.es[dotes] LIVE IN TOKYO 2013
T.美川 & .es/Tangerine Dream Syndicate/浦邊雅祥/冷泉
.es [DOTES]東京ツアー二日目はアンビエント&ノイズ・ナイト。GARI GARIの名前はずいぶん前から知っていたが来たのは初めて。池ノ上の駅前に雑多なピンナップやポスターを貼り巡らせた看板がある。尋常じゃないオーラに惹き寄せられて階段を下り、映画やプロレスのチラシがコラージュされた扉を開くと、高円寺無力無善寺に劣らぬ時間軸の歪んだ魔窟が広がっていた。住宅地に紛れ込み亀裂を入れる異界に沈殿する心地よい泥濘。ガラクタに囲まれて山椒魚のような甘い眠りに堕ちてゆきたい。
●Tangerine Dream Syndicate
(写真・動画の撮影・掲載については出演者の許可を得ています。以下同)
Johnny Conrad, Dee Dee Conrad, Tommy Conrad, Barbara Zazeelaの4人からなる無記名ユニット。金属板や金網を吊り下げたスタンド、多種多様なエフェクター、チェロ、アコースティックベースなどを操る。2001年にアルケミーレコードの内的精神(Inner Mind)シリーズの1枚として「おトボケ三人組のための三つのヴィヨロン( III Violins For III Stooges)』というCDをリリースした彼らが人前に姿を晒すことは極めて稀。無国籍エスニック音楽とチベット密教読経とドロドロアンドナンセンスノイズが融合された音響が、壁と天井に貼られたピンナップを留めた画鋲の針をホンの僅かに捩じ曲げた。
●浦邊雅祥
サックス・インプロヴァイザーとしては、他の追随を許さない不動の存在。小柄な身体全体から絞り出す情念は、浦邊の身も心も引き攣るような四肢の軌道を眼前にした時、最大のインパクトを発揮する。楽器があろうと無かろうと、その呪縛力に違いは無い。重い鎖を身に打ち付ける。殴り掛かるように客席に乱入する。犠牲者の頭を舐めんばかりに抱え離さない。畸形のギターを貢ぎ物のように掲げ持つ。ハーモニカで弦を擦り、鋭利な金属音で軋ませる。口の端で銜えたマウスピースが悲鳴を上げる。一挙一動が連続写真のように網膜に刻まれ、メタリックな音響が鼓膜に突き刺さる。ガリガリという魔境に於いても浦邊の肉体は特異であった。
●冷泉
照明が落ち、座り込んでギターを抱えた若者の姿は判別出来ない。存在するのは音だけ。ボーンという単音が一定の間隔で反復される。一音一音細心の注意を使って丁寧に奏でられる。生演奏だろうが、動画だろうが、北欧プレスの12インチLPだろうが、悉く完膚無きままに高度な抽象化がなされていることに愕然とする。
●T.美川+.es [DOTES]
2012年9月2日に初共演を果たした師弟トリオの1年3ヶ月ぶりにして初の東京ミーティング。湿り気を帯びたGARI GARIの空気を、乾いたサックスのナイフがズタズタに引き裂き、切れ目を浸食する無機質な電子雑音と、土手っ腹に陥穽を穿つ鍵盤が襲いかかる。ハーモニカのメロディはマイナー調だが、感情の起伏は巧妙に隠されている。三者の音は重なることなく明滅するように投射され、それぞれ別個に聴覚器官から脳髄へ伝わり、脳内で初めて論理的に融合され大脳皮質に刻まれるが、その時既に演奏に伴う肉体性は、キレイさっぱり削ぎ落とされ漂白されているので、聴き手の感情を支配することなく、さざ波となって前頭葉を振動させる。その震えが毛穴から時間をかけて滲み出て大気中に解き放たれる。
田中泯に「場所で踊るのではなく、場所を踊る」というテーマによる「場踊り」という舞いがある。二日間の公演で実感したのは、.esは「場所で演奏するのではなく、場所を演奏する」ユニットだということだった。ギャラリー、ライヴハウス、見世物小屋、場末の飲み屋、都会の雑踏。。。様々な場所で彼らのパフォーマンスを観てみたいと思った。
ガリガリと
ノイズと一緒に
歌いましょう
See You Again!!
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