ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

母体搬送の受け入れ先決定までに時間を要した事例(その5)

2008年10月31日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

妊婦さんの状態が急変し、一刻を争うような緊迫した状況の中で、患者さんの受け入れ医療機関がなかなか決まらず、患者さんや御家族は本当につらく悲しい思いをされました。近隣には日本を代表するような大病院が多数あるにもかかわらず、受け入れてくれる高次医療機関がなかなか決まりませんでした。

『一刻を争うような緊急事態が発生してから、受け入れ医療機関を探し始める』という現在の患者搬送システムに一番の問題があることは間違いありません。この搬送システムを改善しない限り、同様の事態はいつでも何度でも発生する可能性があると思います。現在の搬送システムの問題点を検証し、早急にシステムを改善する必要があります。

根本的には、『周産期医療や救急医療に従事する医師の数が圧倒的に不足している』ことが問題の原因です。この問題を解決するためには、『全国各地で周産期医療や救急医療に従事する医師の数が増えるような長期的な施策』が必要だと思います。

必死の思いで頑張った現場の医師達をバッシングしても何にもなりません。離職者が増えて事態がますます悪化するだけです。一番悲しい思いをした患者さんの御主人が、『医療関係者はみんな一生懸命やってくれた。誰も責めない。妻の死で明らかになった現在の問題点を、みんなで力を合わせて解決してほしい。』と涙ながらに会見していた姿に、日本中の多くの人が感銘を受けました。私も、御主人の会見をニュース番組で見て、これからも精一杯頑張りたいという気持ちになりました。現場で必死で頑張っている多くの医療関係者達が、みんな同じ気持ちになったと思います。

母体搬送の受け入れ先決定までに時間を要した事例

母体搬送の受け入れ先決定までに時間を要した事例(その2)

母体搬送の受け入れ先決定までに時間を要した事例(その3)

母体搬送の受け入れ先決定までに時間を要した事例(その4)

*** 産科医療協議会・声明文、2008年10月30日

声   明   文

平成20年10月30日

産科医療協議会

 日本の首都東京で大変悲しい出来事がありました。亡くなられた妊婦さん、ご家族の皆様に心からの哀悼の意を込めて、新しい生命・家族の誕生を心待ちにされていた皆様の悲しい、悔しいお気持ちをお察し申しあげる次第です。

 私達、産科医療協議会は、全国の周産期医療の現場で働く産科医が周産期医療・産科医療の向上を目的に個人の立場で集っているグループです。周産期医療に従事する医師として声明を発表いたします。

 今回の悲しい出来事は、周産期医療の最後の砦とされる総合周産期母子医療センターで発生しました。尊い命を失ってしまったことに、深い悲しみを私達は感じています。国民の医療に対する信頼と期待に応えることができなかったことは痛恨の極みです。今私達にできることは、なぜこのような事態になってしまったのかを検証し、再発の防止に努めることだと考えています。
 医療の最後の砦を担うことは大きな責任を負うことになります。その責任を負う施設には応分の支援が行われなければなりません。同時にその施設に従事する医師には相応の責任が課せられるのです。医師はその責務を全うすべく努力しますが、個人の力には限りがあります。個々の医師の能力をいかんなく発揮するためには人員と施設の整備が不可欠です。このバランスを欠いたマンパワー不足の状況が放置された中で、悲しい出来事が発生しました。
 状態が急変する中で、受入先がなかなか決まらず、妊婦さんとそのご家族はどれほどの不安と恐怖を感じられたことでしょう。生命の危機に瀕し、一刻を争う状況にある患者さんを受け入れてくれる高次施設を探し続けるとき、現場の医師はどんなに悔しい思いをしたことでしょう。その一方、要請を受けて断らざるを得なかった若い医師が、今回の結果に受けた衝撃も計り知れません。そのような状況に対応することができるはずの高次施設から医師がいなくならないような方策は本当になかったのでしょうか。

 この事態を私達は心から憂いています。私達は医師として救命に努めたいのです。不幸な出来事を繰り返さないためには就労状況の整備をはじめとする勤務医をとりまく環境を見直す必要があります。搬送先にどのように情報を伝えたかというような、緊急事態が発生している中でのやり取りを問題にするのではなく、搬送システムそのものの問題を議論するべきです。勤務医が安心して診療できる環境があってはじめて、1次施設も緊急事態に対応できるのです。そしてこれこそが患者さんが安心して診療を受けることができる環境なのです。
 産科医や新生児科医は以前から絶対数が不足しています。いつでも救急対応のできる周産期センターを全国各地で整備、維持することはきわめて難しく、地域によっては到底無理という意見もありました。それでも私達は、高次医療施設を中心とした周産期医療体制を確立する方向性は正しいと信じ、厳しい勤務条件をいとわず、日夜努力を続けています。周産期センターの産科医は法定の労働時間をはるかに超える勤務を行っています。それに対して適正な報酬が支払われているとはいえず、過酷な勤務に耐えられなくなる医師もいます。残った産科医師は、そのような中で、妊産婦さんと赤ちゃんのために働き続けています。
 周産期センターに母体搬送の依頼があっても、引き受けることができない場合があります。その理由の大部分は産科だけの問題ではなく、生まれることが予測されている重症の新生児のためのベッド(NICUの病床)が足りないからなのです。周産期医療はお母さんと赤ちゃんの両方のための医療です。今回母体搬送を断った多くの周産期センターの理由もこのためです。母と子の両方のベッドが確保できなければ母体搬送を受け入れることはできないのです。

