≪最終一番勝負 第53譜 指始図≫ 7八歩まで
指し手 △7六歩
[モンデンキント! 今ゆきます!]
涙が頬(ほお)を流れたのにバスチアンは気がつかなかった。なかば気を失ったようになって、かれは不意に叫んだ。
[月の子(モンデンキント)! 今ゆきます!]
その瞬間、多くのことが一度に起こった。
大きな卵の殻(から)が遠雷(えんらい)のようなにぶい響きをたてながら、ものすごい力で砕けちった。ついでにかなたに巻き起こった突風が近づいたかと思うと、
バスチアンが膝にのせていた本のページから吹きだし、ばたばたとはげしくページをあおった。風はバスチアンの髪や顔に吹きつけ、息のできないほどになった。七枝燭台(しちえだしょくだい)のろうそくの炎がおどり、水平にのびた。と、第二の、さらに強力な突風が本の中へと吹き込み、光が消えた。
塔の時計が十二時を打った。
(『はてしない物語(Die unendliche Geschichte)』ミヒャエル・エンデ著 佐藤真理子訳)
「女王」に、「モンデンキント(月の子)」という新しい名前をつけて、バスチアンは「ファンタージエン(想像力の国)」に飛び込んだ。
そして――――
「ぼく、あなたをもう一度見たいな、月の子(モンデンキント)。あなたがぼくを見つめた、あのときのこと、覚えていますか?」
するとまたあのかすかな、うたうような声で笑うのが聞こえた。
「どうして笑うんですか?」
「うれしいから」
「何がうれしいの?」
これは、ほとんど恋愛の始まりの会話である。
<第53譜 千日手の軌道に入る>
≪最終一番勝負 第53譜 指始図≫ 7八歩まで
我々終盤探検隊が先手番を、そして≪亜空間の主(ぬし)≫が後手番をもって闘う「亜空間最終一番勝負」は、この≪指始図≫の ▲7八歩 まで進んでいる。
実戦の進行は、以下 △7六歩 だが、7八同と や 7六と ではどうなっていたか。
今回の調査報告では、まずそのことを調べていきたい。
7八同と図
7八同と(図)の場合。
≪指始図≫から「7八歩、同と」を利かせたことで、先手玉には簡単に詰めろが掛からない形になった。そして金や飛を後手に渡しても詰まない形である。
ただし、依然として角を渡すと後手7九角がある。だから、この図で3三歩成、同銀、5二角成はうまくいかない。
しかし、3三歩成、同銀、3八香は、先手に勝ち筋があるかもしれない。
もっと勝ちやすい手は 7八同と(図)に、「2六飛」と打つ手である。
変化7八と同図01(2六飛図)
「2六飛」(図)と打って、すでに先手優勢である(最新ソフトの評価値は+1000くらい)
以下、その具体的手順の確認をしていく。
2六飛は、次に2五香と打つのがねらいだが、後手はこれをどう受けるか。
この場面で、後手の攻めの手は7六歩や9五歩になるが、それは2五香ではっきり先手優勢になる。
(1)9五歩で、それをまず確かめておこう。
変化7八と同図02
(1)9五歩に、2五香(図)と打つ。
2五香は“詰めろ”なので後手は受けなければいけない。
9六歩、同玉、3一桂、2三香成、同桂、2四金と攻めて行く(3一桂に代えて2四桂には同香、同歩、1五桂で先手勝勢)
変化7八と同図03
これで、先手勝ち。
「2六飛」と打つ前に、「7八歩、同と」を利かせた効果がはっきり現れた局面である。それがなかったら、後手9五香で先手玉は詰まされていた。これが「7八歩の効果」の一つ。
変化7八と同図04
「2六飛」に、(2)6二金(図)。
これは2筋を先手が狙ってきた攻めを受け流そうとする手で、“2五香”、1一桂(代えて3一玉は5二金で先手良し)、2三香成、同桂、2四金、3一玉と進めば、後手良しになる。
いまの手順で、途中、“2五香”、1一桂に、3三歩成なら先手良しになる順があるが、それよりもわかりやすい先手の勝ち方がある。
ここは、(2)6二金に、“3三香” がわかりやすい攻めになる(次の図)
変化7八と同図05
“3三香”(図)と打って、先手勝勢。
同桂なら、2一金がある。以下同玉、2三飛成、1一玉、3二角成で先手勝ち。
