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感想:『アイの物語』

2009年10月15日 23時07分26秒 | 山本弘
アイの物語アイの物語
価格:¥ 1,995(税込)
発売日:2006-06


山本弘を読むのは多分初めて。7編の短編の間を物語で紡ぐ作品。こうした形式の小説は珍しくはないが、インターミッションの物語では、これらの短編が読み聞かされているという設定となっていて、作品の感想が語られたりしている。7編のうち5編は複数の雑誌に掲載されたもので、ある程度の共通性は持っているがインターミッションで語られる物語とはかなり異なっている。残り2編は書き下ろしで、特に最後の表題作はインターミッションと直接の繋がりを持った作品である(語り部が過去を語った形式)。
まずは各短編の感想から。

「宇宙をぼくの手の上に」はネット上で創作活動をしているグループが舞台。リレー小説によって気持ちを伝えようとするコンセプトは面白いが、ちょっとというかかなり出来すぎな話。現実逃避うんぬんも含めて、詰め込みすぎた印象が残る。

「ときめきの仮想空間」はより進化した『セカンドライフ』のような世界が舞台。いい話には仕上がっているが、それ以上にあまりにも「ありえない感」が強かった。出会い系の世界ってことなのか……。

「ミラーガール」は人工知能搭載のゲームの話。キャラクターと会話を重ねていくことでAIとして成長し、やがて……という展開はベタではあるが面白かった。

「ブラックホール・ダイバー」はSFらしい秀作。キャラクターは良かったが、「停滞・下降する人類」は安直な印象を受けた。

「正義が正義である世界」はヒーローアクションのような仮想現実世界が舞台。相対化の描き方が秀逸で非常に印象深い作品に仕上がっている。タイトルもいい。

「詩音が来た日」は介護アンドロイドの話。AIの成長と、人類への視線が巧みに描かれた。他の作品を読んでも感じるが、この著者は「情」よりも「理」が勝った展開を見せることが多い。この作品はもう少し情緒的に描けば泣ける名作足りえたかもしれないが、そうならないところに著者の個性があるとも言えるだろう。

「アイの物語」は前述したようにインターミッションと同一世界観。インターミッションの過去を描いている。真のAIであるTAIによる言語の創造はとてもユニークに感じた。

人間は全て認知症であるという認識や不完全な知性しかもたない人類の衰退といった視点は悪くはないのだが、同時に人間・人類に対する甘さも感じてしまう。新井素子や有川浩に感じる、人類に一度絶望した後に歩き出す潔さのようなものが感じられない。例えば、アイの物語で言えば、無抵抗を標榜したTAIを殲滅するのが人類の性だと思うかどうか。絶望しても人であることを捨て切れないからこそ立ち上がる力強さを感じない。人という種は自滅はしても簡単には主の座を明け渡そうとはしないだろう。TAIロボ・マスターが仮想虐待を見て怒り狂ったり、アンドロイドと性産業との結び付きを描かないのもキレイゴトに見える。「理」は大切だが「情」を捨て切れないのが人だ。
『彩雲国物語』も「情」より「理」を優先させる。だが、想いをこれでもかと溢れさせながら、それでもなお、「理」に従おうとする。確かにAIには「情」はないかもしれない。だが、もっと想いを描かなければ「理」は際立たない。絶望が必要だという訳ではない。バランスが必要なのだ。本書は優れた作品だと思うがゆえに、その点が残念だった。

もう一つ本書を読んで連想したもの、それは『高機動幻想ガンパレード・マーチ』である。自身のキャラクターを除く主要キャラクターはAIによって行動が決まる。そのAIはプレイヤーの働きかけだけでなく、AI同士のやり取りによっても変化を見せる。AIキャラクター二人を恋人同士にする仲人プレイなんていうプレイスタイルもあった。
2周目からはその世界への「介入」を行っている存在がプレイヤーに接触してくる。つまり、プレイヤーはプレイヤーキャラクターに介入している存在としてゲームへの関与のレベルが変化する。介入者との会話によって世界の謎へと迫っていく。
更に、公式サイトの掲示板で世界の謎を解くゲームが行われ、その結果としてSS(ショートストーリー)が公開された。ゲーム内世界である第五世界の危機を救うために、プレイヤーのいる世界である第七世界から想いが贈り物となって届けられるという物語。この謎解きに参加した人々の想いがフィクションとして描かれた。
AI、インターネット、メタフィクション、これらは「ガンパレ」を巡る物語の一部である。様々なレベルで本書を読んで「ガンパレ」を連想した。個々の方向性は大きく異なるが、当時の思い出が甦り、懐かしく感じた。


感想:『笑う警官』

2009年10月15日 21時59分57秒 | 本と雑誌
笑う警官 (ハルキ文庫)笑う警官 (ハルキ文庫)
価格:¥ 720(税込)
発売日:2007-05


佐々木譲の警察小説。文庫化にあたり『うたう警官』から改題された。

ミステリとして読んだ場合、探偵役は小島百合という感じ。主人公の佐伯は指揮、整理、交渉、計略に優れ、推理力は高いとは言い難い。警察小説という組織を対象にした作品として見た場合は、管理職の鑑のような佐伯の能力は際立っている。自身が推理せずとも、周りの人間を使って答えを導き出せばいいわけだ。そして、決断こそが上に立つものの役目である。

ただ、真犯人のその後を予想できなかった点など、佐伯の判断は決して常に正しかったわけではない。恐らくあえてそう描いたのだろう。スーパーマンではないのだと。失敗があっても、最終目標を到達する、それが最も大切なことである。
警察小説の人気は、過去のサラリーマン小説が取り上げていたものを担っているからだと言われる。組織での生き方、葛藤、苦しみながらも何かをなそうとする勇気。警察は正義の味方ではなく、権力組織であり、多大な矛盾を押し潰して成り立っている存在だ。

リアリティを重視した結果、またミステリであろうとした結果、常識の範疇に捉われすぎてエンターテイメントとしては爽快さを欠き、面白みはやや乏しく感じた。組織の闇はありがちな描き方に終始している。よくはできているが、もう少しひねりが欲しいと言ったところか。