 私ども産科医はこれからもお母さんと赤ちゃんのために全力をつくしていきます。産科医療協議会として、以下のことを提言いたします。

1) 行政、病院設立母体、医療関係者、妊産婦ならびにその家族、すべての関係者が、地域における周産期医療システムの整備と円滑な運用に協力すること。

2) 行政に対して:NICUベッドの確保をはじめとする周産期医療体制の維持に必要な医療資源とチーム医療で妊婦ならびに赤ちゃんを支えるシステムを早急に整備すること。救急医療と周産期医療の連携強化体制充実のための施策を早急にとること。特に、母体救命の際には地域の実情にあった迅速な搬送のルールを明確にすること。各地の周産期医療協議会で議論された内容を広く公開し、妊婦さんにより良いシステムを構築すること。

3) 医療機関とその設立母体に対して:分娩取扱施設および周産期センターの勤務者(医師、助産師、看護師)の勤務実態を把握して、必要な人員の補充などの改善を図ること。その勤務の内容を正当に評価して、医療従事者が働きがいのある職場環境を整備すること。

 私達はここに声を大にして訴えます。高次医療機関に従事する医師が診療に専念できるように、医療行政は本気で取り組んでいただきたい。日本の母と子を守るために、医師、患者家族そして行政が一丸となって最善の方策を講じる努力を行っていかなければならないのです。根本的な診療システムの再構築に早急に着手することを強く望みます。

産科医療協議会 コアメンバー:
海野信也(北里大学医学部産婦人科教授)
川鰭市郎(長良医療センター周産期センター長)
久保隆彦(国立成育医療センター産科医長)
斉藤滋(富山大学医学部産婦人科教授)
篠塚憲男(胎児医学研究所代表)
中井章人(日本医科大学多摩永山病院産婦人科教授)
松田義雄(東京女子医科大学産婦人科教授)
松原茂樹(自治医科大学産婦人科教授)

なおこの声明文をお読みになられた墨東病院で奥様を亡くされたご主人様から以下のコメントを頂いています。
「この度の皆様方の声明に対して、深く感謝申し上げると共に、心強く感じております。 決して恵まれたとは言えない環境の中、ご苦労が絶えないことと思いますが、決して屈することなく、命を取り出すという重責ある、尊い仕事を誇りを持ってまっとうして頂くことを心よりお願い申し上げます。」

(産科医療協議会・声明文、2008年10月30日)

****** アメーバニュース、2008年10月29日
http://news.ameba.jp/domestic/2008/10/19690.html

妊婦死亡問題 誰も責めない夫の会見に感銘する声

 東京都内で8つの医療機関から救急搬送を断られた妊婦(36)が3日後に脳内出血で死亡したことを受け、彼女の夫(36)が27日に厚生労働省で記者会見を開いた。その会見内容を知った人々が感銘を含め、ネットで様々な意見を述べている。

 テレビ等の各種メディアでは、最終的に妊婦を受け入れた都立墨東病院を非難する例が目立っていた。同病院側が一度は受け入れを拒否したことや、「総合周産期母子医療センター」という指定を受けていながらも、産婦人科医の減少のために受け入れ態勢が整っていなかったからだ。また、石原慎太郎東京都知事(76)や舛添要一厚生労働大臣(59)が、責任の所在を互いになすり付けあったことも報道に拍車をかけた。

 しかし、当の男性は、病院側を始めとする医療現場や行政を責めるどころか「妻が浮き彫りにしてくれた問題を、力を合わせて改善してほしい。安心して赤ちゃんを産める社会になることを願っている」「何かが変われば『これを変えたのはおまえのお母さんだよ』と子供に言ってあげたい」などとコメント。

 また妻が亡くなる日に、医師や看護師が保育器に入ったままの赤ちゃんを妻の腕に抱かせてくれたおかげで、親子水入らずの短い時を過ごせたというエピソードを披露。「墨東病院の医師も看護師も本当に良くしてくれた。彼らが傷つかないようにしてほしい」と話した。

 ネットでは、「なんて立派な人なのだろう、こういう人のためなら今から産科目指して勉強し直そう、この惨状を放ってはおけない!」「病院を訴えてやるだの賠償責任だのいう人が多い中で、奥様を亡くされたのにここまで言える方はいないと思います」などと男性の対応を称える声が多く見られた。

 また、「医療崩壊は、国民全体で力を合わせて解決すべき問題だと思います」「安心して産める世の中になってほしいです」などと医療現場の改善を願う声も多く見られた。

(アメーバニュース、2008年10月29日)

****** 共同通信、2008年10月30日

産科医、55%が定数割れ 半数は1人当直 90%超「確保に苦労」 総合母子医療センター

 緊急処置の必要な妊婦や赤ちゃんを受け入れる全国の「総合周産期母子医療センター」(計75施設)のうち、共同通信の緊急調査に回答した60施設中55%は必要な産科の常勤医数を確保できずに定数割れに陥っていることが29日、分かった。