3三同銀、同歩成、同玉は、5一竜で、先手勝勢である。
また、3三香に3一銀は、5一竜が“詰めろ”で、受けもないので、先手勝ち。
変化7八と同図06
「2六飛」に、(3)3一桂(図)
これには素直に2五香で良い。
そのままなら、2三香成、同桂、2四金で後手“受けなし”になるので、後手は6二金とする。
6二金に対して、2三香成、同桂、2四金では、今度は3一玉で角を取られてしまうので、先手が悪い。
6二金には、3三歩成とする手がある(次の図)
変化7八と同図07
3三歩成(図)を後手は何で取るか。
同桂は2三香成、同桂、2一金、同玉、2三飛成、1一玉、3二角成で、先手勝ち。
同歩は2三香成以下後手玉“詰み”
同玉には、4五金と打つ。これは3六飛以下の寄せを狙っている。以下2二玉には、3四金と出て、後手玉に受けがない。
なので後手は3三同銀と、銀で取る。
これには、5一竜がある(次の図)
変化7八と同図08
5一竜(図)に、さて、後手に受けがあるか。
ほうっておくと、3二角成、同玉、2三香成、同桂、3一金以下の“詰み”
1四歩なら、2三香成、同桂、3一金が鋭い寄せである。以下3一同玉に、2三飛成で、後手“受けなし”
3四銀には、5四歩がある。同銀なら、4二竜である。
そして、4二銀右には、3四金が決め手である(次の図)
変化7八と同図09
3四金(図)は2三金以下の“詰めろ”である。
3四金を、同銀なら、4二竜で、先手勝ち(7七にいた「と金」を7八に動かしているので、金を捨てる攻めが有効となっている)
図からは、5一銀、2三香不成、同桂、同飛成、1一玉、3三金で、先手勝ち(7七飛には8七桂と受けて問題ない)
変化7八と同図10
(4)1一桂(図)の場合。
(3)3一桂の場合との違いは、「3一」に空間があること。
同じように、2五香と打つ。以下、6二金、3三歩成、同玉と取ったときに“違い”が出る(次の図)
変化7八と同図11
(3)3一桂のときには3三同玉には4五金と打ったが、この場合4五金、2二玉、3四金とすると、そこで3一玉があって、“逆転”を喰らってしまう。
だからここは4五金ではなく、3六飛とする。以下、4四玉に、3七桂(次の図)
変化7八と同図12
4五金の一手詰なので、後手はこれを受けなければいけない。
5四銀には、3五金、5三玉、4五桂、同銀、同金で、先手勝勢。
また、3三桂には、8四馬、同銀と金を取り、以下、4五金、同桂、3五金、5四玉、4五金、6五玉、5五金、同玉、6六銀、4四玉、4五歩、5四玉、4六桂まで、後手玉“詰み”
この図では5六銀が一番粘りのある受けになる。
この手には、4六金とし、以下5四銀、3二飛成、3三桂、4二竜と進む(次の図)
変化7八と同図13
5五銀、3二角成、4六銀、4三竜、5五玉、8四馬(次の図)
変化7八と同図14
先手勝勢になった。8四同歩に、3三馬以下、後手玉“詰み”
変化7八と同図15
(4)1一桂、2五香に、3一銀という受けもある。
しかしこれは、最初のイメージ通り、2三香成、同桂、2四金と攻めていけばよい。
以下、2五歩、同飛、1一玉、2三金、2二歩、3二角成(次の図)
変化7八と同図16
3一銀と受けたのは1一に逃げ込むのが後手の狙いだったが、結果的には、先手の攻めのほうが強力だった。
図以下、2三歩、3一馬、2二金、3三歩成、同桂、3四桂(次の図)
変化7八と同図17
先手勝ち。
この攻めも、やはり「7八歩、同と」を利かせた効果で、金を渡しても先手玉は詰まないので、攻めを継続できたというわけである。
変化7八と同図18
(5)2四桂(図)の受けにはどうするか。
この手にも、2五香で良い。
このままなら、2四香、同歩、1五桂、2三香、同桂成、同玉、3五金で、後手“受けなし”になる。
だから後手は、4四銀上と受ける。今の変化の先手3五金の手がなくなった。1五歩のような甘い手を指していると、後手3五銀でやられてしまう。
4四銀上にも、2四香といく。以下、2四同歩、1五桂、2三香までは同じだが、そこで、2四飛があった!
