まぬ家ごめ助

姓はまぬけ、名はごめすけ、合わせて、「まぬ家ごめ助」と申します。どうぞお見知りおきを。

もったいない病

2020-11-30 11:09:18 | 日記
大きな収納箱(8段!)を買いました。衣装ケースも増やしました。購買意欲に衰えがなく、物品が増え続け、ごみさんは完全に滞っているからです。反省猿!

昨日、久しぶりにかよたん星に行ってきました。メガネ修理のお手伝い(運転)、電灯の入れ替え、電子時計の設定、パソコン教室などをしていました。で、彼女は壊れた玩具を捨てようとしていたのですが、それは止めました。思い入れがあるということだったので。そうして、おもちゃの修理屋さんを紹介しておきました。

愛用や愛着、誰にでもありますでしょ。けれども、修理やお手入れが苦手という方、多いですよねぇ。

歴史って、後悔するためにではなく、反省を活かすために学ぶのでしょう。おばあちゃんの知恵袋よりもグーグル先生の方が役に立つことも多いけれど、人の知恵や職人さんの技術ってのは、コンピューターなんかよりずっと頼りになるのだと断言しておきましょう。


靴修理RADIAN

撫でし子が好きだ!

2020-11-30 10:00:19 | 日記
僕はダンスは上手く踊れませんし、楽器の演奏も出来ません。ですから、スポーツや音楽は好きですけれども、コンプレックスの方が勝っているのかもしれません。スポーツ、音楽、バイリンガル、容易に国境を越えますでしょ。けれども、僕にはその資質がないということです。

若者たちが凄いなぁ、頼もしいなぁ、と思うのは、そんな僕の劣等感などはどこ吹く風 で、世界で活躍しているということ。得意な分野に特化している方が多いように感じていますし。

むろん、良い部分も悪い部分もあるのでしょう。けれども、僕はわが国のこんな素敵な若者たちに将来・将来を託すことについての躊躇はありません。老害こそが問題なのではないか、とさえ思っていますので。

願わくば、若者たちの視点は世界規模、宇宙規模であって欲しい。けれども、そんな野暮な願望は、老婆心に過ぎないのでしょう。


京都橘高校吹奏楽部 at ディズニーランド

はじめてのチャンネル登録

2020-11-26 02:12:22 | 日記
YouTubeが大好きなくせに、チャンネル登録をしたことはありませんでした。

なぜって、例えばこのブログに置き換えて考えた時に、表現の多くは吐き出す類なのだし、数だけでは計れないのだろうし、容易に何かに属したいとも思わないし。

ともあれ、偶然、小森谷徹さんの木象嵌に接して、その作品のいくつかに心を動かされて、欲しくなって、後日富山の工房を訪ねたけれども休業日だった、ということもあって、もっと愛でたいという気持ちは募ったままだったという経緯で、ポチりました。

例えお高い物であったとしても、こんな買い物こそが僕の理想。まだまだ物欲がおさまりません。全部コロナのせいにしてしまえ!


小森谷徹

マヌケ・ホンダ

2020-11-25 22:54:00 | 日記
前日、僕の職場の兄貴分であるホンダさんが、頼もしかった。今までは、様子見をしていたのかどうか、あるいは、まだ自らの良い個性をあえて主張していなかったような側面もあったのかもしれませんが、ようやく殻の外に出てきて下さったなぁ、これから本領発揮?!みたいな。

ホンダの「N-ONE」のコマーシャルに、ザ・ビーチ・ボーイズの「リトル・ホンダ」が使われていますでしょ。最高ですね!高揚しますやん!!素敵すぎる!!!

ブライアン・ウィルソンの天才って、若年には理解し難い才能なのではないでしょうか。表面的な軽さだけに耳が傾いてしまい、その本質がわかるまで、己の熟成が必要なのではなかろうか、というような。おそらくは現代的な感覚ですと、「ペット・サウンズ」の方がわかりやすい。理解しやすい。入りやすい。けれども、ビーチ・ボーイズの世界は、入れば入るほどに、奥が深い。

兄貴分のホンダさんには、まだまだ頑張って頂かなければ困ります。なぜなら、まだ爪を隠しているように感じているからです。兄貴を通じて、僕も学び続けなくてはならないからです。


「Little Honda」Hondels(←ビーチ・ボーイズではありきたりなので)

まぬけも闘う。そんなイデオロギー。

2020-11-25 22:29:34 | 日記
僕は、ガキの頃から短気でした。感情が表情に出るタイプ。短気なごめさん。介護職生活で感じたことのひとつとして、人の思考は、その人の資質(遺伝子)に左右されている部分がほとんどなのではないか、と思うことがあります。環境よりも、という意味でです。

例えば、わかりやすく言えば、右翼と左翼(むろん、わが国に限らずです)。自らの身体に自信のある方であれば、戦う道を選らばざるを得ないから、負けじと鍛えるし、自信がなければ自分や周囲の頭脳に頼るか、あるいは従順になる、というような。

万年、億年単位で考えてみる、ってぇと、何が正解で何が不正解なのかなんぞ、少なくとも今、わかるはずがありませんでしょ。ですから、細部に神は宿る、ってなもんで、おそらくは誰しもが、例えば自らのプライドであったり、身近な家族を守ることに焦点を当てるのではないのでしょうか、ねぇ。

僕は、「闘魂」という言葉が好きではありませんが、相手次第では、心を鬼にすることもあるでしょう。むろん、そんな状況を望んではいませんけれども。