2012年秋に実施された新国立競技場の基本計画の国際デザイン・コンクールの詳細な選考過程がようやく明らかになった。事業主体である日本スポーツ振興センターが5月30日、報告書をウェブサイト上で公表した。国際デザイン・コンクールには46点(国内12点、海外34点)の応募があった。最優秀賞に選ばれたのはイギリスの設計事務所、ザハ・ハディド・アーキテクツ。なぜザハ案が選ばれたのか、最終審査での“激論”が明らかになった。
2014/06/04 日経アーキテクチュア
応募作品の提出を締め切ったのは2012年9月25日。JSCは同年10月16日に一次審査を実施。最優秀賞を決める二次審査に進む作品として、国内4点、海外7点の計11点に絞り込んだ。同年11月7日に二次審査を行い、同年11月15日に最優秀賞を公表した(関連記事:「妹島vsザハ」新国立コンペを読者の声で分析)。審査委員長を務めた建築家の安藤忠雄氏が審査結果と講評を発表した。報道陣を前に、「満場一致で最優秀案とした」と強調したが、一連の詳細な経緯は明らかにされていなかった(関連記事:ザハが選ばれた理由、新国立コンペの審査講評全文)。
一次審査前に技術調査
報告書によれば、選考過程は次のようなものだった。一次審査に先立つ9月26日から10月8日にかけて、技術調査が行われた。応募作品について、作品の実現性、募集要項に規定した予条件や法令などへの充足状況などを確認した。技術調査での主な確認事項は、(1)可動席、(2)スタジアムへのアクセスや入退場の動線計画、(3)音響環境、(4)省エネ技術、(5)屋根の開閉機構、(6)工期――だった。
これらの事項について、建築の各分野の専門性を有する技術調査員らが確認し、「○(実現可能)」、「△(設計段階で重大な調整が必要)」、「×(明らかに実現不可能)」の3段階で評価した。10月8日に技術調査会議が開かれ、技術調査員による評価を確認した。
一方、9月26日から10月12日にかけて、日本人の審査委員による予備審査が行われた。応募作品の審査をスムーズに行うのが目的。応募者の匿名性を確保したうえで、「仮推薦作品」を選定した。この際、作品数は限定しなかったという。
一次審査では6点が過半数の票獲得
10月16日に開いた一次審査では、各審査委員による仮推薦作品と、技術調査会議の結果に基づいて、二次審査に進む作品を選定した。予備審査で推薦が1票以下だった作品については審議対象から外した。得票が過半数を集めた作品については、技術調査の結果で明らかに実現不可能と評価された項目がないことを確認して、二次審査の対象作品として選定した。
この段階で選ばれたのは6点。コックス・アーキテクチャー、ユーエヌスタジオ/ヤマシタセッケイ、ザハ・ハディド・アーキテクツ、タバンルオールー・アーキッテクトス・コンサルタンシー、SANAA+日建設計、環境デザイン研究所だった。
過半数に満たなかったが2票から4票の複数票を獲得した作品は15点あった。これらは技術調査の結果を踏まえたうえで、審査が行われた。安藤委員長からは「デザイン競技の趣旨から、この段階では実現性に多少の難しさがあってもユニークな挑戦的な作品を残しても良いのではないか」といった意見があり、特徴のあるシンボリックな作品を選定することにした。ここでは、利活用の観点も踏まえて選んだという。
こうして残る5点が選定された。ポピュラス、ドレルゴットメ・タネ/アーシテクト & アー+アーシテクチゥール、梓設計、伊東豊雄建築設計事務所、ゲーエムペー・インターナツィオナル・ゲーエムベーハーだ。
計11点が二次審査に進んだ(関連記事:新国立競技場コンペ、11点が最終審査に)。一次審査の最後に、敷地条件など課題がある部分の取り扱いについては、事務局から応募者に確認することで了承された
二次審査は再投票に
二次審査では、各審査委員が1位から3位までの順位付けを行い、各作品について評価とコメントを行った。外国人審査委員2人(リチャード・ロジャース氏、ノーマン・フォスター氏)については、事務局が設計事務所に11作品のパネルを持参し、1位から3位までの順位付けとコメントをもらったという
二次審査の観点は5点。(1)未来を示すデザイン、(2)スポーツ・イベントの際の実現性、(3)技術的チャレンジ、(4)実現性、(5)その他、評価すべきポイント――といったものだった。
二次審査では、事務局が敷地の使い方などについて応募者に確認が取れた旨が報告された。続けて、各審査委員がそれぞれ順位付けと意見を発表した。各審査委員による評価で1位評価の多かった上位3点を入賞作品とすることが決まった。コックス・アーキテクチャー、ザハ・ハディド・アーキテクツ、SANAA+日建設計である。
3案のうち突出した評価を得た作品はなく、順位付けはそれぞれの作品について意見交換を行ったうえで再投票することにした。再投票の結果に際しても外国人審査委員の結果を考慮することにした。
