はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

これが、光速の寄せだ!

2008年10月04日 | しょうぎ
 かっこいい谷川将棋の話をしよう。

 19歳で羽生善治が初のタイトル「竜王」を獲得したのが1989年。(島朗竜王から4-3で奪取)
 翌90年、その挑戦者として谷川浩司が登場し、夢の谷川・羽生対決が実現した。谷川は28歳、羽生は20歳。
 谷川浩司の2連勝でむかえた第3局、谷川得意の「先手番角換り腰掛銀」を後手番羽生が受けて立った。谷川の攻めに、羽生の反撃__そして、上の図の局面に。

 当時のNHK衛星放送は、ほかに用意している番組が少なかったためか、将棋の中継にたっぷりと時間をとってくれていた。
 羽生△6六飛。(谷川の▲6七歩に対し、△6六歩▲同歩△同飛となったところ)

 この局面で、解説の小林健二(現九段)は、女流の林葉直子を聞き手として、こう言っていた。
 「ここは谷川さん、当然▲6七歩とします。それに対し羽生さんは、飛車を引くのは意味がないので、当然△5六飛と飛車を銀と指し違えて攻めるのでしょう。問題はその後です。羽生さんはどう攻めるのか…。」
 その解説に、僕は、なるほどなるほどと納得して聞いていた。(△6六飛に▲同金は、△同馬で先手負ける)

 ところが、谷川浩司はたっぷり時間を使って長考している。
 小林さんは、▲6七歩△5六飛▲同銀その後を考えているのでしょうと言っていたが、谷川浩司に長考があまりに長いので、解説することもなくなって、
 「▲6七歩以外の手はちょっと考えられませんね。あえて考えてみるとすれば▲5五銀ですが、これは、だめですね。▲5五銀には、△6八金、8八玉、7九角、9八玉、9七歩、同桂… こうなってしまいますから。」

 谷川は、まだ長考している。いったい何を考えているのか…。

 やがて谷川は動いた。いつもの、よわよわしい手つき(谷川さんは駒を叩きつけるような指し方はしない)で、▲5五銀。 えっ?
 ▲5五銀!!
 だれもが、おどろいた!! 僕も。小林健二、林葉直子も。

 小林「えっ!? ▲6七歩じゃない? ▲5五銀? ええとこれは…」
 林葉「でも…これは…、さっきの解説どうりに… なりますよね?」
 小林「ええ。ええ、なります。変化の余地はないです。羽生さんが△6八金とすれば必然です…。
 林葉「谷川さんは、では、どうして…」
 小林「なぜでしょう? … 」

 羽生は、しばらく考えて、小林の解説のとおりに、△6八金と指した。そして局面は解説どおりに進む…
 △6八金、▲8八玉、△7九角、▲9八玉、△9七歩、▲同桂…
 その途中で、小林さんは「あっ、そうか、こうやって受けようというのか!」と言って、▲8九銀という手を示した。その通りだった。△9七歩、▲同桂、△5五銀に、▲8九銀と谷川は受けた。

 だが、しかし、谷川の玉はあぶなっかしい。こんなキケンな局面にもっていく必要があったのか? あの時、▲6七歩とすれば、こんなキケンな状態は避けられたはずなのに…。
 観ていた僕はそう思った。いったいどうなるのか。谷川浩司はなにを考えてこう指したのか。
 僕は、羽生と谷川の次の指し手を見まもった。どきどきした。 どんな結末が待っているのか。

 羽生△6七飛成。(金と交換するねらい)
 谷川▲同金。
 羽生△同金。
 谷川▲6一飛。

 谷川浩司の▲6一飛が盤上に打ち下ろされた。
 「そうか!」 TV解説の小林さんは、それですべて理解したようだった。
 ▲6一飛。
 これで、すでにこの将棋は、谷川浩司の一手勝ちなのだった。
 そして羽生には、もう逃れる手段はないのだった。