 当直の産科医が1人態勢のセンターが半数を占め、全体の90%以上が産科医確保に「苦労している」とした。

 センターに指定されている東京都立墨東病院など8病院に受け入れを断られた妊婦の死亡判明から1週間。母子の命を救う「最後のとりで」ともいえるセンターの中には、東京以外でも綱渡り診療を余儀なくされているところが少なくない現状が浮かんだ。

 調査は23日から全センターを対象に質問用紙を配布して実施。匿名を条件に医師数や診療上の不安を尋ね、60施設(回答率80%)からファクスで回答を得た。

 定数は各病院が望ましいと考える医師数を独自に定めるもので、それより産科の常勤医数が下回っているのは33施設(55%)。うち4施設は定数の半分以下だった。定数を満たすのは17施設(28%)で、残る10施設は定数なし(9)と無回答(1)。

 国はセンターについて原則「24時間体制で複数の産科医が勤務することが望ましい」としているが、平日または土日の当直が1人態勢で、緊急時は別の医師を呼び出しているのは30施設(50%)。ほかは2人から3人の医師が当直していた。1人当直でも地方の施設からは「待機の医師が十分程度で駆け付けられるので問題ない」などの意見は多かった。

 産科医の確保に36施設が「非常に苦労している」とし、「やや苦労している」(19)も合わせると「苦労している」は92%。産科医不足のために何らかの受け入れ制限をしているのは5施設あり、1人当直を理由に受け入れを断った経験のある施設も3カ所あった。

 医療を提供する上での不安(複数回答)は「産科医の確保」が85%で最多。次いで「新生児科の医師確保」(73%)、「病床不足」(55%)、「脳外科などほかの診療科との連携」(22%)などが挙げられた。「いつまで続けられるか不安。疲れ切っていますから」(中部地方のセンター)などの切実な声もあった。

▽東京の妊婦死亡問題

 東京の妊婦死亡問題 体調不良を訴えた東京都内の妊婦(36)が4日、都立墨東病院など8病院に受け入れを断られ、最終的に搬送された墨東病院で出産後、脳内出血の手術を受け、3日後に死亡した。赤ちゃんは無事。墨東病院は都指定の「総合周産期母子医療センター」で産科医の定数を9と定めているが、産科医が次々退職して常勤医は4人になり、7月から土日の当直を1人態勢として急患は原則受けないことにした。4日の当直も研修医1人だった。

▽総合周産期母子センター

 総合周産期母子医療センター 胎児の異常や切迫流産など、リスクの高い妊娠に対応する医療機関で、2008年10月末現在、75カ所が指定されている。複数の産科医を配置し、新生児用の集中治療室などを備え、24時間体制で運営。費用の3分の1を国の補助金で賄っている。厚生労働省は全都道府県に設置を求めているが、山形、佐賀の両県は未整備。厚労省は産科医が常時複数で対応することが望ましいとするが、母体胎児集中治療管理室が6床以下の施設は別の医師を呼び出せる態勢をとることを条件に1人でも可能とする。

(共同通信、2008年10月30日)

****** 共同通信、2008年10月30日

悲劇繰り返さぬ方策を

 【解説】全国の総合周産期母子医療センターを対象とする調査を通じ、東京で起きた妊婦死亡がほかの地域でも起こりうる現状があぶり出された。産科救急を取り巻く課題は地域ごとに違う。東京都の問題を教訓に各自治体や住民が地元の現状を知り、悲劇を繰り返さない方策をともに考える契機としたい。

 センターは低体重児などのケアのため新生児集中治療室(NICU)設置が条件とされるなど、小児医療に重点を置いて整備されている。高齢出産の増加で糖尿病や脳血管障害といった妊婦の合併症が増えているのに、調査では脳外科など成人の診療科がないという回答もあった。今後は救命救急センターなどとの連携構築が急務だろう。

 一方、今回の問題では産科医不足が注目を集めたが、調査では搬送を断る最大の理由として「NICUの満床」を挙げる施設が多かった。医療技術の向上によって救命できる赤ちゃんが増えた分、NICUの増床や長期入院児を受け入れる施設整備も必要だ。

 また満床で妊婦搬送を受けられない場合、当直医が電話で長時間にわたって別の受け入れ先を探す現状は診療に支障をきたし、負担が大きい。神奈川県や大阪府などでは行政などが代わりに搬送先を探すコーディネート業務が始まっている。産科医の待遇改善など長期的な医師増加策は重要だが、疲弊する産科救急の現場を支えるそういった取り組みは即効性がある対策として注目される。

(共同通信、2008年10月30日)

****** 共同通信、2008年10月30日

「どこでも起こりうる」 崩壊寸前、医師から悲鳴

 「(東京のような問題が)どこでいつ起きても不思議ではない」「疲れ切っている」。ぎりぎりの人数で妊婦と赤ちゃんの命を救おうとする現場の産科医らから寄せられた悲鳴とも取れる切実な声。29日まとまった総合周産期母子医療センターの全国調査は、崩壊寸前の産科救急医療の実情を浮き彫りにした。

 ▽限界

 「産科医不足で現状をもう維持できません。近々(受け入れ)制限を考えている」と訴えたのは四国のセンター。北陸のあるセンターは新生児を診察できる専門医が足りないと嘆き「近い将来、この県の周産期医療が崩壊する可能性は十分ある」とつづった。

 麻酔科医や看護師の不足、新生児集中治療室の満床状態...。抱える問題はそれぞれ違うが、センターが県に1、2カ所程度しかない地方では必ず搬送を受け入れているとした回答が目立った。