審議では、敷地の使い方や構造、音響、可動席、芝生の育成、デザインの普遍性や実現性などが幅広く議論された。安藤委員長は次のように語ったという。「技術的な問題と機能的な問題に加えて、高さの問題、景観の問題もしっかりと考えなければならない。どの案としても、提案者と相当の議論が必要である」
議論を受けて再投票を実施。各審査委員が3作品について順位付けと意見を発表した。3作品全体に対する意見では、「明治神宮の歴史を見ると、内苑は伝統様式でつくる。一方、外苑はヨーロッパ的な、外から来たものを積極的に取り入れている。ある種の異物、近未来的なものがあってもおかしくないという観点で評価した」、「一番重要なのは、競技者の気持ちが集中できるか、観客が集中して見られるかが重要である」といった声が上がった。
ザハ案に対する評価
3案を審査委員はどう評価したのか。報告書では、発言者名を伏せた形で各案へのコメントが記されている。
ザハ案には次のような意見が寄せられた。
・デザインの斬新さ、未来志向、世界に対する情報発信、日本の実力を見せる技術的部分から見ても抜きん出ている。
・強烈でユニークなデザインであり、オリンピックスタジアムにふさわしい。プロムナードが祝祭の雰囲気をもたらす。
・技術的に解決あるいは調整しなければならない箇所はあるが、チャレンジするに値する造形で、オリンピックに必要なインパクトがある。
・メッセージ性と日本の技術、チャレンジ精神を世界に発信できる。芝生の問題、高さの問題もある。
・日本の現状から見て、少しチャレンジブルなものがあってもおかしくない。技術的には可能だろうが、コストがかかることが懸念される。
・エレベーテッドパス(2・3階)に上がるエントランスの修正が条件となる。加えて、施設面の提案も不十分で補強が必要である。
・ダイナミックで面白いが、内部空間の性格と外形がつながらない。天井面が強烈で、競技者にとってどうか懸念される。
・線路を越える部分を変更すると、デザインイメージが大きく替わってしまうことが懸念される。下部構造について提案がなく、今後検討すべきことが多い。
コックス案に対する評価
コックス案には次のような意見があった。
・最も完成度が高く、変更が生じてもコンセプトが大きく崩れない提案である。オリジナリティという面については、もう少し工夫が必要である。
・ナショナルスタジアムとしての品格と、イベントを行うフレキシビリティがある。完成度が高く、技術的にもギャランティーできる。
・スケルトンな雰囲気で、ランドマーク的建物になる。フィールドが昇降型になっているなど、使い勝手やデザインを含めて臨場感あるスタジアムが実現できる。
・ジオデシックな構造イメージで、美しい形である。
・オリジナリティにはかけるが、シンプルで建設しやすい。周辺環境を含めた提案にはなっていない。構造は合理的でないように見えるが、実現可能性は高い。
・まとまっているが、神宮外苑にこの形が置かれるのがよいか疑問が残る。
・モニュメント性に欠ける。
SANAA+日建設計案に対する評価
SANAA+日建設計案に対する意見は次のようなものだった。
・競技やイベントに対する求心性が確保されており、外観も存在感がある。音響処理上も優れている。
・よく調査されており、周辺環境とも調和している。開口部や芝生などイベントとスポーツの両立を最もよく工夫している。
・都市との一体感が感じられる。
・自然との親和性に近いイメージで、成熟国家の競技場として共感できる。細かい部分が不明で、もう少し具体の提案が欲しかった。本当に実現可能か懸念が残る。
・うねるようなカーブでまとめていて、現代的な表現である。ひだとひだの間の処理ができるかどうか懸念される。
・アイディアは良いが、3次曲面の処理の仕方が不明で、メンテナンス等の課題をクリアできるか懸念される。
・波型の屋根のコントロールや管理が難しいことが懸念される
最後の決め手は「世界に発信する力」
結局、再投票でも評価は分かれた。そこで、「日本が世界に発信する力」という観点から再び議論。その結果、実現性を含め、強いメッセージ性と日本の技術を世界に示すことのできる最も優れた作品として、最優秀賞にザハ・ハディド・アーキテクツを選定。委員会の総意として、優秀賞にコックス・アーキテクチャー、入選作品にSANAA+日建設計を決定した。外国人審査委員2人には、安藤委員長から国際電話で選定過程と結果を報告し、了承を得た。
安藤委員長は、ザハ案について課題があることを認めつつ、次のように期待感を示した。「日本の閉塞的な状況を打ち破る意味でも、ワールドカップやオリンピック、そして壮大なスケールのエンターテイメントができることを期待している」、「最優秀案は相当な技術力が必要である。これが日本でできるとなれば、世界へのインパクトがある。材料、工法、構造技術、設備技術について、日本の優秀さを世界にアピールできて、世界中の人たちから注目を集めることができたら素晴らしい」
