馬糞風リターンズ

世ノ中ハ何ノヘチマトオモヘドモタダブラリト下ツテモオラレズ

月は朧に東山・・・・

2010年10月19日 | 大衆演芸
 京都と云えばご当地ソングの最高峰「祇園小唄」です。
作詞は長田幹彦・作曲佐々紅華で藤本二三吉が歌ったそうです。

作詞の長田幹彦は、森鴎外の流れをくむ「スバル」系の作家だそうです。
昭和5年に彼の小説「絵日傘」をサイレントで「祇園小唄絵日傘」3部作として映画化した際の主題歌とし彼自身が作詞したそうです。
 小説の内容は大正末期の花街を舞台にした「情話」ものだそうで、主人公のモデルは同じくスバル系の歌人・吉井勇とされています。

吉井勇は
「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕の下を 水のながるる」
と詠んだ「柳暗花明」の花街に耽溺した人物です。

 長田幹彦が文壇にデェビュー下当時は谷崎潤一郎と並称される気鋭だったそうですが、そのご通俗小説に転向してしまいます。多作の作家で長編300、短編600を越える小説を残しています。長田幹彦全集 全15巻別冊 非凡閣など彼の全集も数度刊行されているようですが、文学史に残る様なものは無さそうです。

 彼は、ビクター専属の作詞家となり、「祇園小唄」「島の娘」「天竜下れば」などを作詞しています。また、意外にもイプセンの「人形の家」を翻訳したり、アンデルセン童話も翻訳しています。

 戦後の彼の行状は常軌を逸した所があり、阿部定と組み「昭和一代女」という阿部定事件を演じる劇団を旗揚げしたこともあったようです。
その後「超心理現象研究会」を主宰していたようで完全に社会から遊離してしまいました。

 僕が「長田幹彦」を知ったのは今高に入学した1960年・安保の年です。この年戦後最大の不敬事件である“嶋中事件”を引き起こすことになる深沢七郎の『風流夢譚』が「中央公論」で発表され、大日本愛国党の同世代の少年が嶋中鵬二社長宅を襲撃し、夫人や家政婦を死傷させました。また、同じ大日本愛国党の同世代の少年山口二矢が浅沼稲次郎を刺殺した騒然とした時です。
 そんな社会情勢もあり「長田幹彦」の「小説天皇 」(光文社)を読んだ記憶あります。
大正天皇を描いた、それこそ「不敬罪」に当たる内容だったように思います。

 毎年、京都・丸山公園の「祇園小唄」歌碑の前で「祇園小唄祭」が行われているそうです。

20日(水)1960年今高に入学した同級生と京都・東山に行きます。
時間があれば「丸山公園」の「祇園小唄」の歌碑でも見て、今高1年生の当時を思い出してみようかなァ。

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2 コメント

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舞妓はん (萬年青年)
2014-09-21 18:32:11
若き頃(50年位前)に観た映画「舞妓はん」を思い出しました。
倍賞千恵子がとても可愛く綺麗でした。



















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萬年青年へ (トムとジェリー)
2014-09-23 01:14:03
アクセスありがとうございます。
今後ともご愛読いただければありがたいです。
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