洋秩序への挑戦を正面から受ける構図といえるのかもしれません。実際、我が国の防衛政策も転換期を迎えるとはいわれつつ、基本は専守防衛、これは敵基地攻撃能力議論が高まったとしても根底では不変でしょう。

 脱欧入亜。アメリカの西方シフトは我が国としては心強いものではあるのですが、逆に考えさせられるのは欧州の脱亜入欧ならぬ脱欧入亜という流れは、アメリカにとり長期的に欧州軽視は悪い影響を及ぼさないのか、ということです。言い換えれば欧州連合軍総司令官という米軍将官ポストは、現在の米軍にとって、いまそれほど魅力はないのでしょうか。

 NATOをみますと、今なお強力です。軍事機構に復帰したフランスは多機能編成で動員人員各三万を超える二個機甲師団、ドイツ連邦軍も重装備の機甲師団を維持しています、イタリアも多機能編成の大型師団を有していますし、イギリスは重厚な機甲師団と軽快な歩兵師団を有しています。しかし、ドイツでは欧州独自の独自防衛力構築指針が示された。

 アメリカは今後も欧州連合軍総司令官のポストを維持するのでしょうか、もちろん、トランプ大統領の発言一つでNATO解体、ということはあり得ませんが、欧州におけるアメリカのポテンシャルは必然的に低下します。一方で、アメリカの同盟国で欧州以外の諸国は、総合的にみてどうなのでしょうか、NATOは規格の統合化という数字以上の強みがある。

 NATOと比較しますとアメリカは冷戦時代にANZACなど幾つかの地域防衛共同体枠組みを模索しましたが、実質的には二国間同盟の形式となっています、二国間同盟も重要ではあるのですが、NATOは装備規格を統一化することで兵站基盤まで共通化し、強靱な持続能力を有しています。しかし、ここに比肩するアメリカとの同盟枠組みは現在ありません。

 日本の視点からはアメリカのアジア太平洋地域でのポテンシャル強化の方針は、この地域の安定を考える限り非常に歓迎すべき視点なのかもしれませんが、その結果、アメリカが欧州連合軍総司令官のポストを将来的に放り出すようなこととなれば、アジア太平洋地域に欧州連合軍のような強靭な枠組みは簡単に用意できない事を認識すべきと思うのです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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島嶼防衛用高速滑空弾とは【3】INF中距離核戦力全廃条約枠組解消後の大陸脅威へ選択肢

2020-07-27 20:10:08 | 先端軍事テクノロジー
■島嶼防衛用から列島防衛用に
 島嶼防衛用高速滑空弾は可能性を秘めた装備と云えます、その可能性とは列島防衛用装備へ昇華し得る、ということ。

 島嶼防衛用高速滑空弾、射程は2013年に産経新聞報道において陸上自衛隊の南西諸島防衛用に検討している短距離弾道弾、という報道の際に射程が500km程度に抑えられている為にこの程度に収められるのではないか、とはこの特集の第一回に提示しました。しかし現在は2020年であり、実はこの500kmという射程についてはもう一考の余地もあるのです。

 島嶼防衛用高速滑空弾がF-15戦闘機に搭載できる水準の大きさで有れば、F-15戦闘機に搭載し高高度まで発射点を戦闘機が持ち上げ、そこから投射した場合、射程をかなり延伸できる可能性があるのです。島嶼防衛用高速滑空弾をF-15に搭載するという提案、かなり突飛に思えるかもしれませんが、実のところ先例があります、ロシアにおいて実現しました。

 アバンガルドミサイル、MiG-31から投射する空中発射弾道弾として射程を大幅に延伸する方式については、前回紹介しましたが、今後はINF中距離核戦力全廃条約枠組破綻後に、この種のミサイルが増大する可能性がある。自衛隊の能力として、ロシアや中国が中距離弾道弾を大量保有した場合にどれだけ抑止力となるかは疑問ですが、何もないよりは良い。

 INF中距離核戦力全廃条約、1987年に米ソ間で締結された核戦力運搬手段に関する規制条約です。そしてアメリカ政府はロシアがこのINF中距離核戦力全廃条約に違反しているとして、この効力の枠内にアメリカが囚われる事は無意味であると共に中国などが米ロが自縛している最中にINF中距離核戦力に当る装備体系を開発している、として離脱しました。

 550kmから4500km、このINF中距離核戦力全廃条約というものは550km以下の射程のものを短距離核戦力として、また4500km以遠の射程を有する陸上発射型の装備を戦略核兵器に区分しまして、550kmから4500kmまでの射程の陸上発射型巡航ミサイルや弾道弾等を廃止する、とした条約枠組がINF中距離核戦力全廃条約です。此処に注目をしたい。