全46作品の応募者も公表
報告書では審査経緯のほか、全46点の外観・内観パースと応募者名を記載している。また、審査要綱や募集要項、応募者との質疑応答の内容についても公表している。
46点の応募作品の提出者名(提出順、カッコ内は所在地のある国・地域)
▼Jackson Architecture〔オーストラリア〕▼Cox Architecture〔オーストラリア〕▼U+EA(Derek Wilson Architects + Atelier Ashley Munday)〔英国〕▼Herzog & de Meuron Basel Ltd〔スイス〕▼Antoine Predock Architect PC〔米国〕▼COOP HIMMELB(L)AU Wolf D.Prix & Partner ZT GmbH〔オーストリア〕▼SV60 arquitectos〔スペイン〕▼stadiumconcept design consulting〔ドイツ〕▼POPULOUS〔英国〕▼Heery International,Inc.〔米国〕▼Andrea Maffei Architects s.r.l./Yoshiko Hiroshi Architect Office/Studio Tecnico Majowiecki/Kankyo-Engineering Co,Ltd.〔イタリア〕▼UNStudio/Yamashita Sekkei Inc.〔オランダ〕▼Architectural Systems Office〔スイス〕▼MOREAU KUSUNOKI/Egis Batiment International〔フランス〕▼DE LA CARRERA CAVANZO + MEMA ARQUITECTOS〔コロンビア〕▼李祖原総合建築師事務所/環境設計研究室/ムダン空間工作所/Gerd Zimmermann〔台湾〕▼Zaha Hadid Architects〔英国〕▼Crawford Architects〔米国〕▼Rafael Vinoly Architects〔米国〕▼David Chipperfield Architects Gesellschaft von Architekten mbH〔ドイツ〕▼FMA,Farshid Moussavi Architect + KSS Group〔英国〕▼IDEA IMAGE INSTITUTE OF ARCHITECTS(IIIA)〔韓国〕▼黒川・DNA・オリエンタルコンサルタンツ・ナインステップス設計共同企業体〔日本〕▼TABANLIOGLU Architects Consultancy Limited Company〔トルコ〕▼昭和設計〔日本〕▼DORELL. GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS & A+ARCHITECTURE〔フランス〕▼劉培森建築師事務所〔台湾〕▼遠藤秀平建築研究所+Schulitz+Partner Architects〔日本〕▼坂茂建築設計/Atelier Frei Otto + Partne/松田平田設計〔日本〕▼Xaveer De Geyter Architecten B.V.B.A〔ベルギー〕▼針生承一建築研究所〔日本〕▼梓設計〔日本〕▼伊東豊雄建築設計事務所〔日本〕▼SANAA+日建設計〔日本〕▼gmp・International GmbH〔ドイツ〕▼佐藤総合計画〔日本〕▼環境デザイン研究所〔日本〕▼Pelli Clarke Pelli Architects & Kume Sekkei〔米国〕▼鶴岡・泉・吉田建築設計室〔日本〕▼SOUTO MOURA - ARQUITECTOS,S.A.〔ポルトガル〕▼DiG Sowinscy Architekci Sp.J. (+Szymon Kalata Studio Kalata+Przemyslaw Tymoszuk VIVA ARQUITECTURA!〔ポーランド〕▼Zwarts & Jansma Architects〔オランダ〕▼EGA_ERIK GIUDICE ARCHITECTURE〔フランス〕▼アイ・アイ・イー国際環境研究所、中田捷夫研究室、テーテンス事務所、アトリエテン〔日本〕▼M. Arthur Gensler Jr & Associates,Inc.〔米国〕▼Jakupa Architects & Urban Designers in association with Tsai Design Studio〔南アフリカ〕
国立競技場でファイナルイベント
14年7月に迫った現国立競技場の解体を前に、JSCは5月28日に開いた有識者会議の会合で基本設計案を公表した(関連記事:新国立の基本設計公表、開閉式屋根は「遮音装置」 )。5月31日には現国立競技場でファイナルイベントを開催した。
