母はふるさとの風

今は忘れられた美しい日本の言葉の響き、リズミカルな抒情詩は味わえば結構楽しい。 
ここはささやかな、ポエムの部屋です。

去りし猫へのバラード

2019年10月26日 | 
きみと過ごした四年間は
つかの間の幸せの日々

きみは人の子よりよくなついて
ほとんど悪さもしない子だった

去る年の文化の日やって来たきみ
よちよち歩きの幼猫だったきみ
全身真っ黒で金色の
ひとみがやけに大きかったきみ

行く末短くなった老人たちの
茶の間に舞い降りた聖ミカエルのように
笑い声を呼び戻してくれた翼の無いエンジェル

成人したきみはとても静かで
優雅にさえ見えるその立ち居振る舞いに
人間たちは時に息を呑むほどだった

四つ目の秋 四度目の誕生日の直前に
きみは帰ってこなくなった
老人たちの目を涙であふれさせ
巷に 黒猫の姿を尋ねさせること数十日
きみは冷たい骸となって木犀香るいつもの庭に帰ってきた
高原の秋風は無情に冷たく
七キログラムの体は再びは
遊び回った花の庭を風のように走ることはなくなった

悲しみは語り尽くせず思い出は数えきれず
ひとつのいのちは天に昇り
体温の記憶は秋を深くさせるばかり

約束した温泉にゆくこともなく
じじばばを残し前ぶれもなく
旅立っていったきみは
不思議な存在の黒い姿を
そこ此処に焼き付け梅畑の古木の下に眠る

愛されすぎた痛みか
描かれすぎた疲れか
神秘の黒猫は土に還り
残された老人たちはことしも長らえ
やってくる季節を また生きる



(「去りし猫へのバラード」清水みどり『詩と思想』土曜美術社1998年秋)







秋の愁いは

2019年10月19日 | 
紫苑が咲けば母を思い
菊が匂うと父を思う

大地は安らぎいのちの実りが戻る季節
どこかで家を失った人々
家族を失った人たちが
広い空の下で泣いている

愛に囲まれた幸せな日日が
ある日突然に壊されて別世界に放り出され
それでも生きてゆかねばならぬ厳しさに涙する
誰もいなくなった家の跡地で
淋しく命を抱え切なさをこらえ

人は喜び悲しみ当たり前に与えられた日々を過ぎ
いつのまにか深く老い
消えゆく人の世の短さに気づく
その時初めて人間の何が
神の怒りに触れたのか振り返っては天を仰ぐが
もはや深く考える力も残されては居ない

真上に輝く太陽はしずかに傾き
休みなく夜を与え朝をくれる
当たり前の時間が過ぎゆく

ひとは過ちを幾度も犯しても顧みること少なく
この生がいつまでも続くと信じながらやがて
消え去るだけ
天上の父母たちは地上の花の精になり
永遠の謎を黙し
語ることをしない 




秋のオリオン

2019年10月13日 | 
大嵐の去った夜のプルシアンの空
白い雲が幾つかぼんやり浮かび
昼のように明るい空に
金色の月が傾いた

東の空から現れるオリオンは
寒い冬の夜を明るく飾る

星たちは遠い遠い
はるかな宇宙の果てから
傷ついた星に友情の光を届けてくれる
人の寝静まった夜の空
この永すぎる時のなかで
何を語りかけてきていたのでしょう