母はふるさとの風

今は忘れられた美しい日本の言葉の響き、リズミカルな抒情詩は味わえば結構楽しい。 
ここはささやかな、ポエムの部屋です。

去った家

2018年06月30日 | Weblog
坂を登り切ると家はあった
四季にはそれぞれの花が咲き
野鳥が飛来し
梅の枝の虫たちをついばみ
人工の瓢箪池にはガマガエル
毎年夫婦でやってきてその
家主のような振る舞いに
少なからず誰もが笑わせられたものだった

人々も沢山やってきた
それぞれの胸に家への懐かしさ以上の
思いを抱かせられて

家にはなにゆえかいつもはかない夕暮れの芙蓉の花のように
輪郭を欠いていた
なぜなら家には
家族の匂いがなかった

家は何時も何かを拒んでいた
サロンのように放たれながら
折々の花が飾られていても
何時も人の心の侵入を畏れているかにみえた

あるじはいつか老いて風になってか
十二月の朝忽然と消え
嵐の日々が何ヶ月も襲いやがて
コトリ のもの音もない静けさの後
家の形は崩れてあっけなく消え去っていった
何事もなかったように誰も居なかったかのように

椿咲き 梅香しく蕗の薹遊び
アマリリスが咲き
水仙ヒヤシンスの根を植え
野鳥も野猫も水を飲みに来
家はその昔 迷う生き物らのオアシスでもあったろう
僅か数十年の歴史にそれなりの楽しさもちりばめ
凝縮されていった言葉たち
寡黙な心の軌跡をぬぐいさるには何年を要するだろうか

また六月の花を子のないあるじは愛した
その歳月レンズが捕らえた水いろに開いた可憐な花たち
露草の透き通る青の美しさに
去った時間の思いが揺れ残る


今はない幻の土地 坂の上の緑豊かな家
集った人々の笑い声 足音 漂う墨の香

思えば短かい人間の生きた証 儚すぎる宴に
はらり落ちた わたしの
涙のゆくえ

                    (1989 12)


梅雨の句

2018年06月11日 | 季節
・雨雲の下はみどりに湧く清水

・この庭の門閉じさても猫の道

・軒なくも親子猫棲む薮いとし

・水の風空気を込める夕べなり

・芍薬のつぼみ石にも語り合う

・りらの木もはや老木となる生家

・くちなしの香の流れてる坂の上

・混声のユニゾン雨の音色かな

・清涼の音なにやらむ雨を詠む

・雨の月はグラジオラスを捧げたく

・早咲きのラベンダー積み終え雨待つ日

・ひとくちのスイカの赤いいのちとて