脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

「物忘れがあるから認知症」というけれど

2017年04月17日 | 側頭葉性健忘症

桜狩りに訪れてくれた友人との楽しい時間が始まりました。
ところが開口一番「去年12月に、母が緊急入院したんです。心不全ということで。ICUにいたときなんかは本当にハラハラしたんです」
一人娘の彼女は故郷から離れて東京在住。89歳のお母さまは一人暮らし。
「まあ!」と驚くしかありません。
さくらの里2017.4.12

経過をたずねると、入院は2か月間。聞きながら私はハラハラします。高齢の方が入院、しかもどうしても安静に傾いてしまう心臓病。
「あぶないなあ・・・ボケてはいらっしゃらないかしら?」
実は、ときどきですが友人と会った時には、お母さまの話を聞いていました。
そのお母さまのことをちょっとお話します。
とにかく、「生き方が素晴らしい」のひとことで説明が済んでしまうような方です。
「女性であっても、自分の人生なんだから自分のやりたいことや信念を貫いて生きるべき」という思いが生き方のベースにあったと聞いています。
「もっと勉強がしたい!」「服飾関係の専門職を目指したい!」このような考えは現代なら当然かもしれませんが、いま89歳ということですから戦前の話ですよ。
その後、結婚されたそうです。(ここにもドラマがあったでしょうね)
ご主人から「どうしても家庭に入って子育てに専念してほしい」と懇願され、結局は「不本意ながら家庭の人になった」と聞きました。

「家庭の人」を選択したからには、衣食住に関して徹底的に自分で納得のいくやり方で家事経営(この言葉は私の造語。いろいろ聞いているとそういう言葉が浮かんできたのです)してこられた。しかも強制されたものでないせいでしょうが、「家事は大変なこと」というとらえ方よりは「(私がやるのだから)これくらい当然」と軽くこなされてきたようです。
お料理の腕は抜群だし、お花や野菜を育て、華道を教え、もしかしたらお茶の先生もなさったかも 。とにかくお弟子さんたちがいつも家に来ているというような生活です。
子育ての分野でも、お母さまらしいエピソードを聞きました。近所にちょっと障害がある姪御さんがいたそうですが、その教育支援に関しても学校や教育委員会などと話し合いを重ね、当時としたらよくできたといわれるような環境づくりに成功したそうです。
もちろん、友人への教育も徹底していたらしいです。
「あまりにも正しいことをいわれるので、心の底で違うんじゃないかと思っていても反発できないの」結果はT大学合格!

かくしゃく百歳の方々の調査をした時に、家族の方々から「言い出したら聞かなくて。でも困ったことにそれが正しい主張なのです。でも。『もうちょっと妥協してくれたらいいのに』とどれだけ思ったことか」と繰り返し聞きました。
お母さまの一つずつのエピソードを聞きながら、いつも何だかそんなことがオーバーラップしてしまっていました。
つまりかくしゃく老人候補生ということです。

このままいけば、ほんとうに見事にかくしゃく老人の道を進んでいかれたはず。
ところが、腰を痛めてしまわれた・・・
普通なら、そこでがくんと脳の老化を加速させてしまうのですが、さすがにかくしゃく候補生ですから「一人暮らしは続ける」意志は固く、急性期を過ぎたら、家事だけでなく散歩や畑の見回りも復活したと聞き一安心していました。
ただ、腰に痛みがあるわけですから、元通りの生活という訳にはいかないことだけでなく「このまま痛みが続いたら・・・私らしく生き抜いて行けるだろうか」というような心配も老化を加速させるかもしれないと推理していました。
ところで、私に老化が進んだのではないかという心配を引き起こしてくるエピソードは、例えば「そんな状況の時に、そんなことを言う?」というような前頭葉の抑制がかかっていない症状が一番多く、そう指摘すると友人は「そうなんだけど、もともと母はそういう人なのよね・・・」といいます。
「小ボケになると、その人らしさがなくなるって言われるけどそう意味ではあまり変わってない気もする。力のある人が君臨してきた。今も君臨している」とつぶやいていました。

「去年の秋ごろから、『忘れちゃって、困るのよね。これってぼけていく兆候かしら』というような母の弱音を聞くことがあって気にしてるのよ。たしかに同じ事を繰り返しいうし、体も自由じゃないので家も前のようには整ってないし・・・でも指示は以前通り的確で恐れ入るしかないようなことを言うのよね」と友人が言います。私も
「身についたことは、脳機能が落ちてもできちゃうことはよくあるの。例えば農業をずーとやってきたおばあさんはとても上手に畝を立てることができて、植えつけることもできるけど、明日になったら掘り返して別の場所に植えるのよ。お母さまはその場を的確に判断して指示する言い方が身についてそれが残ってて出てしまうのかなあ」などと話したことがありました。
いずれにしても、私たち二人は、お母さまは小ボケの状態に入っているのではないかと想定していました。(これは間違いでした!)