 自衛隊が周辺国に脅威を与えないように、として500kmという射程を提示したのは、もっとも日本はINF中距離核戦力全廃条約締約国でありませんし、何より核戦力の大本となる核兵器については保有は勿論開発計画さえありません、しかし、ロシアに条約離脱の口実、アメリカの同盟国がこの種の兵器を開発している、そんな、口実を与えない目的はないか。

 3M14TEカリブル巡航ミサイル。これはロシアが2016年にシリア内戦介入に際してカスピ小艦隊のコルベット艦上からシリアへ発射したミサイルですが、当初このカリブルシリーズはINF中距離核戦力全廃条約への関係から射程が300km程度と目されていたものが2500km以上飛翔してシリア反政府勢力拠点まで到達、アメリカはじめ世界を驚かせました。

 さて。自衛隊の島嶼防衛用高速滑空弾は、このINF中距離核戦力全廃条約に兵器開発を制限されているアメリカとロシアへの影響度を考えた上で要求されたのであれば、射程は500km程度となるのかもしれません、しかし、この大本となった枠組が瓦解したのであれば、可能性として中国の東風17号型に対抗する1000km程度の射程も、あり得ましょう。

 AGM-158-JASSMとAGM-158C-LRASM。さて、上記の500kmという射程は現在の地対艦ミサイル射程が200km程度である事を考えれば専守防衛の観点から行きすぎではないのか、と思われるかもしれませんがAGM-158-JASSMが射程370km、AGM-158C-LRASMの射程は800km、この二つのミサイルをスタンドオフミサイルとして自衛隊は導入します。

 AGM-158-JASSMとAGM-158C-LRASM。これらはAGMと有る通り航空機から投射するものですので島嶼防衛用高速滑空弾と同一に比較する事は出来ませんが、500kmという射程のミサイル、そして1000kmという射程も、スタンドオフミサイルの導入が開始される新たな自衛隊の装備体系から見た場合は、長すぎる、といものでは必ずしもありません。

 INF中距離核戦力全廃条約の破綻、この条約破綻によりロシアは1987年以来となる東京を射程とする地上発射型弾道弾を再整備する機会を得ました。島嶼防衛用高速滑空弾は、こうした脅威に際し、勿論通常弾頭では何が出来るのかという本質的問題がありますが、改良型や空中発射型を開発の場合、一種の抑止力を構築する事が出来るのかもしれません。

 もっとも僅かな可能性としてINF中距離核戦力全廃条約が、11月のアメリカ大統領選挙後に再構築される可能性、アメリカでの政権交代の可能性を含め、在りますし、またトランプ大統領が求めるINF中距離核戦力全廃条約への中国参加による枠組再構築、という可能性もあります。しかし、成り立たない場合、迫られる事態へ選択肢を持つ事となるのです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【日曜特集】観艦式2009-守る!この海と未来-【16】P-3CのIRフレアー展示(2009.10.23)

2020-07-26 20:12:39 | 海上自衛隊 催事
■観艦式訓練展示大団円
 観艦式は訓練展示の大団円を飾るP-3C哨戒機、そのIRフレアー展示へと展開してゆきまして哨戒機が飛来します。

 こんごう、艦橋の背景にP-3C。こんごう、1993年竣工のイージス艦であり2020年の今日から見れば27年のお婆ちゃんと新しいイージス艦から揶揄されそうだが整備は行き届く。建造計画は昭和63年度計画ですので、昭和、平成、令和時代がんばっているイージス艦だ。

 IRフレアー展示を行うP-3C。赤外線誘導ミサイルなどに攻撃を受けた場合はこのIRフレアーを展開して猛烈な熱源にてミサイルの誘導装置を幻惑する。SH-60哨戒ヘリコプターにも搭載されていて、地方隊展示訓練などでもIRフレアーの放出展示は行われたりする。

 IRフレアー連続投下、このころ撮影に活用していましたのはEOS-50D、連写性能が凄いので愛用しているのですが、まじめに撮影しませんとIRフレアーの展示も一瞬なのですね、そこでピンボケや露出に十分配慮しつつ、連写でこれでもかというほど撮影しておきます。

 IRフレアーに照らし出されるP-3C、実弾射撃が行えないものの見栄えある展示、ということで。野島碕沖まで行けば実弾射撃を展示できるのですが、横須賀からこれをおこなうとかなり距離があるために観艦式とともに行う場合は出航開始0430時から、無理だ、という。

 IRフレアーの連続投下続く。韓国が十年に一度行う国際観艦式はチェジュ島の沖合、比較的船舶往来の少ない海域で行うために自由度が高い、とも。チェジュ島は韓国最大の海軍基地が2010年代に建設、此処を選んだのは危険な南北国境から遠いため、信頼されている。

