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「危機」を乗り越える言葉@埼玉フォーラム

2013-09-19 09:00:00 | (瑛)のブログ


 ウリ民族フォーラム2013㏌埼玉で聞いた「二つの危機」という言葉が今でも耳鳴りしている。

 3年経っても適用はおろか、「朝鮮学校は、排除して当然という」世論が取り巻く高校無償化問題。先日は広島で110人の朝高生・卒業生たちが裁判の原告に立った。

 第1部のシンポジウムのテーマは、「在日同胞の『危機』を乗り越える~民族教育権とは何か」。三重県出身の同胞弁護士・李春熙さんと在日朝鮮人の歴史を研究する明治学院大学の鄭栄桓准教授が、無償化排除が長期化する今、「私たちが何を考えるべきか」について問題提起した。

 李弁護士は、この3年間の間に「危機」は深化している、として、「除外論者の組織的運動の激化」を挙げた。

 …毎日のように、無償化反対の立場で論陣を張っている産経新聞のみならず、他にも様々なメディアや団体が「朝鮮学校が朝鮮総連と北朝鮮に支配されている」との誤った情報を発信し続けており、これが現実の政策決定に影響を及ぼしている。

 ここ埼玉県を含め、宮城県、東京都、千葉県、神奈川県、大阪府、広島県、山口県で都道府県レベルの補助金がゼロになった。教育内容への直接的介入が横行している。大阪では、朝鮮総連との関係を絶ち、肖像画を外せ、などの「橋本4要件」が、踏み絵として正式に補助金交付要綱に組み入れられた。被害・加害関係が転倒し、このような介入が「朝鮮学校生のため」として正当化されている。

 「危機」を乗り越えるためには、恩恵ではなく権利としての民族教育権を確立する必要がある。「就学支援金は学校に支給されるものではなく、生徒個人個人に対して支給されるものであり、外交上の配慮は許されない」という政府見解のもとで、適用直前まで手続きが進んでいたことを再確認する必要がある。また、審判者は誰かという視点から、「教育内容は子どもの学習権を充足するために決定されなければならない」という教育権裁判の到達点を参照することが有用だ。

 「在日朝鮮人として育ち、生き抜くための教育とは何か」という「子どもの学習権」に立ち返る必要がある。…(李弁護士)

 一方、鄭さんは、「民族教育権の危機のなか、私たちはどのような論理・方法で自らの権利を主張するべきなのか」と問いかけ、「朝鮮学校生は日本の高校生と変わらない」「朝鮮高校では反日教育などしていない」などの主張は、一時的に日本の市民の関心や同情を買うことができるかもしれない、しかしこれらが、私たちが無償化除外に反対する本当の理由なのか、と問題提起した。

 そこで鄭さんが紹介したのが、1949年の朝鮮学校閉鎖時にアサヒグラフに載った一枚の写真。日本政府の弾圧のさなかに、東京朝鮮第1初中級学校の教室を撮ったもので、黒板の上には「선생님을 지키자!(先生を守ろう)」のスローガンがある。幼い児童たちが自主的に書いたものだという。

 鄭さんはこのスローガンに込められた子どもたちの思いを伝えつつ、「私たちが守るべき権利とは何かが議論されず、日本社会に受け入れやすい理屈に流されるなかで、結果として上のような卑屈で自らを貶める言葉を口にしているのではないか」と危惧した。

 「民族教育を守る、というのは当たり前のスローガンかもしれないが、その意味や論理について、私たちは議論の中で鍛え直す時期にきている」(鄭さん)

 「被害・加害関係が転倒している」という李弁護士の言葉、「民族教育の意味を鍛え直す」という鄭先生の言葉が何度も反芻した。

 埼玉では補助金復活を求める要請が続いているが、その場で同胞たちは県知事から、不当な発言を受け、傷を負ってきた。

 「拉致問題を在校生に正しく学ばせること、…その回答を受けて(補助金支給を)総合的に考えたい」(2011年2月)

 「抜き打ちで教育内容を調査する」(2011年12月)

 「反日教育をやって、それで『補助金だけください』と言うわけにはいきませんよ」(2012年1月)

 「納税をもって、すべてが権利として認められるものではない」(2012年1月)

 「校長と理事長の同席は非常に不快、不見識…反日教育を一生懸命やっている」(同年8月)

 「日本人拉致問題が何ら進展がなく、度重なるミサイル発射や核実験など、もう我慢にも限界がある。国民感情や県議会の決議もある。総合的に考えて計上しないことを決めた」(今年2月)

 これらの発言はすべて、埼玉県知事―自治体の首長の口から吐かれたもので、歴史的経緯のある在日朝鮮人の子どもの民族教育の権利という発想はまったくない。私たちはバカにされているのだ。



 シンポジウムのパネラーに立った、埼玉朝鮮初中級学校アボジ会の金勝沢さんは、県庁への要請に限られた人しか訪れない現状に心を痛めながら、「誰かがやってくれる、という精神の塊がこの地域にあるのではないか」と率直な思いをぶつけていた。経済、政治状況がひっ迫するなか、平日に県庁を訪れる時間を絞り出す難しさは、朝鮮学校に通わすため、時間と生活に追われる保護者なら誰でもわかっていたと思う。

 金さんが問いたかったのは、「気持ち」の問題だった。「私たち自身が怒りを感じているのか」という言葉にその苛立ちが表れていたように思う。

 気持ちのズレを克服するには、「現在の危機」を共有することがその第一歩になる。危機を理解するには歴史の縦軸、日本学校に通う同胞の子どもまで含めた民族教育権といった広い視野が必要だろう。

 「危機」は深刻だが、シンポジウムを通じて日本全国3000人の同胞たちと現状を共有した時間が尊かった。

 フォーラムのテーマは、「사랑하자 이어가자 다 같음 마음으로!(愛そう つなげよう みんな ひとつの木気持ちで)」―埼玉から生まれたこの言葉が、私に伝わり、各地の同胞に伝わった4時間だった。

 東京でも近々裁判が始まる。一人ひとりが考え、行動することがすべての出発点になる。

 原点を見つめさせてくれた埼玉のトンポヨロブン、この場をお借りして、感謝の言葉を伝えたい。
 コマプスムニダ。(瑛)

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