まぬ家ごめ助

姓はまぬけ、名はごめすけ、合わせて、「まぬ家ごめ助」と申します。どうぞお見知りおきを。

1995

2021-08-29 12:38:11 | 日記
8月28日(土)。昨夜のライオンズは引き分けでした。

1995年。
マルコポーロ廃刊。地下鉄サリン事件。ザ・ブルーハーツの解散。
まだインターネットのないという時代背景。

1992、1993、1994

2021-08-29 12:06:38 | 日記
8月27日(金)。栗山選手は3安打の猛打賞でしたが、ライオンズは負けました。

1992年。僕は就職しました。箕面の山奥で10日間の研修がありました。ヘルメットを被りつつ皆でランニングをしました。
蓮田に配属になって、与野の寮に入って、いろんな出会いがあって、それなりに仕事はしていたつもりですが、遅刻もたくさんしました。

バブルが弾けました。
そういえば、この頃はまだ、パチンコをしていました。今もう(20年以上)やっていません(ゲームセンターは除く)が、それはあの陶酔感がこわいからです。

いろんな出会いがあったなぁ・・・。

1991

2021-08-27 00:43:43 | 日記
今期のライオンズの優勝は諦めています。けれどもまだ、クライマックスへの出場は諦めていません。
(去年と同様に)3位でもよろしいやん!挑戦者でもよろしいやん!!
今期は、高橋、今井、松本投手の若手先発3本柱(ドラ1トリオ)が、ローテーションをしっかりと守ってくれています。
だから、ご褒美があったとしても、よろしいやん!!!

1991年。まだわが国のバブルは崩壊していませんでした。
当時の僕は、煙草を吸いまくりながら、競輪、競馬、運転免許、アルバイトのついでに就職活動、そんな感じでした。
そうして、リクルート的な所に登録をして、資料請求をしたならば、ダンボールに入りきれない程の郵便物が、いろんな会社から届いたのです。
間違いなく、就職温暖期でした。そういう意味では、強烈に恵まれた世代だったのです。

けれども僕は、自分が何をしたいのか、何が出来るのか、まるでわかってはいませんでした。
しかし、やりたくないことだけははっきりしていて、それは、スーツを着て、満員電車に乗って通勤すること。
だから、作業着の仕事が良いと思ったわけで、その考え方は30年後の今のずっ~と変わらず、今に至っています。

一晩考えて

2021-08-26 14:53:56 | 日記
再度、追悼 チャーリー・ワッツ

昨日の作文は気に入っていません。
けれども、削除するのは僕の信条とは反しますので、繰り返し駄文を重ねます。
彼の訃報に接して、何が残念だったって、それはつまり、ストーンズの新譜をもう聴くことは出来ない、と、その一点に尽きるのかもしれません。
だって、「ビガ・バン」が最後のオリジナルアルバムだなんて、彼らの実績には相応しくないし、さらに、あのアルバムの発売からは時間がかなり経っているから・・・。

先日僕は、ストーンズがチャーリー抜きでツアーを再開するという記事を目にした時に、激しい憤りを感じました。おいおい、今さら何を血迷ってるんだよ、って。
少なくとも個人的には、チャーリー抜きのストーンズなんか認めたくないし、聴きたくもない!
さらに僕は、意思の問題として、懐古的な作品も、素直には喜べないのです。
だから、あえて、<○○周年の○枚組豪華デラックス仕様>みたいなリイシューは、ほとんど買っていません。
つまり、新譜を出していないストーンズなんかよりも、今が旬のバンドに積極的に投資、応援をしてきたのは、それこそ僕の「役割」だと心得ていたから。

けれども今、チャーリーが亡くなって、状況が変わりました。
おそらく、ミックやキースは、予定されていたツアーを中止にする決断をするのでしょう。
でも、だからこそ、願わくば、チャーリーのためにも、もう少しだけ、続けて欲しいと思った。
この状況下で、彼らがどんな音を奏でてくれるのか、野次馬的な興味もあるし、そして、辛くてたまらない今だからこそ、彼らが普段とは異なる、しかも、とてつもなく素敵な音を産み出してくれるのではないかと、そんな淡い夢を見てしまったからなのです。
チャーリーが死ぬまでドラムを叩き続けたのと同様に、キースはミックにも、これからも転がり続けて欲しい。
解散の決断は尊重しますが、スティーヴ・ジョーダンと一緒に続けるという重い十字架を背負ったとしても、今回ばかりは批判しようとは思いません。

ロニーの準備は、いつだって出来ている、はず!!
そうして、ミックとキースは、いつかきっとこの落とし前を、つけてくれる、はず!!!

あなたは僕を知らないけれど、僕はあなたを知っている

2021-08-25 13:58:58 | 日記
追悼 チャーリー・ワッツ

その他のことは何もわからないけれど、自分がどうしようもない「まぬけ」であることだけはわかっているつもりです。だから、自分の役割は何だろう、何か少しでも役に立つことはないだろうか、と、そんなことを考えてみたりもするわけです。実際問題としては、自分の役目なんぞ、母より少しでも永らえることだけにあるのかもしれませんが、その想いだけで生活を続けられるわけではないから、何らかの糧を得るべく、働いているわけです。そうして、いかなる職場においても、僕なんぞの存在は不要で、むしろ、悪影響でしかないのではないかと、心を痛めてしまうようなことばかり。同僚たちや、お客さまたちが、叱咤激励してくれたりもするもんで、どうにかこうにか続けているに過ぎません。

<私は、8ビートで一般にソロと呼ばれるものさえ叩けないのに、なぜか生計を立てていられる世界でも数少ないドラマーのうちのひとりだろう。・・・私は最初から力不足で、32年経ってもまだこれだ。・・・たまにどうしたらいいのかわからなくて、途方に暮れることがあるよ。>by チャーリー・ワッツ

彼、チャーリーが、彼なりの方法で、そのタイトなリズムをキープし続けて下さったことで、僕らはどれほど救われたことでしょう。自らと向き合うことで、辛いことも多々あっただろうと想像する(インタビューでも述べている通り)けれど、そんな彼は仲間たちに必要とされ続けていたし、そうして、彼が彼なりに、その自覚した役割に徹していたことが、どれだけ世界に喜びをもたらし続けていたことか。何よりも、そう、何よりも、あのチームのために、チャーリーのようなドラムを叩く人なんぞ、誰ひとりとしていなかったんだ!

チャーリー、ありがとう。感謝無限大。安らかに。


「You Can't Always Get What You Want」The Rolling Stones