2四同香に、2三金、1一玉を決め、そこで8四馬とするのである(次の図)
変化7八と同図19
これで、先手勝ち。
2二歩には、3二角成があるので、後手玉に受けはない。6七飛の王手には9八玉でよい。以下8八と、同玉、7六桂には、7八玉、6八飛成、8七玉で、先手玉に詰みはない。
変化7八と同図20
(6)1四桂(図)には、2五飛でも先手良しだが、ここでは3六飛を紹介する。
3六飛は、後手は9五歩や7六歩の攻めの手を指せば、3三香と打ちこんで、先手の勝ちがほぼ決まる。以下3三同桂、同歩成、同銀、5二角成、9六歩、8七玉で、先手勝勢である。この3三香の狙いがあるので、3六飛と指したのだ。
よって後手は4四銀引と「3三」を受ける。
対して先手は1五歩。先ほどの後手1四桂を“悪手”にしてやろうという手。
しかしそこで後手6一歩という受けがある。これを同竜なら、6二金で、形勢は逆転して後手良しになる。
なので先手は1四歩が正しい。以下6二金、3三香(次の図)
変化7八と同図21
3三同桂、同歩成、同銀引に、2五桂と打つ。
そこで3四香なら、4六飛で先手十分。そのままだと後手玉は1三歩成、3一玉、3三桂不成、同銀、4三飛成で“寄り”。だから後手1四歩とするが、3三桂成、同玉、2五桂、2四玉、3二角成で、先手勝勢である。
後手が6二金としたこの形で先手が気をつけるべきは、後手玉に3一~4一~5二の逃走をさせないことである。
2五桂と打って、ここで後手が3一玉なら、3三桂不成、同銀、同飛成、4一玉、4三竜で、後手玉を捕まえることができる(角につなぐ桂の“不成”が大切なところである)
2五桂に、1四歩、4五桂で次の図となる。
変化7八同と図22
4四銀右なら、3三桂左成、同銀引、同桂成、同銀に、4二銀と打って、後手玉“寄り”
また、やはり3一玉には、3三桂右不成がある(成だと後手良しになる)
3四香と受けて、どうなるか。
これには、3三桂左成、同銀に、2一銀が“、決め手”である(次の図)
変化7八同と図23
これで先手勝ち。
2一同玉に、3三桂成で、後手“受けなし”。
そして、銀を渡しても、先手玉は詰まない。8八銀、9八玉、9九銀成があるが(同玉と取ると9七香、9八桂、8七桂で詰む)、9七玉(次の図)
変化7八同と図24
これで、(6)1四桂も先手良しが証明された。
つまり――――
7八歩図(再掲)
7八同と(図)は2六飛で先手良し。
7六と図
次は、7六と(図)。
この手には、3三歩成、同銀、5二角成で、先手良しになる。この先手玉は角を後手に持たれても詰まない形だから(次の図)
変化7六と図01
以下、7五桂、9八金、5二歩、3一飛が予想されるが、先手優勢である。
≪指始図≫(7八歩図)
以上の通り、7八同と や 7六と では後手が勝てない道となる。
ということで、▲7八歩 に対しては、△7六歩 しかなさそうである。
≪最終一番勝負 第53譜 指了図≫ 7六歩まで
実戦は、そう進んだ。
後手の≪ぬし≫は、△7六歩 と応じてきた。上で述べてきたような事情で、この手が後手の最善手になる。
しかし、するとこれは、「千日手コース」ということになるかもしれない。
ここから、7七歩、同歩成と進めば、結果的に、2手前の図に戻ることになる。
7七同歩成図
すなわち、この「7七同成図」である。
ここから「7八歩、7六歩、7七歩、同歩成」をあと2回繰り返せば、この図が「4回目」となり、「千日手」が成立する。
7七と図(7七歩同成図)
【1】3三歩成 → 後手良し
【2】3三香 → 後手良し
【3】8九香 → 先手良し
この図については、前回の調査研究で、このことが判っている。
つまり、【3】8九香なら先手に勝ちがあるということだ。
しかし、それを実戦中に、終盤探検隊は発見できるのであろうか。
いや、それとも他にこの図から、「先手勝ち筋」が存在するのであろうか。
ここから他の候補手――【4】2五香 と、【5】5四歩――について、考えていこう。
2五香図
「【4】2五香(図)と打って勝てないか」―――というのが、この「最終一番勝負」の実戦中の我々(終盤探検隊)の思いだった。
しかし、この【4】2五香 で勝つのは難しい。「勝ち筋」はあるかもしれないが、“戦後”、時間をかけて頑張って研究してもそれを特定できなかった。いまも、できていない。
それを実戦中に見つけることは、さらに困難なことだったのである。
具体的には、ここで後手7五桂と指し、それには9八金と受けることになるが―――(次の図)
変化2五香図01
こうなってみると、この図は、「9七玉図」の“2手前”の「6七と図」で2五香とした場合の“研究済み”の変化に、完全に合流している(→第34譜)
ここで後手は、(先手の2六飛に備えて)6二金とする。これは次に3一玉の狙いがあり、それが実現すると後手に角の入手が確実となり、7九角と打たれる筋があって、先手が悪い。
なので、6二金に対しては、2三香成と行くのが必然なのだ。以下、同玉に、2五飛、2四歩、5五飛と進む。
