頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『水やりはいつも深夜だけど』窪美澄

2015-01-19 | books
夫婦や家族の短編集

周囲のお母さんが私立の小学校の受験を話すようなところに住むことになった。今日も息子は幼稚園に行くが…<ちらめくポーチュラカ>
共働きすると言っていたのに、妻は専業主婦になってしまった。彼女は息子にちょっと厳しすぎるかも知れない…<サボテンの咆哮>
私の妹には知的障害があった。そして我が子にも同じ障害があるかも知れない…<ゲンノショウコ>
妻は子どもができてから私に対する気持ちがなくなってしまったようだ。既婚者だということを隠して合コンに参加したら、一番好みの子が自分にアプローチしてきた…<砂のないテラリウム>
母は出て行った。娘の私は父と二人暮らしだった。おばさんが家事をすべて教えてくれたので私はなんでもできる。そして父が再婚した。3歳の娘のいる女性と。4人の同居は…<かそけきサンカヨウ>

私立小学校の受験、近所の小児科、駅前にできた新しいヘアサロン、最近始まったドラマ、幼稚園の先生のこと、ママたちの話題はあちこちに飛び火し、一瞬ぱっと燃え上がっては、また別の場所に火の粉が飛んだ。機銃掃射のような言葉のスピードについていけずに、私は耳を閉じてしまう。うん、うん、とただ笑顔で頷く人になってしまう。

父が銀行で昇進し、接待が増え、真夜中に帰ってきては、玄関先に吐物をまきちらすようなことがあっても、母は黙ってそれを片付け、なかったことにした、母のことを考えると、高性能の空気清浄器を思い浮かべる。空気清浄器がどんな仕事をしているのかなんて、具体的なところは誰も知らない。母がくるくると立ち働くことで、家の中は、清潔に、安全に保たれていたのに、その働きがどんなものなのか、おれは具体的に知らない。いや、知らなかった。人が食べ、寝て、生活することに、どれだけの時間と手間が必要か、おれは早紀と結婚をして、章博が生まれてきて、初めてそれを知ったのだ。

ある方向から見ると不幸に見える人を、別の方向から見ると平凡に見える。そしてまた別の方向から見れば幸福に見える。人間なんてそんなものなのかも知れない。

どんでん返しとか鬼気迫るとかスリルといったものがないのに、(ないからか)妙にリアリティがあってじっくり読ませてもらった。

自分では経験できないこと、自分では考える機会のないこと、自分には感じる能力がないことを体験させてくれる。そして自分の幅を広げてくれる。本にはそういう効能があるのかも知れない。

水やりはいつも深夜だけど

今日の一曲

短編のタイトルが植物に関係している。植物と言えばプラント。Robert Plantがリードボーカルを歌う、Led Zeppelinで"Kashmir"



では、また。
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