 IRフレアーが太平洋上に延びる。海上自衛隊は保有鑑定や航空機の規模としては世界有数の規模を有しているのですが、その分お座敷も多く多くが稼働状態にあるため例えば放射能除去装置や洋上補給や掃海展示、観艦式数回に一回しか行えない寂しさもあるのですね。

 IRフレアーを投下し続けつつ飛去るP-3C。P-3Cの強みは各種対潜機材そのものよりも情報処理システムと情報共有能力を既に1970年代に構築し、デジタル化しつつ二〇二〇年代もアップデートが続いている、というところでしょうか。P-1哨戒機とともに第一線を担う。

 IRフレアー展示完了。この時点で後継機のP-1哨戒機は初号機が飛行試験中、量産と部隊配備は2011年を計画していました。後継機は必要か、2000年代には議論もあったようですが、2010年代から高まった中国の脅威、2020年代の現状見れば何を冗談、というものか。

 くらま、IRフレアー展示を完了したP-3C、薄い雲はIRフレアーの名残です。P-3Cは対潜用ですが、くらま、も対潜用、一部に観艦式が晴れ舞台という揶揄もありますが、艦載機をSH-60Kに載せ替えるだけで抜本的に能力が向上、日本型体系は大きな可能性を持つ。

 あすか、てんりゅう、ぶんご、単縦陣。さて、この航空部隊のIRフレアー展示をもって観艦式は艦隊陣形運動に移り、そして観艦式は終了、観艦式参加艦艇は一斉に基地や港、出発地へと戻ります。この2009年観艦式は二度目の観艦式、ようやく実施の流れ読めてきた。

 さわかぜ、艦影がよくわかる。たちかぜ型護衛艦の3番館で二番艦あさかぜ竣工は1979年、さわかぜ竣工は1983年です。このためにターターDシステムはかなり進化しているとのことでハープーンミサイルのMk13発射装置からの運用能力も付与、護衛艦隊旗艦でもある。

 あぶくま、水平線上の護衛艦ひゅうが。陣形を組み相模湾から横須賀と横浜、そして木更津へと戻ります。浦賀水道は世界有数の過密海域、タンカーに貨物船とRORO船にコンテナ船と内航船に漁船とヨットとフェリーにクルーズ船が行き交う、緊張の航行ともいう。

 はたかぜ、艦隊運動を終えて避航する。はたかぜ型は二番艦しまかぜ、この2隻の建造を以てターターシステム艦の整備が完了し、イージス艦へ整備が以降します、まさか最新鋭システムが供与されるとは海幕も確信が無く、最初は同型艦を4隻量産する計画だった。

 あしがら、水平線上に護衛艦ひゅうが。イージス艦とヘリコプター搭載護衛艦、それも最新鋭の全通飛行甲板型護衛艦です。はるな除籍の同日に護衛艦ひゅうが竣工。しかし北大路機関は、はるな、ひゅうが、二隻がそろった写真を撮影したことがあります、貴重です。

 あすか、てんりゅう、ぶんご、艦隊運動。観艦式の醍醐味の一つはこの艦隊運動、特に地方隊展示訓練では護衛艦を二隻と三隻とを圧縮航過で時運系を構成しているよう構図を執ることは難しいのですが観艦式となりますと参加艦艇が多く構図の自由が利くのですよね。

 くらま艦隊運動を終えて避航し水平線上に警戒艦しらゆき。しらゆき、はつゆき型護衛艦の2番艦です。はつゆき、しらゆき、みねゆき、さわゆき、はまゆき、いそゆき、はるゆき、やまゆき、まつゆき、せとゆき、あさゆき、本型は長く海上防衛に貢献しました。

 こんごう、あすか、二隻が併航する。鋭く尖った試験艦あすか、その艦首が印象的ですね。こんごう機関出力10万馬力で最高速力30ノット、あすか機関出力4万3000馬力で最高速力27ノット、こんごう勝ちなのですが、これ、別に競争しているのではありません。

 てんりゅう、あしがら、展示を終えて横須賀と横浜へ向かう。出航に順番があったように入港も順番がありまして、観艦式では多数の艦艇が限られた埠頭にメザシ係留するのですから入港時間を明確に守らねばなりません、この為に予定時間に沿って追い越し追い抜く。

 自衛艦旗、てんりゅう艦尾とイージス艦こんごう。自衛艦旗は基地艦艇広報などでもよく見かける構図ですが、洋上で、となりますとなかなかみられない貴重な情景となります。こんごう、10万馬力エンジンから吹き出す大量の排気を担う上部構造物形状がおもしろい。

 横須賀へ向かう、てんりゅう、あしがら、あぶくま、水平線上にうっすらとみえるのは護衛艦まきなみ。競争ではない、と明示しましたが、しかし知らない人から見ればこれは競争に見えるのかもしれません、このころ多くの見学者は疲れて毛布で寝ているところだ。