 「今回の事態は東京だから起きた。地方でセンターが拒めば、重症患者はどこで誰が診るのか。満床を超えても受け入れるのが使命でありプライド」(中国)。都会との意識差を指摘するが、地方の切羽詰まった状況も浮かぶ。

 ▽連携

 今回、センターの一つである東京都立墨東病院など8カ所の病院に受け入れを断られた後、亡くなった妊婦の病気は脳内出血だった。「妊婦は何でも産科に回すことが問題」(中部)など、重い合併症のある妊婦を救うには脳外科や救急などほかの診療科と連携した受け入れ体制をつくる必要があるとの意見は多い。

 関東地方のセンターに勤務する、ある産科医は4、5年前、くも膜下出血で搬送された20代の妊婦の緊急帝王切開をしたことがあった。幸い平日の昼間で、総合病院のため脳外科や麻酔科、新生児科などの医師計10人以上がすぐ集まって手術し、母親と赤ちゃんは一命を取り留めたという。

 この産科医は「それだけの医師をセンターに常時確保するには、今の国民医療費では全く不足。墨東病院の産科当直医が1人だったことが問題ではない」と強調する。

 ▽確実

 調査では90%以上のセンターが「産科医確保に苦労している」とし、全体のほぼ半数が1人当直態勢だった。「総合センターで2人当直を確保できないのは重大。早急に産科医増員策をとらないと同様な事例が起きる」(近畿)と警告する声がある一方で「2人当直が義務になればたくさんのセンターが消滅する」(四国)との意見もある。

 通勤に1、2時間かかる都会とは違い、地方は医師が10分程度で病院に駆け付けられるケースが多く、調査の回答でも1人当直を問題視することへの抵抗感が目立った。大切なのは地域の実情に合わせ、妊婦と赤ちゃんの緊急時に確実に対応できる体制作りだ。

 厚生労働省は現在、全国のセンターの緊急調査を進めており、今後は周産期医療と救急部門の連携体制構築などを進める方針。

 センターの窮状を改善するには何が必要なのか。調査では具体策として「曜日による当番制など必ず受け入れる施設を毎日確保」(関東)「状況に応じて搬送先を割り振るシステム」(四国)「過酷な労働条件の改善と訴訟リスク軽減」(関東)「同じ病院内でも産婦人科医の給料をアップし、出産立ち会い料金を給料に加える」(九州)などが挙げられた。

(共同通信、2008年10月30日)

****** 産経新聞、主張、2008年10月30日

医師不足 協力体制強めて解決せよ

 脳内出血の妊婦が受け入れを拒否されて都立墨東病院で死亡した問題を受け、厚生労働省が全国の「総合周産期母子医療センター」に対する緊急調査を実施したところ、多くの医療センターで常勤の産科医が足らず、当直も回らない実態が判明した。

 妊婦や新生児の緊急治療に対応できる病院でさえ、このありさまだ。明らかに産婦人科の勤務医が不足している。

 今年6月にまとまった医師不足を解消するための厚労省の「安心と希望の医療確保ビジョン」では、これまでの医師養成の抑制方針を百八十度転換し、医師の増員を打ち出した。

 しかし、単純に医師を増やしても問題は解決しない。増やした医師がビル診(オフィス街の診療所)などの開業医に流れるようでは意味がない。不足している病院の勤務医を計画的に増やして配置していかなければならない。

 そのためには第一に勤務医の待遇改善が求められる。開業医の年収は勤務医の1・8倍にも上る。診療報酬を勤務医に手厚く配分し、勤務医の収入を引き上げ、その分開業医の診療報酬を引き下げる。これには医師会の協力が欠かせない。勤務医を支援するためには医療クラーク(事務員)を増やし、看護師や助産師らの能力を向上させることも必要である。

 勤務医のなかで産婦人科医と同様に小児科医や救急医、外科医も不足している。勤務がきついからだ。この診療科ごとの偏在をなくすためにも労働環境の改善が求められる。医師が診療科を自由に名乗れる自由標榜(ひょうぼう)制にある程度制限を加え、一部の診療科への集中を防ぐことも検討したい。

 地方の医師が不足する地域的偏在も問題だ。開業する条件に地方の病院での一定年数の勤務を求めることも必要かもしれない。

 今回の問題では地元医師会が今年2月の時点で東京都に墨東病院の産科医の人数を増やすよう要望していた。しかし、要望するだけではなく、医師会に所属する産科の知識を持った開業医が交代で墨東病院の勤務に就くことも可能だ。そうした協力こそ人の命を救う医師の使命である。

 責任の所在をめぐって厚労相と都知事が対立する場面もあった。国、自治体、医師会、病院が力を合わせ、医師不足を解消し、安心して治療の受けられる社会を作っていかねばならない。

(産経新聞、主張、2008年10月30日)

****** TBSニュース、2008年10月28日

妊婦受け入れ拒否、背景に待遇格差

 「安心して子供が産める社会になって欲しい」。8つの病院への搬送を断わられ、死亡した妊婦の夫が会見を行い、こう訴えました。医師もいない。資金もない。公立病院の実状を取材しました。

