団塊太郎の徒然草

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「株式持ち合い」開示義務化

2009-08-05 13:28:41 | 日記
「株式持ち合い」開示義務化で見えてくる買収防衛策の副作用


  2008年度決算において3メガバンクが巨額の赤字を計上した。その最も大きな原因が「株式持ち合い」等によって生じた投資有価証券の評価損だ。なんと、3メガバンクの評価損額の合計は約1兆3000億円にも上るという。


 こうした動きを受けて金融庁は、今月6日、「株式持ち合い」の解消を促すために「持ち合い株に関する情報開示を義務化する」方針を明らかにした。早ければ2010年3月期の適用を目指すという。


 「株式持ち合い」は、買収防衛策としても導入されることが多いといわれているが、評価損によって企業の価値を下げることにもなりかねない上、コーポレート・ガバナンスの形骸化も引き起こす。今回は、連載第50回でも取り上げた「株式持ち合い」の問題点を改めて洗い出し、金融庁による開示義務化の効果について検討していきたい。


シナジー効果を生まない
「株式持ち合い」の悪影響とは


  先月、金融審議会は「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告」という分科会を行い、『上場企業等のコーポレート・ガバナンスの強化に向けて』という報告書を発表した。
 
 この中では、資金調達や取締役会のあり方、独立社外取締役の義務付け、監査役の機能の強化など、コーポレート・ガバナンスの強化に向けての方向性が打ち出されており、その中のひとつとして「株式持ち合い状況についての開示の促進」も提言されている。


 株式の持ち合いは、1990年代以降減少傾向にあった。ところが、2007年のスティールパートナーズによるブルドックソース買収と一連の事件以降、再び増加する。なぜなら、ブルドックソース事件以降、買収防衛策の決議で多数の株主の意思が重視される流れが強まり、企業が多くの株主を味方につけなければならない状況になってきたからだ。そこで、特に敵対的買収の脅威にさらされている企業同士が、必ずしも事業に関連性がなくとも株を相互保有し合うケースが増加してきた。この連載第50回でも取り上げた江崎グリコ、日清食品、東京放送(TBS)がその代表例である。



 一方、新日鉄が神戸製鋼所や住友金属工業と株を持ち合うケースの場合、折から吹き荒れていたミッタル・スティール社の敵対的買収攻勢に備えるという買収防衛策的な意味合いもあったのかもしれないが、互いに事業の関連性があるため、ゆるやかな連合を組むことで各々の得意分野に集中したり、重複している物流の合理化を進めたりといったシナジー効果を出すことができる。
 
 ところが、全く事業的に関連性のない会社同士の持ち合いが進んでしまう――。これは「資本や議決権の空洞化」を招く恐れがある。お互いの経営者に白紙委任をし合う関係になりかねないからだ。経営者が、自らの保身のために事業とは関係がなくともお互いを守り合い、口を出し合わないという都合のいい株主をつくることによって「株主によるガバナンス機能の形骸化」を引き起こすことにもなりかねない。


持ち合い株の下落が自社の株価下落を招く
“負のスパイラル”へ


 また、冒頭で述べたメガバンクのように市況変動によって持ち合いをしている会社の株価が下落することで、株を保有している会社の財務内容にも影響を与えることになる。株価の下落と業績の悪化のスパイラルに陥ることになってしまうのだ。その背景にあるのが、会計ビッグバンと呼ばれる一連の会計近代化の流れの中で、時価会計が導入されてきたことである。


 かつては、基本的に取得原価主義で投資有価証券が帳簿上評価されており、右肩上がりの相場環境の下では、相場変動が業績に与える影響は比較的少なかったといえる。しかし、取得原価主義から時価主義への流れの中で、株式にも時価評価が導入されると、保有している有価証券の価格変動が業績に直結することになりかねない。
 
 つまり、持ち合い相手企業の株価の下落がそのまま自社の企業価値の低下に直結しかねない状況になったのだ。そういう点で、株式の持ち合いがそのまま維持されることで、財務内容に悪影響を及ぼし、本業にも影響がでてしまう。ひいては、資金調達コストが上がるなど、資金調達にも悪影響を及ぼすことになるだろう。



“相互に保有する株”の開示では
根本的な解決にはならない


  本来、会社を守るために導入をされたはずの「株式持ち合い」。しかし、実際は会社を守るというよりは経営者の保身のためともいうべきものと受け取られやすいとの判断からか、多くの会社では、たまたまお互いが投資有価証券として保有しているだけの「純投資」と位置づけ、「持ち合い株式」を正面切って認めている例は少ない。そういった配慮から、『上場企業等のコーポレート・ガバナンスの強化に向けて』の中でも「財務諸表等で捉えられてきた契約や支配関係では表れないようなビジネス上の関係となり、上場会社等の経営に影響を及ぼし得るものであることから、この状況は、投資者の投資判断に際して重要な情報である」と指摘し、開示を促している。