そこで後手は6九金(次の図)
変化2五香図02
先手の手番だが、ここからの指し方が難しい。
そして、はっきり先手が良くなる道が、まだ発見されていない。
というわけで、2五香は「互角」という結論で、それ以上の探索を止めている。
だが、実戦中は、そういうこともわかっていないので、「2五香で勝てないか」とずっとこの道に希望を持っていたのであった。
5四歩図
ここでの【5】5四歩 は有望な手ではあるが、ここで5四歩を指すなら、この“2手前”に5四歩と指す方が勝ちやすかった。
参考5四歩図
この「参考5四歩図」が“2手前の5四歩”である。
この図に較べると、先手が9七玉、後手が7七ととした上の「5四歩図」の先手玉は、狭い。そしてその形は角を渡すと先手玉がすぐ詰めろになる形である。その分だけ、先手はより“難しい戦い”を強いられるわけである。
(この図の結論は先手良し。しかし実戦中は変化が多すぎるという理由で、この手の先は早めに読みを打ち切った)
そういうわけなので、ここでの 【5】5四歩 の手は、実戦中、我々は眼中になかった。まったく調べていない。
(「参考5四歩図」でさえ調べることをあきらめたのだから、さらに複雑になるこの道を好んで選ぶ理由がないのである)
しかし、研究として、「真実はどうなのか」、それに興味はある。
最新ソフトが使えるいま、これを調べてみよう。
5四歩図(再掲)
ここで後手の手番。4つの指し手がある。〈a〉5四同銀と取る手。〈b〉4四銀または〈c〉6二銀左とする手。それから、〈d〉7五桂。
〈d〉7五桂は、「参考5四歩図」から後手7五桂とした変化と合流する。調査済みの変化である。
まずその結果を再確認しておこう。
7五桂、9八金、7六桂、8九香と進む(次の図)
変化5四歩図01(8九香図)
こうなって、「参考5四歩図」からの7五桂の変化に合流している。これは、攻略するのにかなり苦労した図であった。
先手が8九香(図)と受けたところ。ここで、後手は5四銀を取るか、あるいは4四、6二、6四へ銀を動かすかの「4択」になる。
“戦後研究”では、6二銀左(この変化が一番たいへんだった)に対しては―――(次の図)
変化5四歩図02
6三歩(図)で先手良し、という結論を出している。
6三同銀なら、3三歩成、同銀、5三歩成で先手良し、6三同金なら、3三歩成、同銀、4七飛と打って、先手良しというのが、第37譜での研究調査であった。
変化5四歩図03
そして「8九香図(変化5四歩図01)」から、6四銀左上 とした場合には、7一飛(図)で、先手が勝てる。
4四銀 や 5四銀 に対しても、同じく7一飛が有効手になる。
5四歩図(再掲)
もう一度この図に戻って、〈d〉7五桂以外の手を考えよう。
すなわち、〈a〉5四同銀、〈b〉4四銀、〈c〉6二銀左の変化である。
これがいずれもまだ未調査の変化で、最新ソフトの評価も互角の範囲なので、調べてみないと形勢ははっきりしない。
変化5四歩図04
〈a〉5四同銀は、3七飛(図)で先手良し。
次に3三香が効果的な攻めになる。それを4四銀と受ければ、7七飛とと金を払い、以下7六歩には3七飛と戻って、先手が優勢である。
変化5四歩図05
〈b〉4四銀上(図)には、7八歩と打つのが良い。以下7六歩に、8九香(次の図)
変化5四歩図06
どうやらこれで先手が良いようだ。
以下、7五桂に、7一飛と打つ。これは先手5二角成があるので、以下6二銀右、6一飛成、6三銀と応じて、その筋を防御する。
そこで先手は8五歩。同金に、9八金とする(次に8五香と金を取る狙い)
以下8四歩に、9四馬(次の図)
変化5四歩図07
先手は、上部開拓しての“入玉”を狙っている。ここでは後手6六銀くらいしか手がないが、先手は8六歩と打って、以下8七桂成、同香、7五金に、9五歩で、“入玉”をめざす。以下7八とに、9六玉――
先手優勢だろう(最新ソフトの評価値は+700くらい)
変化5四歩図08
〈c〉6二銀左(図)。 これが、残された“問題”となった。
しかし、ここからの「先手勝ち筋」が見つかっていない。
ということで、いまのところ、【5】5四歩 についての調査結果は、「形勢不明」である。
以上の調査結果を加えて、「7七と図(7七歩成図)」の結果をまとめると、次の通りになる。
7七と図(7七歩成図)
【1】3三歩成 → 後手良し
【2】3三香 → 後手良し
【3】8九香 → 先手良し
【4】2五香 → 互角(形勢不明)
【5】5四歩 → 互角(形勢不明)
この図での、この5つの手を“戦後調査”したが、「先手勝ち筋」は、まだ、【3】8九香以外には確認されていないことになる。
≪最終一番勝負 第53譜 指了図≫ 7六歩まで
「最終一番勝負」は、「千日手コース」の軌道に入った。
終盤探検隊は、はたして、「勝ち」に辿り着けたのであろうか。
第54譜につづく
指し手 △7六歩
[モンデンキント! 今ゆきます!]
