60代女性の半生を描く小説
冒頭、主人公の左織は風美子と家を買うかどうかの相談をしている。お互いに夫には先立たれた。左織の子どもはもう独立している。同世代の二人はなぜ一緒に住む家を探すのか、左織の記憶を辿って行く。左織が風美子と出会ったのは22歳のとき。銀座で声をかけられたのだった。風美子が言うのには、疎開先で一緒だったそうなのであるが、よく分からない。しかし、左織が誰かをいじめたようなかすかな記憶があって、それはもしかしたら、風美子だったのだろうか。左織はお見合いをして大学の研究者と結婚することになった。するとどういうわけか彼の弟と風美子が結婚することになった。それからずっと風美子は自分の人生にずかずかと土足で踏み込んでくるような感じがする。娘だって、自分よりも風美子になついたし。それはもしかすると、いじめられた仕返しなのだろうか……
ううむ。ううむ。最初は全然入り込めなかった。何がテーマなのかつかめなかった。しかし読み進めていくうちに、止められなくなった。
風美子に対する疑心暗鬼な気持ちが、ミステリー的趣向を盛り上げてくれる。復讐譚なのかどうかは読んでのお楽しみ。激動の昭和史と平凡な一人の女性の生き様も読み応えあり。人に歴史あり、と言うけれど、どんな人の伝記でも、描く人の技量さえあればすごく面白くなるということなのだと思う。左織から見た世界を描くのだから、そっちがつまらないわけがない。しかし最大の読みどころは、語り手左織の内面。
結婚して20年も経ち、子供を二人育てたのに、どこか子供っぽい。いい人ではあるのだけれど。(こういうことを書くと叱られるかも知れないけれど)左織の抱える悩みは、割と普遍的に、様々な中年女性と共有する問題ではないかと心密かに思っている。もちろん大きな声では言えない。
では、小さな声で、左織を一つのケース・スタディとして考えてみると、
1.大衆に迎合しやすく、思考することがない
2.身近なことばかり気になる
3.新しい考えを受け入れられない
4.自分の行動に責任がとれず、(心の中で、もしくは声に出して)他人のせいにしてしまう
その結果、娘から嫌われてしまうことになるのだ。それは娘の自立にとっては悪くないのかも知れないが、本人はそれで幸福にはなれないだろう。その真逆の状態を想像すると、娘と「友だち」になろうとする母親だろうか。これも、娘を「教育」する立場であることを放棄しているわけだからベストの状態とは言えないような気がする。
何が左織の幸せにつながるのか。いわゆる「ワイドショー好き思考停止おばさん」なのも、いわゆる「美魔女目指して若返りとか、娘と友だち的」なのも、あまりよくないような気がする。しかし母にも娘にもなったことがなく、これからもなれる予定がないので、確かなことは分からない。しかし、左織が「いい人」であることもまた否定できず、その辺もまた考えどころ。いい人でなければ、そもそもなぜ幸せになれないのだろうかなんて思わないし、本人も悩まないだろう。いい人であるということと、魅力的な人であるということは、かなり別次元なことなのだろうか。うーむ。
話を本に戻すと、正直こんなに楽しめるとは思わなかった。女性のあり方について、すごーーく考えさせてくれる、傑作だった。ストーリーも小説として充分に面白い。
そこの、自分たちのことを「女子」と呼んだりする、40歳以上のお嬢さんたち。左織と一緒に悩もうではないか。死ぬほど苦しもうではないか。そしてこの未完のケース・スタディを完成させようではないか。
以上、えらそーに書いてしまったけれど、他人にとやかく言えるような生き方をしていない、自分のことについても省みるヒントが多くあった。
今日の一曲
生きるとは旅すること。Herbie Hancock & Wayne Shorter QuartettでMaiden Voyage
では、また。
冒頭、主人公の左織は風美子と家を買うかどうかの相談をしている。お互いに夫には先立たれた。左織の子どもはもう独立している。同世代の二人はなぜ一緒に住む家を探すのか、左織の記憶を辿って行く。左織が風美子と出会ったのは22歳のとき。銀座で声をかけられたのだった。風美子が言うのには、疎開先で一緒だったそうなのであるが、よく分からない。しかし、左織が誰かをいじめたようなかすかな記憶があって、それはもしかしたら、風美子だったのだろうか。左織はお見合いをして大学の研究者と結婚することになった。するとどういうわけか彼の弟と風美子が結婚することになった。それからずっと風美子は自分の人生にずかずかと土足で踏み込んでくるような感じがする。娘だって、自分よりも風美子になついたし。それはもしかすると、いじめられた仕返しなのだろうか……
ううむ。ううむ。最初は全然入り込めなかった。何がテーマなのかつかめなかった。しかし読み進めていくうちに、止められなくなった。
風美子に対する疑心暗鬼な気持ちが、ミステリー的趣向を盛り上げてくれる。復讐譚なのかどうかは読んでのお楽しみ。激動の昭和史と平凡な一人の女性の生き様も読み応えあり。人に歴史あり、と言うけれど、どんな人の伝記でも、描く人の技量さえあればすごく面白くなるということなのだと思う。左織から見た世界を描くのだから、そっちがつまらないわけがない。しかし最大の読みどころは、語り手左織の内面。
