Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

戦雲

2024年04月03日 | 映画
 ドキュメンタリー映画「戦雲」(いくさふむ)。タイトルの「戦雲」は石垣島に伝わる歌の言葉だ。「また戦雲(いくさふむ)が湧き出してくるよ。恐ろしくて眠れない」という内容だ。

 本作品は三上智恵監督が2015年から8年間にわたり撮り続けた映像を編集したもの。なんのストーリーも想定せずに、宮古島、石垣島そして与那国島に暮らす人々の日常を撮り続けた。急速に軍事化が進むそれらの島々で、人々は不安をかかえ、憤りをおぼえ、それでも慎ましい日々の生活を送る。そんな人々を撮り続けた。スクリーンからは三上監督の共感のこもった眼差しが感じられる。

 人々はマイクをもって自衛隊に訴える。「私たち住民は、戦争になったら、もしかすると避難することができるかもしれない。でもあなたたちは逃げられないんですよ」と。命が軽んじられるのは住民も自衛隊員も同じだ。ある人は基地のフェンス越しに自衛隊員に声をかける。「戦争になったら逃げてくださいよ」と。自衛隊員はそっと微笑む。ささやかな心の交流がある。

 たくさんの動物が登場する。与那国島は馬の産地だ。急ピッチに基地が整備されるいまでも、放牧された馬がいる。自衛隊の車両の前を馬がゆうゆうと横切る。大型航空機の目の前で馬が草をはむ。また、あれは宮古島だったか、ある家に子ヤギが入って走りまわる。母ヤギが心配そうに外で見守る。家の人が子ヤギを外に出す。母ヤギは子ヤギを連れていく。ある牧場では、母を亡くした子牛が、牧場主からミルクをもらう。子牛は牧場主についてまわる。母だと思っているのかもしれない。

 主要な登場人物が数人いる。たとえばカジキ漁の漁師。老人だが元気だ。カジキに足を突かれて大けがをする。それでも漁に出る。真っ青な海。白い雲。カジキは釣れるだろうか。また冒頭に掲げた「戦雲」の歌をうたう老女。その節回しは独特だ。だれにも真似ができない。老女が基地の前で座り込みをする。マイクをもって歌をうたう。声の伸びがすごい。失礼だが、老齢とは思えない。また前記の牧場主。「自衛隊が来れば経済が良くなるといわれたけど、かえってさびれてるんじゃない」という。

 エイサー(旧盆の踊り)やハーリー(漁船のレース)に興じる人々。島の軍事化に苦悩する人々にも楽しみがある。自衛隊の増強、弾薬庫の建設、ミサイル配備などで賛成派・反対派の分断が進む。その分断をもたらした者はだれか。島の有力者か。本作品からは「もっと他にいる」という示唆が伝わる。島の有力者も現場の自衛隊員も、振りまわされ、踊らされているのかもしれない。
(2024.3.18.ポレポレ東中野)
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