その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、映画、本などなどについての個人的覚書。SINCE 2008

アガサ・クリスティー (著), 中村 妙子 (翻訳)『春にして君を離れ』ハヤカワ文庫、2004(原作は1949年発表)

2024-03-29 07:26:11 | 

勉強会でお知り合いになった「まなとも(学び友達)」のご推薦図書。

「ミステリーの女王」アガサ・クリスティーのフィクションであるが、犯罪は一切出てこない。「自己変革」をテーマにした心理小説である。「さすがクリスティ!」と唸らせる、どきまきしながら読者にページをめくらせる吸引力は抜群。ハッピーエンドを予感させながらの結末は唸らされ、物語としての読後感は非常にザラザラしたものだ。

イギリス中流家庭の模範的な妻が、中東に住む娘夫婦を訪問後の帰路において、天候事情により、周囲には何もない砂漠の町で足止めを余儀なくされる。3日間の孤独が彼女の人生の振り返りの時間となり、内省が促される。大いに気づきを得、新たな自分の旅立ちの決意を持ったところで、帰国し日常生活に戻っていく。そのプロセスが、主人公の視点、心情をベースに描かれる。

「自己変革は可能なのか?」、「認知の枠組みはどう形成され、修正されうるのか?」、「自分とは何か?」といった問いが読者に突きつけられる。小説ではあるのだが、「心理学」、「自己啓発セミナー」などのケーススタディとしても活用されそうな物語である。

主人公に共感するのか、冷たく突き放すか、はたまたその中間か。読み手そのものの認知バイアスが、本書で試されるだろう。


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