涙が頬(ほお)を流れたのにバスチアンは気がつかなかった。なかば気を失ったようになって、かれは不意に叫んだ。
[月の子(モンデンキント)! 今ゆきます!]
その瞬間、多くのことが一度に起こった。
大きな卵の殻(から)が遠雷(えんらい)のようなにぶい響きをたてながら、ものすごい力で砕けちった。ついでにかなたに巻き起こった突風が近づいたかと思うと、
バスチアンが膝にのせていた本のページから吹きだし、ばたばたとはげしくページをあおった。風はバスチアンの髪や顔に吹きつけ、息のできないほどになった。七枝燭台(しちえだしょくだい)のろうそくの炎がおどり、水平にのびた。と、第二の、さらに強力な突風が本の中へと吹き込み、光が消えた。
塔の時計が十二時を打った。
(『はてしない物語(Die unendliche Geschichte)』ミヒャエル・エンデ著 佐藤真理子訳)
「女王」に、「モンデンキント(月の子)」という新しい名前をつけて、バスチアンは「ファンタージエン(想像力の国)」に飛び込んだ。
そして――――
「ぼく、あなたをもう一度見たいな、月の子(モンデンキント)。あなたがぼくを見つめた、あのときのこと、覚えていますか?」
するとまたあのかすかな、うたうような声で笑うのが聞こえた。
「どうして笑うんですか?」
「うれしいから」
「何がうれしいの?」
これは、ほとんど恋愛の始まりの会話である。
<第53譜 千日手の軌道に入る>
≪最終一番勝負 第53譜 指始図≫ 7八歩まで
我々終盤探検隊が先手番を、そして≪亜空間の主(ぬし)≫が後手番をもって闘う「亜空間最終一番勝負」は、この≪指始図≫の ▲7八歩 まで進んでいる。
実戦の進行は、以下 △7六歩 だが、7八同と や 7六と ではどうなっていたか。
今回の調査報告では、まずそのことを調べていきたい。
7八同と図
7八同と(図)の場合。
≪指始図≫から「7八歩、同と」を利かせたことで、先手玉には簡単に詰めろが掛からない形になった。そして金や飛を後手に渡しても詰まない形である。
ただし、依然として角を渡すと後手7九角がある。だから、この図で3三歩成、同銀、5二角成はうまくいかない。
しかし、3三歩成、同銀、3八香は、先手に勝ち筋があるかもしれない。
もっと勝ちやすい手は 7八同と(図)に、「2六飛」と打つ手である。
変化7八と同図01(2六飛図)
「2六飛」(図)と打って、すでに先手優勢である(最新ソフトの評価値は+1000くらい)
以下、その具体的手順の確認をしていく。
2六飛は、次に2五香と打つのがねらいだが、後手はこれをどう受けるか。
この場面で、後手の攻めの手は7六歩や9五歩になるが、それは2五香ではっきり先手優勢になる。
(1)9五歩で、それをまず確かめておこう。
変化7八と同図02
(1)9五歩に、2五香(図)と打つ。
2五香は“詰めろ”なので後手は受けなければいけない。
9六歩、同玉、3一桂、2三香成、同桂、2四金と攻めて行く(3一桂に代えて2四桂には同香、同歩、1五桂で先手勝勢)
変化7八と同図03
これで、先手勝ち。
「2六飛」と打つ前に、「7八歩、同と」を利かせた効果がはっきり現れた局面である。それがなかったら、後手9五香で先手玉は詰まされていた。これが「7八歩の効果」の一つ。
変化7八と同図04
「2六飛」に、(2)6二金(図)。
これは2筋を先手が狙ってきた攻めを受け流そうとする手で、“2五香”、1一桂(代えて3一玉は5二金で先手良し)、2三香成、同桂、2四金、3一玉と進めば、後手良しになる。
いまの手順で、途中、“2五香”、1一桂に、3三歩成なら先手良しになる順があるが、それよりもわかりやすい先手の勝ち方がある。
ここは、(2)6二金に、“3三香” がわかりやすい攻めになる(次の図)
変化7八と同図05
“3三香”(図)と打って、先手勝勢。
同桂なら、2一金がある。以下同玉、2三飛成、1一玉、3二角成で先手勝ち。
3三同銀、同歩成、同玉は、5一竜で、先手勝勢である。