 ただ、今回の「株式持ち合い開示の対象」になるのが“相互に保有する株”ということになると、おそらく、株式の持ち合いを巧妙な三角持合(例えば、A社がB社の株式を保有して、B社がC社の株式を保有して、C社がA社の株式を保有する)や循環的な相互保有関係(同様にA→B→C→D→A)に組みなおすという会社がでてくるはずだ。そこで『上場企業等のコーポレート・ガバナンスの強化に向けて』でも、「相互に又は多角的に明示・暗示の合意のもとで、株式を持ち合っているような一定の持ち合い状況の開示について」も制度化すべきとしており、多角的な保有にも警鐘を鳴らしている。
 
 事業上関係のない会社の株を持っていたとしても、評価損がでているときは責められる可能性があるが、余裕資金を投資有価証券として運用すること自体は間違っているわけではない。だが、その保有額が多額で相互に保有していることになれば、他の株主の議決権が実質的に制限されることになりかねないので、議決権を制限すべきだという考え方になる。議決権を相互に白紙委任し続けるというのは、健全ではなく、現に4分の1以上の議決権を有している会社は、議決権が行使することができない(会社法308条1項括弧内)。
 
 しかし、この4分の1という基準が本当に妥当なのかどうかということになると、疑問が残る。将来的には、持ち合い株式全てについて議決権の行使を制限するということも考えられるのではないだろうか。本来であれば、経営者に白紙委任化されている持ち合い株式以外の株主の判断で、決断されるべきだ。ただその場合、どの範囲までが持ち合いといえるのか、という判断も非常に難しい。
第50回の江崎グリコ、TBSなどの、業務提携しているわけではなく相互保有しているケースは分かりやすいが、多角的な保有である、三角持合や複雑で循環的な相互保有関係の場合は持ち合いを見抜きにくい。


  そういった点で、投資有価証券について「どういう目的で」「いつから買っているのか」、という様な事項をきちんと説明するのが本来は望ましいだろう。持ち合い状況の内容だけを開示するだけでなく、すべての投資有価証券について取得の目的と内容を明らかにすれば、株主から「なぜこのような株を持っているのか」や「もっと設備投資や製品の開発に資金を振り向けるべき」などといった意見が出てくる可能性が高く、コーポレート・ガバナンスの強化につながるはずだ。


「株式持ち合い開示」は
他の施策と同時に行われるべき


 未だ課題の多い「株式持ち合い」 問題だが、現在、解消に向けて設置されているものが1つある。それが、銀行等保有株式取得機構だ。銀行の経営の健全性確保と過度の信用収縮を防止する観点から、時限措置として平成24年3月末まで設置をし、銀行等の保有株式の取得を再開している。
 
 銀行等保有株式取得機構は、買い取り枠を20兆円と設定しており、“受け皿”として設置されたことによって、金融機関の持ち合い株式はかなり減少している。買い取り額も、6月単月実績は合計で約990億円と約43億円だった5月の約20倍となった。
 
 持ち合いの解消を進め、株主によるガバナンス機能の強化を図っていく観点からも積極的に活用されることが必要だ。その一方で、この制度の活用などを通じて株式の保有構造の転換を円滑に進めていかなければならない。「受け皿となる個人や個人を最終受益者とする機関投資家による投資の促進が重要であり、(中略)個人の資産形成尾促進スキームの導入を含め、このための一層の環境整備が進められるべきである」とスタディグループの報告書にも書かれている。
 
 このように「株式持ち合い状況を開示する」というだけでは、根本的な問題の解消にはならない。きちんとした受け皿をつくることで、コーポレート・ガバナンスが働くような仕組みをつくることが大切だ。「株式持ち合い状況の開示」は、コーポレート・ガバナンス実現のためなどに必要な1つの手段であって、他の様々な施策と一緒に行われなければ意味がないだろう。


 そして、今回取り上げた「株式持ち合い」は、それだけで捉えられるべき狭い問題ではない。コーポレート・ガバナンスの実現や国際会計基準に合致するために内在する問題の一部なのである。そうした意味で今後この問題は、単独で取り上げられるべきではなく、金融・資本市場の健全化という非常に大きな流れの中で議論されていくべきなのであろう。
ダイヤモンド 永沢徹(弁護士)


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