 今年8月、ディズニーランドで撮った夫婦の写真。妻のお腹には初めての赤ちゃん。出産を心待ちにしていました。しかし妻(36)は今月4日、ひどい頭痛を訴え、救急車で主治医のもとに運ばれました。激しい頭痛を訴える妻。大きな病院に移そうとしましたが、受け入れ先はなかなか見つかりませんでした。およそ1時間20分後、妻は東京・墨田区の都立墨東病院に運ばれました。帝王切開と頭の手術を受けましたが、3日後に帰らぬ人となりました。

 「(墨東病院では)妻が死ぬ日に、妻の腕に子供を抱かせてくれました。2、30分くらいだったかもしれないが、本当に温かい配慮をしていただけた」(亡くなった妊婦の夫)「決して病院の責任を追及するつもりはない」と夫は繰り返しました。

 今回の事態の背景には、産科や小児科、救急の現場での医師不足があります。この現象、特に公立病院では深刻です。一体、なぜなのでしょうか?

 「墨東病院に関しては、1年くらい前から院長から召集がかかっていて」(江戸川区医師会)こう明かしたのは、都立墨東病院がある東京・江戸川区の医師会。医師が不足していると、病院側から地元にSOSが来ていたといいます。

 「国立大学、はっきり言って医者離れが起きてます」(東京医科歯科大・坂本徹病院長)「大学病院は、一方では毎年交付金が何百億と減額され、他方では緊急医療に対する要求も高まっていて、我々は二律背反的な相容れないことを要求されている」(東京大学・武谷雄二病院長)国立大学病院の院長たちも危機感を訴えています。大学病院には「カネもなく、医師もいない」のだといいます。

 都内の国立大学病院の給与に関する資料。医師不足を補うための非常勤医師に支払う給与が記されていますが、年収は1年目では273万円。7年以上勤めても343万円。常勤でも、35歳で年収600万~700万円だといいます。

 この大学病院の病院長は、我々の取材にこう語りました。「残業手当もない、土日もない。これでは医師が集まらなくても無理はない」(国立大学病院院長)「(公立病院の給与システムは)実態に合わない給与システム。(民間病院の医師は)たいだい1000万円くらい高いのが普通でしょうね」(医療経営財団協会の前会長・長隆氏)経営難に陥った公立病院の改革を手がけてきた公認会計士の長隆氏。公立病院の実態をこう語りました。「経営者(国や自治体)に真剣味がないってことですよ。それがいかにも病院長が悪いとか、勤務医師が怠惰とか捉えられるのは極めてよくない」(医療経営財団協会の前会長・長隆氏)

 8つの病院への搬送を断わられ、妊娠中の妻が死亡した夫はこう訴えました。「赤ちゃんのいるお母さんが安心して子供を産めるような社会になることを求めています」

(TBSニュース、2008年10月28日)

****** NHKニュース、2008年10月28日

“産科医不足の解消を”

 妊娠中の女性が病院に受け入れを断られたあと死亡した問題を受けて、女性がかかりつけだった診療所のある東京・江東区の山崎区長が、28日、東京都の石原知事と会い、産科医不足の解消を国に働きかけるよう文書で要望しました。

 この問題で、死亡した女性のかかりつけの診療所のある東京の江東区では、女性の受け入れを最初に断った都立墨東病院が緊急時の搬送先になっていますが、土日と祝日の産科の当直の医師が1人だけという事態になっており、地元の助産師会が、今月24日、山崎孝明区長に、産科医不足の解消を東京都や国に要望するよう求めていました。東京都庁で石原知事と面会した山崎区長は、妊娠中の女性の医療に対する不安が地域で広がっているとして、産科医不足の解消に向けた抜本的な対策を都が国に強く働きかけるよう文書で要望しました。これに対して石原知事は、都としても国に働きかけていく考えを示したということです。山崎区長は「こうした事故を二度と起こさないのが行政の責任だ。国と地方自治体が一体となって、安心して赤ちゃんが産める環境を作っていきたい」と話しています。

(NHKニュース、2008年10月28日)

****** 毎日新聞、東京、2008年10月28日

妊婦受け入れ拒否死亡:「周産期医療充実を」 江東区長が知事に要望

 脳出血を起こした妊娠中の女性(36)が都立墨東病院(墨田区)など8病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、女性のかかりつけだった産婦人科医院の地元である江東区の山崎孝明区長が28日、都庁に石原慎太郎知事を訪ね、産科医の確保をはじめとした周産期医療の充実を申し入れた。

 山崎区長によると、石原知事は「都も一生懸命やっているが、基本的には国の責任だ」と述べ、区と都が連携して国に働きかけることで一致したという。

 山崎区長は会談後、「突き詰めて言うと、やはり医師不足に行き当たる。この問題の解決なくして解決はない」と指摘。舛添要一厚労相と石原知事の双方が「任せられない」と非難し合っていることについては、「そんなことをやっている暇はない。国も自治体も一緒になって努力しなければ国民は安心しない」と語った。【木村健二】

(毎日新聞、東京、2008年10月28日)

****** 毎日新聞、2008年10月28日

妊婦受け入れ拒否死亡:周産期センター改善策を 問題を受け厚労省通知

 舛添要一厚生労働相は28日の閣議後会見で、東京都立墨東病院(墨田区)などに受け入れを拒否された妊婦が死亡した問題について、墨東病院の医師補充策として他の都立病院から産科医を回すべきだとの考えを示した。また都道府県に対し、各地の周産期医療センターの運用状況を調べ、11月下旬までに改善策をまとめるよう通知したことを明らかにした。