また、3三香に3一銀は、5一竜が“詰めろ”で、受けもないので、先手勝ち。
変化7八と同図06
「2六飛」に、(3)3一桂(図)
これには素直に2五香で良い。
そのままなら、2三香成、同桂、2四金で後手“受けなし”になるので、後手は6二金とする。
6二金に対して、2三香成、同桂、2四金では、今度は3一玉で角を取られてしまうので、先手が悪い。
6二金には、3三歩成とする手がある(次の図)
変化7八と同図07
3三歩成(図)を後手は何で取るか。
同桂は2三香成、同桂、2一金、同玉、2三飛成、1一玉、3二角成で、先手勝ち。
同歩は2三香成以下後手玉“詰み”
同玉には、4五金と打つ。これは3六飛以下の寄せを狙っている。以下2二玉には、3四金と出て、後手玉に受けがない。
なので後手は3三同銀と、銀で取る。
これには、5一竜がある(次の図)
変化7八と同図08
5一竜(図)に、さて、後手に受けがあるか。
ほうっておくと、3二角成、同玉、2三香成、同桂、3一金以下の“詰み”
1四歩なら、2三香成、同桂、3一金が鋭い寄せである。以下3一同玉に、2三飛成で、後手“受けなし”
3四銀には、5四歩がある。同銀なら、4二竜である。
そして、4二銀右には、3四金が決め手である(次の図)
変化7八と同図09
3四金(図)は2三金以下の“詰めろ”である。
3四金を、同銀なら、4二竜で、先手勝ち(7七にいた「と金」を7八に動かしているので、金を捨てる攻めが有効となっている)
図からは、5一銀、2三香不成、同桂、同飛成、1一玉、3三金で、先手勝ち(7七飛には8七桂と受けて問題ない)
変化7八と同図10
(4)1一桂(図)の場合。
(3)3一桂の場合との違いは、「3一」に空間があること。
同じように、2五香と打つ。以下、6二金、3三歩成、同玉と取ったときに“違い”が出る(次の図)
変化7八と同図11
(3)3一桂のときには3三同玉には4五金と打ったが、この場合4五金、2二玉、3四金とすると、そこで3一玉があって、“逆転”を喰らってしまう。
だからここは4五金ではなく、3六飛とする。以下、4四玉に、3七桂(次の図)
変化7八と同図12
4五金の一手詰なので、後手はこれを受けなければいけない。
5四銀には、3五金、5三玉、4五桂、同銀、同金で、先手勝勢。
また、3三桂には、8四馬、同銀と金を取り、以下、4五金、同桂、3五金、5四玉、4五金、6五玉、5五金、同玉、6六銀、4四玉、4五歩、5四玉、4六桂まで、後手玉“詰み”
この図では5六銀が一番粘りのある受けになる。
この手には、4六金とし、以下5四銀、3二飛成、3三桂、4二竜と進む(次の図)
変化7八と同図13
5五銀、3二角成、4六銀、4三竜、5五玉、8四馬(次の図)
変化7八と同図14
先手勝勢になった。8四同歩に、3三馬以下、後手玉“詰み”
変化7八と同図15
(4)1一桂、2五香に、3一銀という受けもある。
しかしこれは、最初のイメージ通り、2三香成、同桂、2四金と攻めていけばよい。
以下、2五歩、同飛、1一玉、2三金、2二歩、3二角成(次の図)
変化7八と同図16
3一銀と受けたのは1一に逃げ込むのが後手の狙いだったが、結果的には、先手の攻めのほうが強力だった。
図以下、2三歩、3一馬、2二金、3三歩成、同桂、3四桂(次の図)
変化7八と同図17
先手勝ち。
この攻めも、やはり「7八歩、同と」を利かせた効果で、金を渡しても先手玉は詰まないので、攻めを継続できたというわけである。
変化7八と同図18
(5)2四桂(図)の受けにはどうするか。
この手にも、2五香で良い。
このままなら、2四香、同歩、1五桂、2三香、同桂成、同玉、3五金で、後手“受けなし”になる。
だから後手は、4四銀上と受ける。今の変化の先手3五金の手がなくなった。1五歩のような甘い手を指していると、後手3五銀でやられてしまう。
4四銀上にも、2四香といく。以下、2四同歩、1五桂、2三香までは同じだが、そこで、2四飛があった!