 てんりゅうチャカ3と輸送艦おおすみ水平線上。チャカは拳銃を示す暴力団の隠語、ではなく無人標的機、90分ほど亜音速で飛行でき、てんりゅう、は同時に十数個、一説にはもう少し多くの無人標的機を航空管制することができるという。多数の攻撃を再現できる。

 あしがら、水平線上に続航する護衛艦ひゅうが。最新鋭、最新鋭。こうした構図を撮影したかったところです。洋上防空の中枢イージス艦と将来的にはハリアーくらい搭載しそうな最新鋭も最新鋭の全通飛行甲板型護衛艦、まさに21世紀の海上自衛隊というところです。

 さわかぜ、撮影位置から右舷側で太平洋上に広がり奥に試験艦くりはま。くりはま、は警戒艦ですね、ソナーなどの対潜装備を試験する任務に就いていまして、海上自衛隊が新造した初めての専用の試験艦、それほど大きな艦ではありませんが希有な一隻でもあります。

 水平線上に浮かぶミサイル護衛艦はたかぜ。ターターDシステムを搭載する防空艦です。射程90kmのスタンダードSM-2運用能力も有していまして、しかし技術的限界から同時誘導は2目標までという。この点で目標をイージスシステムは同時に21目標に対処、強い。

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【土曜詳報】キャンプ富士日米友好祭二〇一六(4)M-777超軽量榴弾砲UFH(2016-05-07)

2020-07-25 20:10:41 | 在日米軍
■四〇km先狙う3.2tのUFH
 世界には凄いものがあると防衛装備品を視ていますと唸らされまして、防衛装備庁も先進軽量砲を開発していますがM-777は凄い。

 M-777超軽量榴弾砲二門に日章旗と星条旗、M-777は世界最先端の榴弾砲です。一般常識として155mm榴弾砲は重いものですが、イギリスのヴィッカースVSEL社は特殊合金などを多用して多用途ヘリコプターにて輸送できるまで軽量化することを構想しました。

 富士山とM-777と日章旗と星条旗、ウルトラライト野砲をしめすUFHとして1990年代に開発されまして、驚くなかれ重量は3.2t、諸々の装備をつけますと4.2tになりますが、米軍前型のM-198榴弾砲が7.2t、自衛隊FH-70榴弾砲が9.6tですので驚きの軽さといえる。

 M-777超軽量榴弾砲のAPU補助動力装置、自衛隊も主力として用いているM-107榴弾を基本的に用いるのですが、M-982誘導砲弾エクスカリバーを用いた場合の射程は40kmに達します、そのため目標緒原入力にはこのAPUが必要となります、M-982は7万ドルほど。

 M-777超軽量榴弾砲のAC方位盤、FBCB2データリンク端末連接させることで正確な方位角を迅速に算出できます。M-777は砲架が十字型という独特な形状を採用しているために迅速な陣地変換には限度がありますが、標定は迅速に行い陣地進入後の射撃は迅速だ。

 M-777の装填装置部分、昔の高射砲のような砲架は反動を抑えるためで軽量化のために最大射撃速度は毎分5発とFH-70よりも抑えられていますが実はこれ、19式装輪自走榴弾砲よりも自衛隊向きの装備と思うのです、運用次第で陣地変換も高速化できる、これが強み。

 M-777の砲座部分、実はヴィッカースを引き継ぐBAE社では砲座を直接トレーラ基部に載せるガンポーティー方式の簡易自走榴弾砲を提案、特殊な形状の砲座はそのまま牽引すると日本の道路運送車両法車両限界を超える全長となるが、載せれば長さの問題ありません。

 CH-47J輸送ヘリコプターと巨大な回転翼を正面から。川崎重工においてライセンス生産を行い、陸上自衛隊が55機、航空自衛隊が20機、実に75機も保有しています。大型輸送ヘリは非常に高価で20機以上保有する国は少なく、自衛隊に重要な"数の揃った装備"の一つ。

 M-16A4を携行し警戒に当たる海兵たち。有名なM-16A2小銃を光学照準装置や擲弾発射装置に二脚追加へ対応するレイルシステムへ強化設計したもの。陸軍では短縮型で運びやすいM-4A1カービンに交代した長大な小銃で、長距離で撃ち合う海兵ではM-16は現役だ。

 UH-60JA多用途ヘリコプターと陸軍のUH-60L汎用ヘリコプター、おもわぬところで日米ブラックホークのご対面となりました、自衛隊では哨戒ヘリコプターに救難ヘリコプターと多用途ヘリコプター、最近は海上自衛隊輸送ヘリコプターにも採用、200機以上量産した。