 通知は27日付で、周産期医療センターの当直体制や救急部門との連携、搬送先の検索システムの更新頻度などを来月4日までに報告し、必要があれば改善策を同28日までにまとめるよう求めている。

 医療機能の集約・再編による医師確保の検討も求めており、舛添厚労相はこの点について「(渋谷区の)広尾地区には、いい産科の病院がたくさんあり、例えば都立広尾病院を他の都立と一緒にして医療資源を他の病院に回せば(墨東病院の)問題は解決する。一つの方策として提言したい。やるかどうかは都の裁量だ」と述べた。

 また、産科医療を巡る課題について、近く産科と救急医療の専門家を集めて短期的な対策をまとめる意向を示した。【清水健二】

(毎日新聞、2008年10月28日)

****** 毎日新聞、2008年10月28日

妊婦死亡:墨東病院より少ない施設6割 周産期センター

 脳出血を起こした東京都内の妊婦が8病院に受け入れを断られて死亡した問題で、厚生労働省は産科救急の中核を担う全国74カ所の総合周産期母子医療センターの医師数を再調査し、28日の自民党の会合で報告した。常勤の産科医(研修医含む)が受け入れを拒否した都立墨東病院(常勤6人、非常勤9人)より少ないのは3施設だったが、非常勤を加えた場合は6割以上の46施設が墨東病院を下回っていた。

 厚労省は4月現在の医師数を把握していたが、非常勤の数え方などが不統一だったため、10月現在の最新値を聞き取り調査した。

 それによると、産科の常勤医は882人、非常勤医は148人で、常勤の最多は昭和大病院(東京都品川区)と九州大病院(福岡市)の30人、最少は群馬県立小児医療センター(同県渋川市)の3人。東京女子医大八千代医療センター(千葉県八千代市)と国立病院機構香川小児病院(香川県善通寺市)も、墨東病院より少ない5人だった。

 常勤と非常勤を合わせた産科医数では、東京都の市部で唯一指定されている三鷹市の杏林大病院(11人)、京都府内で1カ所だけの京都第一赤十字病院(9人)、広島市民病院(12人)など46施設が、墨東病院の15人より少ない。

 また、母体・胎児集中治療室(MFICU)の1病床当たりの常勤医数は0.5~5人と、施設間で最大10倍の開きがあり、対応の手厚さに差がみられた。

 今回の調査では非常勤の勤務実態や当直態勢は分からず、厚労省は来月4日までに詳細な運用状況についての文書報告を求めている。【清水健二】

(毎日新聞、2008年10月28日)

****** 毎日新聞・社説、2008年10月30日

周産期センター 産科医不足解消は緊急課題だ

 24時間態勢でリスクの高い妊婦と新生児のトラブルに対応する「総合周産期母子医療センター」で、産科医不足の現実が明らかになった。東京都内の妊婦が八つの病院に受け入れを断られ脳出血で死亡した問題を受け、厚生労働省が全国75カ所の同センターに緊急調査を行って分かった。

 常勤産科医が6人以下だったのは都立墨東病院をはじめ15施設あった。厚労省は当直体制を回すには10人の常勤医が必要とみており、今回と同じことが多くの周産期センターで起きてもおかしくない実態が浮き彫りになった。

 緊急調査から産科医不足の厳しい現実がみえてくる。同センターは妊婦や新生児の救急医療に対応するために設置されたはずだ。しかし実際には「最後のとりで」となっていなかった。これでは、安心して子どもを産むことができない。

 周産期センターは、国が96年から全国で整備を始めたものだ。だが、調査の結果をみると、制度を作って補助金を出すだけで、施設の運営や医師不足の実態について点検をしてこなかったのではないかと指摘せざるを得ない。国だけではなく、都道府県にも責任はある。地域医療に対する責任をもっているのだから、周産期センターの診療体制を確保し、地域の医療機関とも十分な連携を取り、産科救急患者を確実に受け入れる態勢を整備すべきだ。

 産科救急が危機的な状況に陥っている大きな理由は産科医不足だ。医師の全体数は毎年約4000人増えているが、産婦人科・産科医は98年から06年までに1割減少している。過酷な勤務や医療事故による訴訟リスクなどが背景にあり、結婚や子育てなどで一時的に離職する女性医師も多い。

 厚労省は医学部定員を増やす方針を決めているが、短期間で医師養成はできない。そこで緊急的な対応策を作って、早急に医師不足を解消する必要がある。具体的な案を挙げてみたい。

 まずは女性産科医に復職してもらうための労働条件や環境の整備だ。短時間勤務の導入や病院内に保育所を作ることも必要だ。地域の医師会などとの連携を強化し緊急時には臨機応変に医師派遣を行う仕組み作りを急いでほしい。土日曜、祝日の当直は2人以上が望ましいとされており、これは緊急に手当てすべきだ。

 患者の家族やかかりつけ医と周産期センターなど救急病院との情報、連絡体制の再構築も必要だ。大阪府が昨年秋に設置した搬送先の調整に当たるコーディネーターもひとつの手段だ。患者の情報を的確に病院に伝え、受け入れ拒否を起こさないための有効な手だてとなろう。

