頭の中は魑魅魍魎

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『長女たち』篠田節子

2014-04-08 | books
離婚歴ありの四十女に六つ年下の三十男がずっと言い寄っていた。直美がずっと断り続けていたのは母の介護があるから。でも付き合うことになった。彼は埼玉から経堂に住む彼女の近くに越してくると言う。結婚が現実化すると彼から別れが告げられた。骨粗鬆症と認知症を患う母との生活。母の見る幻影「ユキ」 別の男と付き合いそうになると妨害しようとする母。ストーリーは意外な展開を迎える… 

というのが冒頭の<家守娘>という中編。介護のつらさだけはなく、まさかそう来るかという展開はまさにミステリ。怖いけれど面白い。この中篇が一番印象に残った。

二つ目の<ミッション>は、親の反対を押し切って勤めていた会社を辞め、国立大学の医学部に入り、奨学金返済せずにずむ僻地勤務をした頼子。母の担当医だった園田の影響を受けた。そして、インドの山奥ヒマラヤの麓で医療に携わる。という話。

三つ目の<ファーストレディ>は、母の介護。糖尿病を患っているのに、娘の言うことを全くきかずに甘いものを貪ろうとする。なぜ母はそのような行為に出るのかということがテーマ。これも面白かった。

薬や食べ物など西洋医学を持ち込まれて、寿命が延びた生活に関して、インドの奥地の薬草医は言う。

村人は目立って長生きするようになった。それで得られた寿命が二か月半か十年か、わからない。いずれにしても長生きした。それは事実だ。特に州の役人や外国人はそういう数字で、物事を判断する。デリーやムンバイや、ヨーロッパなどから医者は国際援助団体の人間が視察にやってきた。そして無邪気に、マトゥ村の園田の試みを褒め称えた。しかし実際のところ病いは減らずに逆に増えていったのだ。この世に少しだけ長く留まることになった代わりに、村人は病いを得た。長生きはできるようになったが、健康なまま死ぬことは叶わず、病いに苦しむようになった」

物が壊れたので部品を取り換えたりして、長く使用することはとても良い事だと我々は教えられる。物は大切にしましょうと。しかし、人体という製品については、あちこちをいじって本来の耐用年数を越えて使い続けることが良い事かというのが、介護の問題の根っ子にあるように思う。あちこちをいじったりして「使用できている」のならまだいいけれど、「死んでない。ただ生きている」というのは「使用できている」ということと同じではないような気がする。

長女たち

今日の一曲

ひとの死について、思いついたのは、ズバリ。「精霊流し」さだまさし。



フォークギターをつま弾いて練習していた頃、中学生。私は本当に青かった。

では、また。
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