 UH-60L汎用ヘリコプター、陸軍の機体です。在日米陸軍航空大隊として神奈川県のキャンプ座間に置かれている航空機で、第1軍団前方司令部と国連軍後方司令部の置かれたキャンプ座間の司令部輸送用、第1軍団には2012年に再編された第7歩兵師団などが就く。

 LAV-Mを真正面より。在沖米軍では第31海兵遠征群MEUの軽装甲偵察中隊に配備されています、MEUは海兵大隊と砲兵中隊に軽装甲偵察中隊と戦車小隊及び戦闘工兵中隊これらをGCE地上戦闘部隊として包括、ACE航空戦闘部隊やLCE戦闘支援部隊と組んだもの。

 96式装輪装甲車とLAV-25、海兵軽装甲偵察中隊はLAV-25軽装甲車14両とLAV-AT自走対戦車ミサイル4両にLAV-M自走迫撃砲2両、LAV-L装甲兵站輸送車3両にLAV-R装甲回収車1両とLAV-C指揮通信車1、LAVシリーズの装甲車25両で構成される強力です。

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三菱重工小牧FACO-F-35西太平洋定期整備拠点稼働開始,在日在韓米軍機や友好国機を受入

2020-07-24 20:20:42 | 防衛・安全保障
■FACO,閉鎖一転!太平洋の要
 県営名古屋空港にて今後は世界のF-35戦闘機が並ぶこととなるかもしれません、航空祭や航空宇宙展やもちろん有事ではなく実用稼動として。

 三菱小牧FACOでのF-35国際IRAN業務が7月1日より本格的に稼働しました。これは航空自衛隊が運用するF-35A戦闘機とさらに導入が開始されるF-35Bとともに配備開始が見込まれる在日米軍と在韓米軍、さらに将来的には韓国空軍とオーストラリア空軍やシンガポール空軍にF-35A戦闘機が配備の際には定期整備を担う西太平洋地域唯一の施設となり得ます。

 定期整備により三菱重工としては経営を安定化させることができ、また自衛隊の航空機稼働率を高く維持することにつながるのですね。特に三菱重工はMRJ/MSJとして2000年代からの自衛隊戦闘機需要低下をうけ進出した小型旅客機事業が型式証明取得遅延に継ぐ遅延とコロナ禍航空機需要低下に喘いでいるため、IRAN需要はまさに天恵といえましょう。

 F-35戦闘機、航空自衛隊は老朽化の極致にあるF-4EJ改戦闘機の後継として当初は42機の導入を発表しましたが、初期型のF-15J戦闘機の後継として147機の導入を進めており、航空自衛隊にとって待望の第五世代戦闘機戦闘機となりました。ただ、F-35は従来の航空自衛隊戦闘機と異なり、ライセンス生産による国内でのF-35全体生産は行われていません。

 しかしです、国際共同開発であるF-35は多国間国際分業による国際共同生産の枠組みにより量産されており、極論で言うならば開発主導権を有していますアメリカでさえ完全な国内部品だけでの生産は実施していません。こうした上で航空自衛隊がF-35を導入する際に建設したのはFACO:最終組立施設の日本国内誘致で、名古屋空港に隣接し建設されました。

 FACO,最終組立施設であるとともに定期整備を担う施設を国内に建設するには数百億円、概ね600億円の施設整備費用を投じて建設されています。それでは自衛隊が導入するF-35の取得費用にこのFACO建設費が上乗せされてしまうのですが、一見無駄に見えるこの施策は、定期整備、この二年間に一度行う全体整備点検という視点で評価が変わります。

 パタクセントリバー。アメリカ本土の海軍飛行場です、本土ですので日本からみれば太平洋の対岸にあたるのですが、三菱FACOが建設されない場合には航空自衛隊のF-35は二年に一度はパタクセントリバーにて定期整備を行わねばなりません、もちろん世界中のF-35とともに整備するため、納期などは変動しますし、なによりアメリカは物理的距離が遠い。

 防衛省は、しかしこの三菱FACOを2018年頃までは閉鎖する長期展望を有していました、数百億の箱物を建設して数年で無意味となる箱物行政は防衛分野以外ではある意味日本型公共事業の定番ではありますが、それにしても限りある防衛費からはFACO閉鎖は道理を欠いた滅茶苦茶なものでした、これには近視眼的な防衛費節約への誤解があったのです。

 日本国内で最終組立を行うならば、どうしても一機当たりの取得費は数億円から十数億円上乗せされます、何故ならFACO建設費などが加わるためです。それならば輸入したほうが良い、というもので当初は第一次導入計画の42機を取得したのち、残る102機は直輸入へ切り替える計画でした、これにより一機数億ならば数百億円を浮かせられる計算だ。