 「妻が死をもって浮き彫りにした問題を、力を合わせて改善してほしい」。墨東病院で死亡した妊婦の夫が記者会見でこう訴えた。重く受け止めたい。

(毎日新聞・社説、2008年10月30日)

****** 朝日新聞、2008年10月28日

「医師確保へ都・国が抜本策を」 江東区長が要望書

 脳出血を起こした妊婦が東京都内の8病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、妊婦のかかりつけ医がある江東区の山崎孝明区長は28日、医師確保に向けた抜本的対策を都が区とともに国に働きかけるよう求める要望書を石原慎太郎都知事に出した。

 要望書では「医師不足の解消など周産期医療体制を支える施策は国が自らの責任で実施すべきだ」としている。今後、区長会を通じても国に働きかけたいという。

(朝日新聞、2008年10月28日)

****** 読売新聞、2008年10月28日

妊婦受け入れ拒否問題、厚労相が全国調査を指示

 東京都内で妊婦が8病院に受け入れを拒否され、出産後に死亡した問題を受け、舛添厚生労働相は28日の閣議後の記者会見で、各都道府県に対し妊婦や新生児の治療にあたる「周産期母子医療センター」の当直体制や受け入れ状況などを調査し、報告するよう通知したことを明らかにした。

 調査対象は、最重症患者の救命にあたる「総合周産期母子医療センター」75か所と、「地域周産期母子医療センター」237か所。11月4日までの報告を求めた。

(読売新聞、2008年10月28日)

****** 読売新聞、2008年10月29日

周産期医療センター、常勤6人以下は都立墨東含め15施設

 東京都内の妊婦が8病院に受け入れを拒否され、出産後に死亡した問題を受け、厚生労働省は28日、全国75か所の「総合周産期母子医療センター」の医師数などの緊急調査結果(速報値)を公表した。

 常勤の産科医(研修医含む)が6人以下だったのは、妊婦の受け入れを最初に拒否した都立墨東病院(墨田区)も含め、15施設あった。

 墨東病院では、医師不足から土日祝日の当直医が1人しかいなかったことが問題視されている。規模や設備の違いで単純に比較できないが、厚労省では、常勤医が少ないと、受け入れ体制に不備が生じる恐れもあるとみている。

 全国の合計で、常勤医は882人(1施設平均11・8人)だった。これまで墨東病院は常勤医4人と説明していたが、厚労省の調査では研修医も含めて集計したため、6人となった。

(読売新聞、2008年10月29日)

****** 読売新聞、青森、2008年10月29日

県指定病院も1人当直

周産期母子医療 医師不足が深刻化

 脳出血を起こした東京都内の妊婦が8病院に受け入れを拒否され、出産後に死亡した問題は、医師不足に悩む県内の医療関係者にも、重症患者をどう受け入れるのか、改めて課題を突き付けた。県内では、病院間で情報を共有して効率的な搬送に努めているが、産科医不足という根本的な問題は解消されておらず、医師の確保は急務だ。(谷川広二郎、岡部雄二郎)

 女性が出産した都立墨東病院は、最重症の妊産婦や新生児の救命にあたる「総合周産期母子医療センター」に指定され、県内では県立中央病院がその役割を担っている。国は態勢の目安として、「常時2人以上の産科医が勤務することが望ましい」としている。

 しかし、県立中央病院の当直時間帯(午後5時~午前8時15分)は産科医が1人。常勤医が6人しかおらず、複数の医師で当直にあたるのは難しい状況だ。このため、当直の医師のほか、医師1人を自宅待機とし、緊急時に呼び出して対応している。ただ、他病院から頻繁に妊産婦が救急搬送され、ベッドは常に満床状態。佐藤秀平・総合周産期母子医療センター長(47)は「限界を超えている。綱渡り的な状況」と話す。

 また、比較的高度な産科医療にあたる「地域周産期母子医療センター」のうち、八戸市立市民病院と国立病院機構弘前病院も当直の産科医は基本的に1人。青森市民病院とむつ総合病院は当直の産科医がいない。青森市民病院は常勤の産科医が3人。日中でも手術や救急治療で人手が足りずに受け入れを断るケースがあるといい、青森市民病院の工藤明総務課長は「現体制では24時間体制を組むのは難しい。もともとパイが少ない産科医は、どこの病院でも不足している」と窮状を訴える。

 ◇   ◇   ◇

 では、県内で妊産婦が重症になった場合、どう対応しているのか。

 県内では、病院間で病床の空き状況などを共有する「県広域災害・救急医療情報システム」が構築されている。産科も、県内の主な病院の病床数や対処できる症状などが一覧で公開され、開業医から大学病院まで県内のすべての産科が専用パソコンで閲覧できる。情報は毎日更新され、救急搬送時の参考にしている。

 さらに、都内で起きた妊婦受け入れ拒否問題は、患者が妊婦だったために妊婦特有の合併症を専門とする周産期母子医療センターに搬送したが、県内では県立中央病院が司令塔となって、心筋梗塞(こうそく)や脳血管障害といった偶発的な重症合併症に対応できる病院を探して搬送先を指示している。

 県立中央病院の佐藤センター長は「周産期という狭い視点ではなく、合併症そのものの担当科ですぐに治療を行える医療体制をとっている」と話す。ただ、「情報共有は少ない医者や施設を最大限に活用する工夫でしかない」とし、医師不足解消の必要性を訴える。