2四同香に、2三金、1一玉を決め、そこで8四馬とするのである(次の図)
変化7八と同図19
これで、先手勝ち。
2二歩には、3二角成があるので、後手玉に受けはない。6七飛の王手には9八玉でよい。以下8八と、同玉、7六桂には、7八玉、6八飛成、8七玉で、先手玉に詰みはない。
変化7八と同図20
(6)1四桂(図)には、2五飛でも先手良しだが、ここでは3六飛を紹介する。
3六飛は、後手は9五歩や7六歩の攻めの手を指せば、3三香と打ちこんで、先手の勝ちがほぼ決まる。以下3三同桂、同歩成、同銀、5二角成、9六歩、8七玉で、先手勝勢である。この3三香の狙いがあるので、3六飛と指したのだ。
よって後手は4四銀引と「3三」を受ける。
対して先手は1五歩。先ほどの後手1四桂を“悪手”にしてやろうという手。
しかしそこで後手6一歩という受けがある。これを同竜なら、6二金で、形勢は逆転して後手良しになる。
なので先手は1四歩が正しい。以下6二金、3三香(次の図)
変化7八と同図21
3三同桂、同歩成、同銀引に、2五桂と打つ。
そこで3四香なら、4六飛で先手十分。そのままだと後手玉は1三歩成、3一玉、3三桂不成、同銀、4三飛成で“寄り”。だから後手1四歩とするが、3三桂成、同玉、2五桂、2四玉、3二角成で、先手勝勢である。
後手が6二金としたこの形で先手が気をつけるべきは、後手玉に3一~4一~5二の逃走をさせないことである。
2五桂と打って、ここで後手が3一玉なら、3三桂不成、同銀、同飛成、4一玉、4三竜で、後手玉を捕まえることができる(角につなぐ桂の“不成”が大切なところである)
2五桂に、1四歩、4五桂で次の図となる。
変化7八同と図22
4四銀右なら、3三桂左成、同銀引、同桂成、同銀に、4二銀と打って、後手玉“寄り”
また、やはり3一玉には、3三桂右不成がある(成だと後手良しになる)
3四香と受けて、どうなるか。
これには、3三桂左成、同銀に、2一銀が“、決め手”である(次の図)
変化7八同と図23
これで先手勝ち。
2一同玉に、3三桂成で、後手“受けなし”。
そして、銀を渡しても、先手玉は詰まない。8八銀、9八玉、9九銀成があるが(同玉と取ると9七香、9八桂、8七桂で詰む)、9七玉(次の図)
変化7八同と図24
これで、(6)1四桂も先手良しが証明された。
つまり――――
7八歩図(再掲)
7八同と(図)は2六飛で先手良し。
7六と図
次は、7六と(図)。
この手には、3三歩成、同銀、5二角成で、先手良しになる。この先手玉は角を後手に持たれても詰まない形だから(次の図)
変化7六と図01
以下、7五桂、9八金、5二歩、3一飛が予想されるが、先手優勢である。
≪指始図≫(7八歩図)
以上の通り、7八同と や 7六と では後手が勝てない道となる。
ということで、▲7八歩 に対しては、△7六歩 しかなさそうである。
≪最終一番勝負 第53譜 指了図≫ 7六歩まで
実戦は、そう進んだ。
後手の≪ぬし≫は、△7六歩 と応じてきた。上で述べてきたような事情で、この手が後手の最善手になる。
しかし、するとこれは、「千日手コース」ということになるかもしれない。
ここから、7七歩、同歩成と進めば、結果的に、2手前の図に戻ることになる。
7七同歩成図
すなわち、この「7七同成図」である。
ここから「7八歩、7六歩、7七歩、同歩成」をあと2回繰り返せば、この図が「4回目」となり、「千日手」が成立する。
7七と図(7七歩同成図)
【1】3三歩成 → 後手良し
【2】3三香 → 後手良し
【3】8九香 → 先手良し
この図については、前回の調査研究で、このことが判っている。
つまり、【3】8九香なら先手に勝ちがあるということだ。
しかし、それを実戦中に、終盤探検隊は発見できるのであろうか。
いや、それとも他にこの図から、「先手勝ち筋」が存在するのであろうか。
ここから他の候補手――【4】2五香 と、【5】5四歩――について、考えていこう。
2五香図
「【4】2五香(図)と打って勝てないか」―――というのが、この「最終一番勝負」の実戦中の我々(終盤探検隊)の思いだった。
しかし、この【4】2五香 で勝つのは難しい。「勝ち筋」はあるかもしれないが、“戦後”、時間をかけて頑張って研究してもそれを特定できなかった。いまも、できていない。
それを実戦中に見つけることは、さらに困難なことだったのである。
具体的には、ここで後手7五桂と指し、それには9八金と受けることになるが―――(次の図)
変化2五香図01
こうなってみると、この図は、「9七玉図」の“2手前”の「6七と図」で2五香とした場合の“研究済み”の変化に、完全に合流している(→第34譜)
ここで後手は、(先手の2六飛に備えて)6二金とする。これは次に3一玉の狙いがあり、それが実現すると後手に角の入手が確実となり、7九角と打たれる筋があって、先手が悪い。