 しかし、FACOは数十機を導入するために建設されたものではなく、続く導入機を見越して巨費を投じたものでした。実際、自衛隊が導入開始からまもなく40年が経つF-15後継にはF-35以外間に合う選択肢はなく、現実問題F-4EJ後継のF-X選定のようなF-15後継機選定も行われていないことからF-35導入は既定路線といえました。ここに無理な節約が。

 数百億円を節約するために数百億円を投じる、これも日本型行政の典型といえるところですが、節約数百億と追加数百億を比較しますと結果的に高くつくことはあります。そしてこれは稼働率の問題から現実となる可能性が高い。FACO閉鎖の場合はFACOに投じた費用と安価となる輸入の費用差額は若干後者が高くなる可能性はあります、が、稼働率では。

 戦闘機稼働率はNATOでは50%以上を基本としており、対してライセンス生産を基本とする日本では90%以上を基本としています、実際の稼働率はNATOはもう少し高く、日本は特に部品不足のF-4が稼働率を下げているとのことですが、100機の動くF-35を現場が必要としているとします、稼働率50%では200機必要ですが、90%ならば112機でよい。

 また、結果論ではありますが同盟国や友好国との関係強化に資することとなるでしょう。当面は年間30機程度のF-35定期整備を見込んでいる、韓国とオーストラリアにシンガポールのF-35導入はこれから本格化します、韓国は当初アメリカ本土での定期整備を期していましたが日本で実施するようです。ここが友好関係の架け橋となることを期待します。

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令和二年度七月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2020.07.25-07.26)

2020-07-23 20:01:35 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
 四連休が始まりましたが東京で新規感染者300名超、やはり自衛隊行事はありません。とにかくCOVID-19はまだ研究途上のものであり脅威度はここ。連休も慎重にゆきたい。

 自衛隊関連行事の再開を期待はしているのですが、現実問題として厳しい。クラスターを追えていない状況が現在ある訳で、このまま冬の第二波を迎えた場合はどうなるのか、悠長に社会的距離を保って全国津々浦々で駐屯地祭に航空祭と艦艇広報しても感染拡大は生じない、とは考えにくいものでして、むしろ来年度には再開できるのか、という懸念さえ。

 東京と新規感染者366名、実のところかなり深刻な数字と考えています。実際、四連休を前にGW五月連休の様な外出自粛を強く要請すべきであったのではないか、観光業を維持するGO-TO-キャンペーンよりもその予算で政府や自治体が観光施設を借り上げ、軽症者収容施設や学童疎開というものを真剣に検討した方が良かったのではないか、とも思います。

 コロナウィルスは夏に弱毒化するのではないか、これは春先に欧州での感染拡大とともにコロナウィルスであるCOVID-19にも同様の期待が在ったのですが、実際に見ますと冬に猛毒化する、全身の免疫過剰反応が同時発生するサイトカイン炎症まで達する状況は、ある意味、数的傾向という部分で当っていたのでは、とも思います。南半球を視ますと特に。

 感染拡大が爆発的増加状況となっていますのは、増加率では、ブラジル、南アフリカ、ペルー、メキシコ、イラン、サウジアラビア、コロンビア、バングラディシュ、アルゼンチン、イラク、ボリビア、ホンジュラスなど。アメリカは最大の死者を出していますが死者数増加率は横ばいです。メキシコとイランについては別の要素もあるのかもしれませんが。

 上記数字はロイター通信がロイターグラフィックス日本語版として毎日数回更新している、貴重なデータなのですが、南半球は現在冬を迎えています。この数値からは例外は勿論ありますが、夏を迎えている北半球では横ばいか低下傾向の事例があります。しかし、地球温暖化が叫ばれるとはいえ、北半球にはあと三カ月と一週間で冬が到来する事も事実です。

 このまま感染拡大を北半球で許すならば、重症者は医療崩壊に至る程は出ていないもののクラスター感染が断続的に続く状況を放置した場合、また、冬の季節に重篤化するのではないのか、もちろん、気温が関係している確証はなく冬を迎えている南半球と今年の冬における北半球の状況を統計的に類推するだけではあるのですが、重篤化の懸念はないのか。

 懸念は無い、という事も、懸念はある、とも言えてしまうのが、そもそもCOVID-19と人類が接触してからまだ半年と少し、という実情から難しさがあるのですが、ウィルスが変化して急に無毒となる、という楽観論は、ある種危険と思うのです。これが原発事故や核戦争だれば、人類は放射線と放射性物質について知識があるのですが、COVID-19は、と。

 情報が無いからこそ危険だ、とも。CIVID-19は感染完治から半年後も後遺症が残る事例は報告されている、が、一年後どうなるかはまだ不明である、脳疾患リスクがどう推移するのか、サイトカイン炎症で傷ついた肺機能が十年後恢復するのか、通常の肺炎でも重篤化のリスクが生じるのか。少なくとも抗体持続性が低い為、完治者が再度感染の危険はある。