結婚して20年も経ち、子供を二人育てたのに、どこか子供っぽい。いい人ではあるのだけれど。(こういうことを書くと叱られるかも知れないけれど)左織の抱える悩みは、割と普遍的に、様々な中年女性と共有する問題ではないかと心密かに思っている。もちろん大きな声では言えない。
では、小さな声で、左織を一つのケース・スタディとして考えてみると、
1.大衆に迎合しやすく、思考することがない
2.身近なことばかり気になる
3.新しい考えを受け入れられない
「そうやってぜんぶ人のせいにする」百々子はにやにや笑いで言った。「あなたみたいな生き方はまっぴら。なんにも逆らわないで、抗わないで、自分の頭で考えることもしないで、与えられたものをただ受け入れて、それでいて、うまくいかないとぜんぶ人のせいにする」
4.自分の行動に責任がとれず、(心の中で、もしくは声に出して)他人のせいにしてしまう
その結果、娘から嫌われてしまうことになるのだ。それは娘の自立にとっては悪くないのかも知れないが、本人はそれで幸福にはなれないだろう。その真逆の状態を想像すると、娘と「友だち」になろうとする母親だろうか。これも、娘を「教育」する立場であることを放棄しているわけだからベストの状態とは言えないような気がする。
何が左織の幸せにつながるのか。いわゆる「ワイドショー好き思考停止おばさん」なのも、いわゆる「美魔女目指して若返りとか、娘と友だち的」なのも、あまりよくないような気がする。しかし母にも娘にもなったことがなく、これからもなれる予定がないので、確かなことは分からない。しかし、左織が「いい人」であることもまた否定できず、その辺もまた考えどころ。いい人でなければ、そもそもなぜ幸せになれないのだろうかなんて思わないし、本人も悩まないだろう。いい人であるということと、魅力的な人であるということは、かなり別次元なことなのだろうか。うーむ。
話を本に戻すと、正直こんなに楽しめるとは思わなかった。女性のあり方について、すごーーく考えさせてくれる、傑作だった。ストーリーも小説として充分に面白い。
そこの、自分たちのことを「女子」と呼んだりする、40歳以上のお嬢さんたち。左織と一緒に悩もうではないか。死ぬほど苦しもうではないか。そしてこの未完のケース・スタディを完成させようではないか。
以上、えらそーに書いてしまったけれど、他人にとやかく言えるような生き方をしていない、自分のことについても省みるヒントが多くあった。
今日の一曲
生きるとは旅すること。Herbie Hancock & Wayne Shorter QuartettでMaiden Voyage
では、また。
「笹の舟で海をわたる」
主人公は、私の母と同じくらいの世代です。真面目に丁寧に生きてきたのに、母の幸福感はそれとは比例していないかもしれません。
価値観が大きく変わった時代。
姑に仕え、夫に従い、子どもを育て上げるという理想的とされた女性の生き方を、途中から否定され、経済的に自立することに重きが置かれ、豊かさの意味が変わってきたように見える時代を生きたことと、無関係ではないように思います。
私は、風美子のような女性が怖いです。社会的にも評価が高く、自立しているように見えて。多分人の痛みが伝わらない、空洞を抱えた女性に感じました。空洞を埋めるために、貪欲に幸福を手にしようとする女性。彼女のそばでは、しあわせにはなれない気がします。
母と娘が上手くいかないことがあるけれど、それは誰のせいでもなく、相性というのが、親子にもあるのだと、子育てをしてみてわかりました。
左織と娘の場合も、風美子という身近な他人の存在が良かったのか悪かったのか…
そんなことを思いました。
風美子には、(あまりよく覚えてないので、自分のレビューを読みながら、思い出そうとしています)おっしゃる通り、怖いものを感じましたね。
>主人公は、私の母と同じくらいの世代です。真面目に丁寧に生きてきたのに、母の幸福感はそれとは比例していないかもしれません。
>価値観が大きく変わった時代。
>姑に仕え、夫に従い、子どもを育て上げるという理想的とされた女性の生き方を、途中から否定され、経済的に自立することに重きが置かれ、豊かさの意味が変わってきたように見える時代を生きたことと、無関係ではないように思います。
女性の生き方は、昔よりも大きく変化してきたのでしょうね。家電製品が家事を楽にしたときや、ウーマンリブが叫ばれていたとき、景気後退によって夫一人の稼ぎでは食べられなくなったときなどいくつもの過程を経て。働きたくても働いてはいけないと言われた時代。働かないといけない時代。どちらが女性にとって良い時代なのでしょうか。
自分のレビューを読むと、左織のことが気になったようです。風美子に対する以上に、左織に対する「嫌悪感」のようなものが印象的だったらしいです。記憶があいまいですが。
>本を読み終えて、誰かと話がしたいなと思う時、たいてふるさんが読んでいらっしゃいます。うれしいです。
読んだ本のことをそれほど覚えていないので、恐縮です。