JSC広報室は日経アーキテクチュアの取材に対し、報告書をこのタイミングで公表したことについて、「鋭意作成してきていたが、このたび完成したので改めて報告させていただいた」と説明した。JSCは今後、基本設計を説明する場を設ける方針だが、「現時点では内容や時期、対象者は未定」(同広報室)だ。
新国立競技場、安藤忠雄氏の説明は「まるで他人事」 「お金のことは考えなかったのか」との批判が
建築家の安藤忠雄さんが2015年7月16日に行った記者会見での発言に「まるで他人事」「酷い責任逃れ」などと批判の声が挙がった。
若者にツケ回すカネ食い虫新国立競技場
新国立競技場の建設費用が当初1300億円から2520億円に膨れ上がった問題の「犯人探し」が行われる中で、建築費高騰を招くデザインを決定した責任者の安藤さんは、「我々が頼まれたのは約3年前のデザイン案選定まで」「1人の国民として『なんとかならんかな』と思っています」などと語ったからだ。
■1300億円の予算だったが1800億円になるかもと思っていた
今回の記者会見は15年7月7日に開かれた日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議の記者会見に安藤さんが欠席し「逃亡した」などと騒がれたため、単独で開くことになった。有識者会議の記者会見では建設費用が2520億円に膨れ上がった理由について、消費税の増加分や建設資材や労務費の高騰、そしてデザインの特殊性があげられ、構造の根幹である2本の巨大な「キールアーチ」にかかる費用が765億円増えた、などという説明があった。新国立競技場のデザイン選定で審査委員長を務めたのが安藤さんで、このデザインこそが諸悪の根源のような言われ方をしていた。
7月16日の会見で安藤さんはまず、7日の欠席は事前に大阪での講演会の予定が入っていたためだと語った。そして「すべて安藤さんの責任や」と言われているのはおかしな話なので、「何でも聞いてほしい」と記者に語りかけた。
安藤さんによると、新国立競技場の建設に関して頼まれたのは12年11月までで、デザインを選ぶのが仕事だった。デザインを決めた後で形にするまでの相談は受けるつもりだったが、そんなものは一切なかった、とした。
さらに、デザイン選定については、
「ダイナミックで斬新であり、何よりもシンボリックだったから。オリンピック誘致に成功してほしいと思ったからかもしれないし、世界中の人が見る芸術だとも思っているから難しい建築工事を日本ならできることを示したかった」
と説明した。
工事費の高騰には、
「アイデアのコンペだったため図面がきっちりあったわけではないし、徹底したコストの議論にはなっていなかった。私は物価の上昇もあるので基本設計で1700億~1800億円になるかも、と思っていた。建築とはそういうもので、例えば3000万円の予算で家を建てようとすると基本設計で3700万円ぐらいかかると言われることがある。後は調整の問題で、いかに3000万円の予算に近付けるようにするかが普通のやり方だ」
などと語った。
「予算内で建設出来ない案を採用したのはあんたじゃないの」
そして建設費用が2520億円に膨れ上がったことについてはこう語った。
「2520億円と聞いたときには『えええぇぇ?』『本当?』と口にしてしまった。キールアーチに追加で700億円の費用がかかることを新聞で知ったけれども、1300億円の時にもアーチは存在していて急に付けることになったわけではない。国民は『何、考えとんねん』と思っていますし、私も審査委員長としてというよりも、1人の国民として『なんとかならんかな』と思っています」
あくまで自分はデザインを選定するまでが仕事であり、その後は何もタッチしていないことを強調した。リーダーは誰なのかという質問には文部科学大臣か、総理大臣か、などと言葉を濁した後に「私が決められるわけじゃない」と突っぱねた。
ネットでは、謝罪の言葉を期待していた人が多く、責任逃れをしているとしか受け止められない、といった批判が多く出た。経済評論家の池田信夫さんは15年7月16日にツイッターで、
「安藤さんは『予算のことは考えないで、アイディアとしてザハ案に決めた。あの案で工夫して1300億に下がらんのか』と、まるで他人事みたいに言っていた。下がるぐらいなら、こんな騒ぎにらなんでんしょ」
などと苦言を呈した。ネットの掲示板などにも、
「一言でいって安藤は無責任だと思うね」
「予算内で建設出来ない案を採用したのはあんたじゃないの」
「ひとごと過ぎる。良い人アピールが上手いのはわかったけど、そんなのでだまされたくない。誠意がなさすぎる」
「自分たちはデザインを選んだだけで費用まで知らないとか言うが。まず費用的に実現可能なデザインを選ばなきゃいかんよ」
などといった意見が出ている。J-CASTニュース 7月17日(金)18時49分配信