なので、6二金に対しては、2三香成と行くのが必然なのだ。以下、同玉に、2五飛、2四歩、5五飛と進む。
そこで後手は6九金(次の図)
変化2五香図02
先手の手番だが、ここからの指し方が難しい。
そして、はっきり先手が良くなる道が、まだ発見されていない。
というわけで、2五香は「互角」という結論で、それ以上の探索を止めている。
だが、実戦中は、そういうこともわかっていないので、「2五香で勝てないか」とずっとこの道に希望を持っていたのであった。
5四歩図
ここでの【5】5四歩 は有望な手ではあるが、ここで5四歩を指すなら、この“2手前”に5四歩と指す方が勝ちやすかった。
参考5四歩図
この「参考5四歩図」が“2手前の5四歩”である。
この図に較べると、先手が9七玉、後手が7七ととした上の「5四歩図」の先手玉は、狭い。そしてその形は角を渡すと先手玉がすぐ詰めろになる形である。その分だけ、先手はより“難しい戦い”を強いられるわけである。
(この図の結論は先手良し。しかし実戦中は変化が多すぎるという理由で、この手の先は早めに読みを打ち切った)
そういうわけなので、ここでの 【5】5四歩 の手は、実戦中、我々は眼中になかった。まったく調べていない。
(「参考5四歩図」でさえ調べることをあきらめたのだから、さらに複雑になるこの道を好んで選ぶ理由がないのである)
しかし、研究として、「真実はどうなのか」、それに興味はある。
最新ソフトが使えるいま、これを調べてみよう。
5四歩図(再掲)
ここで後手の手番。4つの指し手がある。〈a〉5四同銀と取る手。〈b〉4四銀または〈c〉6二銀左とする手。それから、〈d〉7五桂。
〈d〉7五桂は、「参考5四歩図」から後手7五桂とした変化と合流する。調査済みの変化である。
まずその結果を再確認しておこう。
7五桂、9八金、7六桂、8九香と進む(次の図)
変化5四歩図01(8九香図)
こうなって、「参考5四歩図」からの7五桂の変化に合流している。これは、攻略するのにかなり苦労した図であった。
先手が8九香(図)と受けたところ。ここで、後手は5四銀を取るか、あるいは4四、6二、6四へ銀を動かすかの「4択」になる。
“戦後研究”では、6二銀左(この変化が一番たいへんだった)に対しては―――(次の図)
変化5四歩図02
6三歩(図)で先手良し、という結論を出している。
6三同銀なら、3三歩成、同銀、5三歩成で先手良し、6三同金なら、3三歩成、同銀、4七飛と打って、先手良しというのが、第37譜での研究調査であった。
変化5四歩図03
そして「8九香図(変化5四歩図01)」から、6四銀左上 とした場合には、7一飛(図)で、先手が勝てる。
4四銀 や 5四銀 に対しても、同じく7一飛が有効手になる。
5四歩図(再掲)
もう一度この図に戻って、〈d〉7五桂以外の手を考えよう。
すなわち、〈a〉5四同銀、〈b〉4四銀、〈c〉6二銀左の変化である。
これがいずれもまだ未調査の変化で、最新ソフトの評価も互角の範囲なので、調べてみないと形勢ははっきりしない。
変化5四歩図04
〈a〉5四同銀は、3七飛(図)で先手良し。
次に3三香が効果的な攻めになる。それを4四銀と受ければ、7七飛とと金を払い、以下7六歩には3七飛と戻って、先手が優勢である。
変化5四歩図05
〈b〉4四銀上(図)には、7八歩と打つのが良い。以下7六歩に、8九香(次の図)
変化5四歩図06
どうやらこれで先手が良いようだ。
以下、7五桂に、7一飛と打つ。これは先手5二角成があるので、以下6二銀右、6一飛成、6三銀と応じて、その筋を防御する。
そこで先手は8五歩。同金に、9八金とする(次に8五香と金を取る狙い)
以下8四歩に、9四馬(次の図)
変化5四歩図07
先手は、上部開拓しての“入玉”を狙っている。ここでは後手6六銀くらいしか手がないが、先手は8六歩と打って、以下8七桂成、同香、7五金に、9五歩で、“入玉”をめざす。以下7八とに、9六玉――
先手優勢だろう(最新ソフトの評価値は+700くらい)
変化5四歩図08
〈c〉6二銀左(図)。 これが、残された“問題”となった。
しかし、ここからの「先手勝ち筋」が見つかっていない。
ということで、いまのところ、【5】5四歩 についての調査結果は、「形勢不明」である。
以上の調査結果を加えて、「7七と図(7七歩成図)」の結果をまとめると、次の通りになる。
7七と図(7七歩成図)
【1】3三歩成 → 後手良し
【2】3三香 → 後手良し
【3】8九香 → 先手良し
【4】2五香 → 互角(形勢不明)
【5】5四歩 → 互角(形勢不明)
この図での、この5つの手を“戦後調査”したが、「先手勝ち筋」は、まだ、【3】8九香以外には確認されていないことになる。
≪最終一番勝負 第53譜 指了図≫ 7六歩まで
「最終一番勝負」は、「千日手コース」の軌道に入った。
終盤探検隊は、はたして、「勝ち」に辿り着けたのであろうか。
第54譜につづく