はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

終盤探検隊 part113′ ≪亜空間最終戦争一番勝負≫ 第12譜

2018年04月04日 | しょうぎ






 


 鏡を通りぬけて『鏡の国』に入った時、アリスはテーブルの上の本を手にとり、パラパラと本のページをめくってみたが、さっぱり読めない。
 だが、アリスはこれは『鏡の国』だからだと気づき、<鏡>にその本のページを映してみて、それで文字はわかるようになった。
 ところが、それでも、意味不明な文章で、何のことやらわからない。
 そのときにアリスが読んだのが、「ジャバウォッキ」というタイトルの詩だった。

 新潮文庫版の訳者矢川澄子はこれを、次のように訳している。

ジャバウォッキ(邪婆有尾鬼)

ゆうまだきらら しなねばトオヴ
まわるかのうち じゃいってきりる
いとかよわれの おんボロゴオヴ
ちでたるラアス ほさめずりつつ


 ここは翻訳者の色が出るところで、『鏡の国のアリス』のそれぞれの翻訳者が、この部分をどう翻訳しているかを調べて比べてみるのも面白いだろう。
 「鏡の世界」の本なのですべての文字が「反転文字」になっていたが、<鏡>で映してみれば、“元の文字”に戻ってふつうに読めた。読めたけれども、それでも意味が分からない。「けっこうわかりにくい」と、アリス。
 それもそのはず、これは作者ルイス・キャロルの言葉遊びでつくった単語だらけで、普通の辞書にはない言葉ばかりでできているからだった。
 この<ジャバウォッキ>というタイトルの詩は、まだ続きがあるのだが、これは「ある青年がジャバウォッキという怪物を退治した物語」をうたったもので、この4行はその冒頭と最後の部分になる(最後にもう一度この4行詩をくりかえしうたう)

 この『鏡の国』での少女アリスの冒険を追っていくと、「6マス目」で、アリスは大きなタマゴのような姿の怪人物ハンプティ・ダンプティと出会うが、そのハンプティ・ダンプティは「ことば」についてとても詳しいようなので、アリスはこの<ジャバウォッキ>の詩の意味についておしえ
てほしいとたのんでみたのである。すると、さすがのハンプティ・ダンプティは、すらすらと解説してくれたのであった。

 最初の「ゆうまだきらら しなねばトオヴ」の一行について解説するとこうなる。

  「twas」 → it was
  「ゆうまだきらら brillig」 → 「夕方の四時――あかるいけれど、そろそろ夕めしをたき
                はじ める時間」とハンプティ・ダンプティは説明。
                 肉をあぶる=broiling、輝く=brilliant、明るい=bright
  「しなねば slithy」 → <しなやか lithe>と、<ねばっこい slimy>の二つの言葉を重ね
             てつくった言葉。 
  「トオヴ」 → アナグマ、トカゲ、ワインの栓抜きに似た姿の生物 

 一行を解読するだけで、こんなにたいへん。


 さて、「鏡面変換」について、考えてみよう。
 人が、<鏡>に自分の顔、姿を映しても、それほど違和感はない。人間の顔も身体も“だいたい左右対称”だからである(そして私たちはふだん、“自分”に関しては、“反転した鏡の中の自分の顔”しか見ていない)
 ところが、これが「文字」になると、上の例のように、とたんに“違和感”のある世界になる。文字のほとんどが“左右非対称”だからである。こういうところが、「鏡の世界」の面白さで、魔法を連想させるところであろう。この「鏡の世界の文字」は、「文字」を、紙にすかして裏側から見た
のと同じ「反転文字」になっている。
 「鏡の世界のモノ」も、実は、「鏡面反転させたモノ」になっており、これはどんなに向きを変えてみても、元の「モノ」と重なりあわない(ただし、厳密に左右対称な物なら特別に重なりあう)
 人間も、厳密には“左右非対称”なので、この世界の「自分」と、「鏡の中の自分」とは、厳密には違うカタチなのである。
 なのだけれど、「鏡の中の世界」では人間もモノも、こちらとまったく同じ動きをする。「鏡の中の世界」も、左右反対ではあるが、まったく同じ物理法則・化学法則で動いているのである。

 この、「まったく同じに見えて、実は一部の法則だけが逆」というのが、「鏡の世界」のおもしろいところ。
 いったい何が逆なのであろうか。


 これを数学的に考えてみる。
 数学では、空間を三次元でとらえ、三つの軸―――X軸、Y軸、Z軸で表す。X軸が左右、Y軸が奥行(前後)、Z軸が天地(上下)である。
 「鏡の中の世界」は、「XYZの軸のうちどれか一つの軸が逆向きになった空間」になる。
 すなわち、(X、Y、Z)→(X、-Y、Z)、これが“鏡面変換”である。


 また、これを別のやりかたで考え直してみよう。
 いまここに大きな鏡台があったとする。その鏡の前の台の上に「将棋盤」を置いて初形配置に駒を並べる。
 そして「わたし」が、<鏡>をのぞき込む。 すると、どうなっているか。


(鏡)--------------------------------------------------------------------------------(鏡)

 こんなふうに見えるはず。
 「鏡の中」の将棋盤の上の駒は、「鏡の中のわたし」から見れば、「飛車」と「角」の位置が逆であり、それだけでなく、駒の文字も“反転文字”である。
 しかしこちらの世界の「わたし」から見れば、“左右”(すなわちX軸)は逆にはなっていない。
逆になっているのは前後(Y軸)である。もちろん、上下(Z軸)は変更なし。
 つまり、(X、Y、Z)→(X、-Y、Z)という変換である。

 それでも、将棋のルールはそのまま使えるし、“定跡”や“手筋”や“戦法”の価値も、こっちの世界とあっちの世界でも、同様の価値である。
 上の“反転初形図”を見ると、活字の「金」の文字は左右対称なので、まったく違和感がないのがまたおもしろい。ところがその隣の「銀」の反転文字は、初めて見たような文字に見える。
 さらに「歩」の反転文字は、読めることは読めるが、触られたことのないこころのどこかを触られたような妙な気分させるし、ところが敵陣の「歩」を見ると、反転されているのに、それほど違和感がないからふしぎだ。(「反転文字」は逆さにすると少し読みやすくなる、ということを新発見)



<第12譜 ぬしの勝負手、4二銀>


≪亜空間最終一番勝負 第12譜 指始図≫

 ≪主(ぬし)≫は、我々の研究の“穴”を突いてきた。 3四歩に、4二銀!  

 いったい何が起こったのだ? その瞬間、空間が歪んで見えた。


第13譜につづく
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終盤探検隊 part113 ≪亜空間最終戦争一番勝負≫ 第12譜

2018年04月01日 | しょうぎ














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