 羽生△8八銀。この手は先手玉の「詰めろ」になっている。これは解きようがない。
 だが___。

 谷川▲3一飛成。 ズバッと飛車をきった。
 以下△同玉。▲5三角、△2二玉、▲3四桂まで、先手勝ち。

 後手羽生善治の玉は「詰み」なのだった。4九の香がしっかり働いている。
 あの△6六飛の局面(上図)で、谷川はここまですべて読みきっていたのだった。 (あの局面で、受けを手抜きして「攻め」を考えているなんて!) いや、もっと前…▲9四竜としたときから、この寄せを描いていたのかもしれない。
 


 この期の竜王戦は、4-1のスコアで、谷川浩司が羽生善治を破って、「竜王位」に就いた。 谷川の「光速の寄せ」が、あざやかに炸裂したシリーズだった。 
 最終局後のインタビューで羽生はいった。「全局を通じて、終盤で読み負けていました」と。


   投了図(▲3四桂まで)

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5 コメント

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Unknown (Unknown)
2009-01-25 13:38:58
凄いの一言ですよね。
長考しても詰み筋じゃなかったら、と思うと凄いリスクなのに。
投了図以下でも20手以上?かなり長い詰みなのに、それをあの時点で読めるのは、感動するしかありませんね。
返信する
Unknown (han)
2009-01-31 19:23:36
コメントありがとうございます。

40代の谷川浩司はどうなるんでしょうかねえ。
中原16世名人は40代で名人になったし、加藤さんも。坂田三吉も40代でさらに強くなりました。
大概の人は弱くなりますが、さあ、羽生世代はどうでしょうか。
返信する
Unknown (Unknown)
2011-05-08 02:49:52
この後玉が1二とか1三に逃げたらどうなるのですか??
返信する
検討してみました (handoroya)
2011-05-08 21:44:48
解説に「詰む」とあるのだからもちろん詰むんでしょうけど、ご質問を受けまして、よい機会ですので将棋盤に並べて素人なりに検討確認してみました。

(1)△13玉に対して
▲25桂△12玉(△24玉は▲35角成)▲22金△同金▲同桂成△同玉▲92竜とします。後手は合駒しますが、持駒は「飛金金桂」。どれを合駒しても▲同竜ととって詰みます。たとえば△32桂合ならば▲同竜△同玉▲42角成△22玉▲34桂△12玉▲22金まで。

(2)△12玉にたいして
▲22金に、△13玉は▲25桂△24玉▲35角成まで。なので▲22金△同金▲同桂成となりますが、(イ)同玉は、▲34桂以下詰みです。(ロ)△13玉とここで逃げて▲25桂に△22玉と桂馬を使わせてから成桂をとる手がありますが、ここで▲92竜とすれば、あらふしぎ、(1)の変化と同じ図になっています。後手なにを合駒しても▲同竜以下。


以上がご質問にたいする僕の答えですが、「投了図」以下の詰みは盤に並べるとそう難しくない詰みです。


ところで、僕がこの将棋を並べたとき、この「投了図」の少し前、▲53角に(羽生さんは△22玉と指しましたが)そこで後手が合駒した場合はどうなるんだろうと思いました。それでその変化についても今回考えてみました。以下その検討結果を書いてみます。
▲53角に、
(1)△42金打には、▲91竜とします。
対して(イ)△22玉は、▲34桂△12玉▲22金△同金▲同桂成△13玉▲25桂△22玉▲31竜△同玉▲42角成以下。(ロ)△41飛合(これしか持駒がない)ならば、同竜ととって、△41同玉に▲61飛△51飛▲同飛成△同玉▲62金△41玉▲51飛まで。
(2)△42飛合には?
これは▲同香成△同金▲同角成と清算して詰み。(他にも手があるかも)
以下△42同玉▲34桂。ここで「飛金金桂」と持っているのでどう玉が逃げても詰みます。例えば△51玉には▲52金△同玉▲32飛のようにして。

どうも後手の合駒がわるいようです。すると、「もし羽生さん側の持駒に“一歩”があれば“42歩合”で詰まなかったのではないか?」と思われます。(ここは未確認)
谷川さん決断の▲55銀のときには羽生さんは“一歩”をもっていたのですが、それを攻め(97歩)に使っています。
谷川さんはそれを読み切っていたわけですね。


もしまちがいがあればご指摘ください。
返信する
!!! (Unknown)
2011-05-12 04:11:31
丁寧にありがとうございました!!!
返信する

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