 若者は多くは重篤化しないので経済を回すべき、そうなのでしょう、WHOも50歳以下の重篤化リスクは五月まで低いとしていた。原子力空母セオドアルーズベルトでも多数が感染して重篤患者も出ましたが若者が多かった点もあるのか不思議と死者は出ていません。しかし、我が国は50歳以下の労働力で回す事は出来るのでしょうか、此処が現実と思う。

 さて撮影の話題を。EOS-R5,CANONの新型ミラーレス一眼カメラです。ミラーレスに本気、という話題のカメラですが、驚かされたのはEOS-Rレンズとして800mm単焦点の超望遠レンズが比較的安価に発表されたところでしょうか。F.11と非常に暗いレンズとのことですが、白昼に航空祭を撮影するのであれば機動飛行を明瞭に撮影する新しいレンズとして定着するやも。

 800mm単焦点、テレコンバータ装着により1600mmレンズとして用いた場合にも良好なAF性能を発揮できるということで、フルサイズ一眼カメラをCANONは航空機撮影やモータースポーツへ従来のAPS-C一眼レフを置き換える新しい区分として送り込んだのかもしれません。実際、これはAPS-C機種が航空祭で威力を発揮した構図と似ている部分が。

 APS-Cはフルサイズ機種と比較しCMOSセンサーが小型ではあるのですが、これは画質や視野が抑えられる反面、結果論として望遠倍率が1.6倍に高まることを意味します、これは画質は落ちますが、望遠レンズで超望遠レンズ並の望遠を稼げた、ということ。EOS-R5はフルサイズですが、専用の超望遠レンズにより遠くを狙う似た効果をめざせるのですね。

 EOS-R5,おおむね40万円台で発売されるとのことでして、この価格帯はEOS-5Dmark4の発売当時の価格とほぼ同等です。EOS-5Dmark4は現在価格帯が落ち着き24万円にて店頭に置かれる事例もありますので、EOS-R5も価格動向をみてゆきたいところですが、フルサイズカメラのハイミドルクラスと同程度、との価格帯で落ち着くこととなるのでしょう。

 展示訓練や航空祭。どうしても慎重になるのは、現在のCOVID-19新型コロナウィルス禍下、ということです。いや、撮影に行って感染するという問題ではなく、航空祭や地方隊展示訓練などでどの程度威力を発揮するのか、EOS-R5が発売されてから大きな行事がありませんので、今一つ不明なのですね。電池は保つのかまたAF動作は確実に追随するのか。

 EOS-Rの発売からまもなく、浜松基地航空祭が実施された際、一日中EOS-Rで撮影しようとした方がバッテリー五個を携行しましたが、あっという間に使い切ってしまい、途中から予備の一眼レフにて撮影した、という事例がありますので、現場の運用結果、というものは大切にしたいものです。実際ミラーレスは一眼レフ以上に電気を喰うものではある。

 EOS-R5はデジタルシャッターにより毎秒20枚の連写が可能という、これならば持続枚数の書き込み速度が熱でどの程度影響を受けるかは未知数ですが、富士総合火力演習においても10式戦車や16式機動戦闘車の発砲焔をかなり高精度高頻度で収められるのでしょうけれども、問題は電池消費です。一眼レフは電源を切っていてもファインダーは使える。

 EOS-7Dmark2などは予備バッテリーを一つ持って行けば夜明け前の点検射から前段演習後段演習まで十分撮影できます、しかし、戦車や火砲や航空機を探して一眼レフというものは望遠鏡として用いられるのですね、観艦式や展示訓練では水平線上をゆだんなく艦影を探しますし航空祭でもサイレントタイムの航空機動向を油断なく見続けているのです。

 EOS-Rが発売された当時は、撮影可能枚数だけが強調され、ファインダー連続稼働時間は不明でした、中には撮影しない限りバッテリーは消耗しないといわれまして、バッテリーを装着しなくとも電子光学ファインダーが機能するような勘違いの販売員さんもいました。しかし、航空祭が実際に行われると、予備バッテリーは10個、と現場の声が出ました。

 航空祭や展示訓練で実際に撮影した人の声がなければ、なかなか実感はつかめないものです。撮影せず観察用ならばEOS-Rにマウントを装着して望遠鏡を搭載すればよいのではないか、という助言もありましたが、要するに航空祭や観艦式、撮影枚数は数百枚であっても稼働の方式が実験室で機械のように枚数を重ねるものとは違う、ということですね。

 EOS-5Dmark4、実はEOS-7Dmark2の後継がなかなか出ません故に、EOS-7Dの後継というわけではないが風景写真を筆頭に高精細な写真を撮影する際に、このフルサイズデジタル一眼レフを検討していまして、手元にはEF-Sレンズのほかにフルサイズ用のEFレンズで24-105mmISも揃っていたりします、するとR5か5Dか、と考えてしまうのです。