そろそろ、今回の入院後の話に戻りましょう。
「入院は2か月に及び一時はいのちの心配まであったのですが、入院の後半はドクターや看護師さんとのやり取りなんかもけっこうおもしろくて人気者になったくらい。回復の兆しが見えてきたらさすが母。『とにかく帰る。以前のように暮らす!』と言い張り退院しました。介護認定を受けてソーシャルサービスを利用しなくてはということになったのに、持論の『医者と坊主は玄関に入れるもんじゃない』と言って往診や訪問介護までひと悶着」
友人も毎週一回は帰省し、手をかけた姪御さんの娘さんが割合に近所に住んでいるので協力を仰ぎ、短い時間の訪問看護を組みこんで、お母様ご希望の一人暮らしが再開されました。デイサービスも開始の予定はありますが、「そんなところには行きたくない」といわれるそうで、それも、また想定内の反応です。

「せっかくそれなりにスタートできたのに、悪いことに洗濯物を取り込む時に転んでしまったの・・・。でも、そのときもしばらくはその場にいて、どうにか部屋に帰り姪の娘に電話したのよ。さいわい打撲だけで済んだけど、這ってでもトイレに行く!という気概を見せてくれて『さすがぁ』とわが親ながら感動したわ。これからどんどん悪くさせないように気を付けなくっちゃあ」という友人は、ちょっと疲れているようでした。 「悪くなるだろう」という覚悟もどこかで感じているような雰囲気がありました。
でも私の胸の中には何かの違和感が湧き上がってきました。「小ボケで前頭葉機能が低下している人が、ここまで判断し、意欲を出すだろうか???」
玄関を開けるとさくら並木が。
 
友人が続けます。
「退院の時ね。お祝いをしてあげようと思って母の好きな巻きずしをいつもの店に頼んだの。そして病院に行ったらね、母のベッドに巻きずしが一折あったの。『どうしたの』って尋ねたら『知らない。でも私の大好物だしここにあったから食べていいと思って』って答えたの。変でしょう?
だから、お店に問い合わせてみたら、母が電話で注文してるのよ!なんていうことって母に詰め寄りたくなったわ」
そのとき、私の頭の中でパズルがはまった感がありました。
側頭葉性健忘よ!
小ボケになった(前頭葉がうまく機能できない)人が、自分の好物を思い浮かべ、それを出前してくれる店を的確に思い出し(側頭葉性健忘は以前記憶していたことは思いだせます)電話番号を調べて適切な量を注文できるか。と考えると分かるでしょ?しかもあなたが注文したものと同じものを、同じ店に注文してるのよ。いかに正しい判断か!
前頭葉が機能低下を起こすと社会的活動は難しくなるというように、とても無理なの。子どもがそんなことができるようになるのは何歳ぐらいかしらね。
脳機能から言うと、そんな難しいことができるのに、注文したことそのものは覚えていられない。
側頭葉性健忘っていうのは、今ここで起きていること、今の新しい事柄を覚え込むことができないの。
今ここの状況を理解して判断して自分の行動を決めるのは、記憶の力ではなく前頭葉機能。側頭葉性健忘の人は、前頭葉機能に問題がないからこそ、その時その時の判断や行動は正しい。
認知症の人は、一番先に前頭葉機能に問題が起きて、その後に記憶力が働かなくなります。記憶の障害が起きたときにはすでに前頭葉機能が働いてないのでパニックになるしかないのね」
 
「芸術活動、陶芸とか編み物、俳句や短歌 なども前頭葉がイキイキしていればその人らしいすぐれた作品を作ることができるのよ。ただそれを目にした時に自分の作品ということは覚えてない。だから自作を絶賛したりする。
ただでも記憶力障害があると認知症と思われている上に、自分の作品を絶賛したりしたら『ボケてる』って言われ、自分でもそう思うでしょうね」
友人が話し出しました。
「12月の心臓発作の時、なんだか気持ち悪くなったのでしょうけど(尋ねてもこたえられるはずがない、側頭葉性健忘だから)どうにか電話がかけられる状況になったら『タクシー会社』に電話したんですって。『よく使ってるし、病院にも連れて行ってもらえるし』こういう判断が前頭葉がうまく機能してるってことなのね。実はとっても正しい判断だったの。かかりつけ医に行ったら『これはすぐに大きな病院に行った方がいい』と診断してくださって、今回の入院につながるわけだから」
 
前頭葉が生きている話は続きます。
「退院直後に、庭の水菜を見て『水菜は肥料喰いって言われるくらいで、これでは大きくなれないから牛糞と〇〇(友人が忘れていました!)とやりなさい』早速指示通りに実行したら、春になったら大きな株に成長して菜の花をたくさん食べられたわ。
ヘルパーさんの話だと、『白菜漬けを作るから白菜と塩と鷹の爪と〇〇(友人が忘れていました!!)と用意してください』って言われ、あんまりにも適切な材料と分量を指示されてすごいと思ったって。
安静にしていた時に瓦の不都合に気付いたらしいけど、さっさと自分で大工さんに修理をお願いしてあったしね。
この前写真を撮るとき、自分で洋服を着替えてきて結局二枚の写真を撮ったのね。そして『やっぱり明るい洋服の方がいい感じね。こんなに雰囲気が変わるんだから自分に似合う服を着るということは大切なことね』ですって」

私が見せていただいた写真はどちらもすてきなポートレートでしたよ。
明るい洋服の方がお母さまのモダンさと明るさが際立っていたと思いますが、もう一葉のちょっと暗めな洋服は、ブローチが効果的でこちらの正式な感じも捨てがたいと思いました。
もともと美人でいらっしゃるのですが、表情もよく、何よりも目に力がありました。認知症の人はボーとしてますよね。
 


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