 県医療薬務課は、「医師の確保はすぐにはできないが、医師の養成と定着のため自治体と連携し、確保に努めたい」としている。

(読売新聞、青森、2008年10月29日)

****** 読売新聞、広島、2008年10月29日

備後の産科救急医療リポート 市民病院休診に不安 福山市周辺

母子双方救う体制不十分

 脳出血を起こした東京都内の妊婦が8病院に受け入れを拒否され、都立墨東病院で出産後に死亡した問題は、産科医不足に悩む備後地方の医療関係者にも波紋を投げ掛けている。福山市では、福山市民病院の産科が休診して既に1年半が経過、医師からは「東京と同じ問題が、いつ起こっても不思議ではない」と不安視する声が出ている。産科救急受け入れの中核施設で、高度な産科医療が可能な「周産期母子医療センター」の整備状況など、備後の産科救急医療の現状を、2回に分けて緊急リポートする。

 周産期母子医療センターは、〈1〉新生児集中治療室(NICU)や妊婦の集中治療室(MFICU)を数多く備え、極めて高度な医療を行う「総合」と、〈2〉比較的高度な産科・新生医療を提供する「地域」の2種類がある。県内には計9病院あるが、「総合」は広島市内の2病院のみで備後地方にはなく、福山市沖野上町の独立行政法人国立病院機構「福山医療センター」(産科医5人)と、尾道市古浜町の「JA尾道総合病院」(同4人)の2病院が「地域」に認定されている。

     ◇

 福山市周辺の状況はどうか。厚生労働省の調査によると、福山、府中、神石高原の3市町の行政や医師会などでつくる「福山・府中地域保健対策協議会」(長健会長)管内の状況(昨年12月1日現在)は、出産可能な医療機関が14施設(病院7、診療所7)で、常勤医は33人。府中市上下町の市立府中北市民病院(産科医1人)を除き、すべて福山市に集まっており、神石高原町には出産可能な医療機関はない。

 通常分娩(ぶんべん)では対応出来ない、大量出血や妊娠中毒に陥った妊婦は、どこで受け入れているのか。同協議会が2007年7月、管内の同4~6月の状況を調べたアンケートでは、同4月1日の福山市民病院の産科休診後、管内で発生した産科救急搬送41件中、約半数の20件を福山医療センターで受け入れた。残りは12件(約30%)が倉敷中央病院(岡山県倉敷市)、3件(7%)がJA尾道総合病院で、川崎医大病院(同市)などもあった。

 このうち、救急搬送依頼を断られ、他病院へ回されたケースが9件あり、半数以上を岡山県内の病院に回す結果となった。拒否の理由は、ほとんどがNICUなどの「満床」だった。

 その後、7~8月の状況を同様に調査したところ、産科の救急搬送26件中、21件(約80%)を福山医療センターで受け入れており、引き受けを断ったケースは1件に改善されたという。

 同協議会はこうしたデータを基に07年11月、「福山医療センターを中心とした受け入れ体制が定着しており、市民病院休診に伴う大きな混乱はない」と結論づけた。長会長は「医療センターを含め、どの病院もめいっぱい頑張っている。問題は産科医不足」と指摘する。

     ◇

 一方で、県東部で唯一、重症の3次救急搬送を受け付ける福山市民病院の産科救急を頼れない現状を、不安視する声は根強い。同病院の救命救急センターは、05年4月~06年12月、他院の産科から運ばれた3次救急患者22人の命をすべて救った。

 金仁洙(きんひとし)副院長(58)は「産科救急は多量の出血を伴うケースが多く、1分1秒を争う。地域に産科の救命救急センターが絶対に必要だ」と強調。同市内の開業医(53)も「本来なら、市民病院と福山医療センター両方に搬送出来るのが理想。母子双方を救うためには、NICUと救命救急センターの両方を備えた病院が必要」と話している。

(読売新聞、広島、2008年10月29日)

****** 読売新聞、広島、2008年10月30日

拠点病院充実へ知恵絞れ

 備後地方の産科救急医療の現状を取材し、改めて産科医不足の深刻さを痛感した。「たらい回し」のような事案は起きていないが、どの病院もぎりぎりの状態。より安心してお産が出来るような体制作りには何が必要とされているのか。

 福山市周辺では、新生児集中治療室(NICU)を持つが重篤な3次救急患者(妊婦)を受け入れられない福山医療センターと、NICUはないが母体を救える救命救急センターのある福山市民病院の機能が分離している現状が問題だ。もし、両病院の機能が合わされば、理想的な救急医療体制と言えるだろう。

 一方、尾三地区では、JA尾道総合病院の拠点性を更に高める必要がある。三原市の開業医から「産科医やNICUをもっと増やしてほしい」との声も聞かれた。同病院は2011年の新築移転も決まっている。これを機に産科医を2、3人集める手はないのか。

 産科医不足を解消する“特効薬”がない中、多くの医師が拠点病院に産科医を集約し、地域の救急体制を充実させる必要性を強調していた。そのためには、産科医を多く抱える病院とそうでない病院との利害調整も必要だ。行政がリーダーシップを発揮し、関係機関が知恵を絞らなければならない。【諏訪智史】

(読売新聞、広島、2008年10月30日)