頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『1Q84 BOOK2』村上春樹

2009-09-03 | books

どう語ればよいのだろうか。率直な感想すら言葉で表現できない。勿論「面白かった」の一言では足りない。村上春樹の書く小説は、人物が希薄でストーリーがやや意味不明とのイメージを持っていたが、それらは完全に払拭された。人物は濃密だしストーリー展開がなんとも意外であり先が読めずスリリングだ。私にはこの小説がどんな話であるか説明できない。私が出来なくてもしてくれる人は多くいるからまあいいだろう。

以下に印象的な箇所を引用する。



「物語の中に、必然性のない小道具は持ち出すなということだよ。もしそこに拳銃が出てくれば、それは話のどこかで発射される必要がある。無駄な装飾をそぎ落とした小説を書くことをチェーホフは好んだ」(33頁より引用)



「なぜ自分自身を愛することが出来ないのか?それは他者を愛することが出来ないからです。人は誰かを愛することによって、そして誰かから愛されることによって、それらの行為を通して自分自身を愛する方法知るのです。僕の言っていることはわかりますか?」(178頁)



「世間のたいがいの人々は、実証可能な真実など求めてはいない。真実というのは大方の場合、あなたが言ったように、強い痛みを伴うものだ。そしてほとんどの人間は痛みの伴った真実なんぞ求めてはいない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しでも意味深く感じさせてくれるような、美しく心地よいお話なんだ。だからこそ宗教が成立する」 男は何度か首を回してから話を続けた。
「Aという説が、彼なり彼女なりの存在を意味深く見せてくれるなら、それは彼らにとって真実だし、Bという説が、彼なり彼女なりの存在を非力で矮小なものに見せるものであれば、それは偽物ということになる」(234頁)




「論議をするつもりはない。しかし覚えておいた方がいい。神は与え、神は奪う。あなたが与えられたことを知らずとも、神は与えたことをしっかり覚えている。彼らは何も忘れない。与えられた才能をできるだけ大事に使うことだ」(237頁)




「そう1984年も1Q84年も、原理的には同じ成り立ちのものだ。君が世界を信じなければ、またそこに愛がなければ、全てはまがい物に過ぎない。どちらの世界にあっても、どのような世界にあっても、仮説と事実を隔てる線は大方の場合目に映らない。その線は心の目で見るしかない」(273頁)




「光があるところには影がなくてはならないし、影のあるところには光がなくてはならない。光のない影はなく、また影のない光はない。カール・ユングはある本の中でこのようなことを語っている。
『影は、我々人間が前向きな存在であるの同じくらい、よこしまな存在である。我々が善良で優れた完璧な人間になろうと努めれば努めるほど、影は暗くよこしまで破壊的になろうする意思を明確にしていく。人が自らの容量を超えて完全になろうとするとき、陰は地獄に降りて悪魔となる。なぜならばこの自然界において、人が自分自身以上の物になることは、自分自身以下の物になるのと同じくらい罪深いことであるからだ』(276頁)




以上で引用終了。書いていて思ったのだが、どんな文章を引用するかでその引用者の人となりの一端が分かるような気がする。ゆえに自分の浅薄な奥底が透けて見えるような気がする。273頁から引用した文章がこの1Q84のメインテーマだと思ったのだがいかが?

我々が生きている時空間は虚構でもあり真実でもある。それを真実に変えるのは、真実の世界へ移動することではなく、自分の物の見方を変えるという行為である。なんだかいいことを言ってしまった。では、また。








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5 コメント

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村上春樹とグリコの共通点 (あお空)
2009-09-03 23:00:23
でもあえて言いましょう。
面白かったですよね!

イスラエルでの講演もあり、話題にも
事欠きませんでした。読んだ後に何か
と考えてしまうのが村上春樹の本の特長
ですね。

読んで面白く、その後考えることでまた
楽しい。一粒で2度おいしいってことで
お得になっております。
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村上春樹とCanCamの共通点 (ふる)
2009-09-04 18:40:27
★あお空さん、

俺読んでるんだよね、と声を大にして言いにくい・・・

私にしては尋常でないほど読むのに時間がかかったのですが、それは読みながら考えさせられたり思い出したりすることが多かったからですね。何しろもててもてて仕方がなかった幼稚園時代まで思い出してしまいましたから。はっはっは。

ファンタジーと哲学とリアルな人間が渾然一体となったすごい作品だと思います。面白かったと言うとそれは乙男が面白いのと同じレベルになっていまうような気がするので言いません。
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こんにちは♪ (ミチ)
2009-09-12 23:13:26
この本がとっても面白かったので、これまで合わなかった他の小説も再読してみようかな~と思ってるところです。
とりあえず、全くダメだった「ノルウェイの森」からでも・・・。
映画化されることですしね。

「もしそこに拳銃が出てくれば、それは話のどこかで発射される必要がある」
青豆さんの拳銃だけは発射されないでほしいと願っていたのですが・・・。
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コメ&TB、感謝です♪ (真紅)
2009-09-12 23:45:09
ふるさん、こんにちは。
私は昔から「村上春樹に偶然会って声をかけて一緒にお茶を飲む」のが夢でした。
2つまで実現されたふるさん、チョーーーーーー羨ましいです。
この小説は、今までのところの村上春樹の集大成であることは間違いないと思います。
続編があるのか、気になるところですね。
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こんにちは (ふる)
2009-09-15 12:27:29
★ミチさん、

薦められて、「ノルウェイの森」が出たばかりの頃読み始めたのですが、100頁ほど読んで断念しました。当時はまだ私には早すぎたのかも知れません。
ナイフを持って歩けば、使いたくなる。携帯を持てば、友達がいないのにメールを待つ。ビールを冷蔵庫に入れれば、呑んでしまう・・・ 物語性のあるモノを持つとそのモノの物語に人は左右されてしまう、というような読み方をしました。

★真紅さん、

そうですね、私なら中島らもに偶然酒場で会ってべろんべろんに呑むが夢でしょうか。実現できませんでしたが。
集大成である作品を最初に読んでしまった場合、その後何を読んでも1Q84を越えないと思ってしまうのでしょうか。そんなことないんでしょうね。続編はあったら読みたいですが、なくて別の作品が次に出たとしても読むと思います。
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