 EOS-R5もEOS-5Dも両方とも"5"を冠しているだけによけいに悩んでしまうのですが、既に多くの愛好家が戦車を護衛艦を戦闘機を撮影して実績あるEOS-5Dと、まだ未知数だが実績がないEOS-R5,1980年代に試験命中率は九割と高いが実戦経験のないハープーンと実戦で防空艦等四割精度でを撃沈したエクゾセ、各国海軍が迷ったのと似た印象といえますね。

■駐屯地祭・基地祭・航空祭

・今週末の行事なし

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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【京都幕間旅情】祇園祭,令和二年の世界的流行禍下での祭事縮小と平成時代の祭事を振り返る

2020-07-22 20:01:31 | 写真
■天然痘からCOVID-19へ
 今年はわかってはいるのですが残念、という事が非常に多いものでしてCOVID-19の流行禍はやはり世界史に残るもの。

 祇園祭、東山区は八坂神社の祭事です。新型コロナウィルスCOVID-19感染症の世界的流行禍により我が国も感染者数が二万名を越える中、本年は八坂神社と御霊会が祇園祭の最も慣習集まる山鉾巡行と宵山、そして神幸祭や還幸祭などが全て中止となった次第です。

 疾病祓いの伝統行事、祇園祭は疾病退散を期して執り行われました行事ですので、応仁の乱等で一時中断しましたが、今回も山鉾巡行などの監修が集まる大きな祭事は中止となりましたが、八坂神社と祇園會では今年は特にコロナ退散を念じて執り行われているという。

 懐かしい過去の祇園祭の写真を掲載しますが、実は山鉾巡行に代えまして京都では祇園會保存会が40名、山鉾巡行に代えて榊を建て、四条烏丸より市内を巡幸し、八坂神社からも神霊の依代となります榊を建てて、四条寺町の御旅所まで神幸の行列を、執り行いました。

 祇園御霊会、この祇園祭が始りましたのは1151年前、平安遷都がようやく落ち着きました時代でして、さて現代の祭事の活況を見ますと遷都基盤も安定し、いよいよ遊興の祭事を、と誤解されるところではあります、しかし、その始まった時代を見ますと真逆だと気付く。

 貞観年間。祇園祭が始りました1151年前の日本は貞観年間という、巨大災害が日本史上最も頻発した時代です。筆頭は“千年前の東日本大震災”として2011年の3.11以降注目される事となった貞観三陸地震です。その津波遡上高は明治三陸地震よりも高かったという。

 貞観富士噴火、これは小説“日本沈没”において“古富士噴火”として例示された富士山が地質学上引き起こした最大の噴火であり、溶岩流は一つの湖であった富士湖を富士五湖に切り裂き、日本の政治文書に初めて明記された火山災害でもありました。そして近くは。

 南海トラフ連動地震が貞観時代に発生していまして、富士山の最大規模の噴火、南海トラフ連動巨大地震、最大規模の三陸地震津波災害、いやこのひとつをとっても現代に再来するならば国家危機に繋がる災厄となりますが、これが短期間で集中したのが貞観時代です。

 天然痘流行。もうここまで続くのでしたらば国家崩壊も秒読みというところでしょうが、貞観年間は全国各地から災害の悲報と急報が届く最中、平安遷都間もない洛中は天然痘の流行に見舞われています。天然痘は現在のCOVID-19と異なり数百m先へ空気感染する。

 洛中での天然痘、平安遷都の時代には今の二条城が水源となっていまして、早い話が西洞院あたりの下っている地形等はまさに湿地帯となっていまして、しかも下町は今でいう“集近閉”や“三密”の状態、感染拡大の下地があり、これは豊臣秀吉の京都大改造まで続く。

 牛頭天王の神霊を祀り災厄を祓いたい、祇園祭は此処から始まりまして、先ず、御旅所に神霊を請い、この御旅所から創建待つ八坂神社までの神幸行列に町衆が幟を建てついてきてしまいまして、これこそが祇園祭が壮大行列の祭事として始まった減点だったという。

元祇園社、祇園祭始まりの地は阪急大宮駅近くに今も鎮座していまして。しかし疾病祓いの伝統行事、今見れば祇園祭はじめ祭事は不要不急の会合と三密に他ならないものではあるのですが、楽しげな祭事は疾病を祓う気力と胆力を培う意味もあったのかもしれません。

 COVID-19感染拡大防止、しかし、しかしですが、知識と理性では理解しつつ感性と意識では、やはり祇園祭を感じる事が出来ないのは寂しいものです。あの第二次世界大戦では終戦の年こそ戦局悪化で中止されて以降、あとは阪急延伸くらいしか、ないのですからね。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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