制作好房

初志貫徹 ~志無くして進歩なし

曳山回顧(平成5年幕洗川三区)

2014年07月14日 14時51分38秒 | 土崎港曳山祭り
※ あくまでも個人の感想ですので悪しからず。

いよいよあと僅かになってきました。
天気はどうなるんだろう・・
この時期の週間天気はアテにならないので見ない方がいいです。

あぁ、眠い。


今日は平成5年の幕洗川三区です。


外題
「激突川中島 両雄決戦の大舞台」

超有名な場面で、如何にもジオラマとして想像できそうなお決まりの配置。
これはこれでいい配置だと思いますが、この場面でこれ以外の飾り方が綺麗にできたら面白そうです。
うーん、私もどうしてもこのイメージから抜けられませんが・・

外題の字も力強さがあって好きです。

「協賛 新柳町」
昔はお互い協賛してましたが今はどうなんでしょう?
今年の20日はジャスコで恒例の競演、頑張ってください!


見返し
「シンボルタワーが見えて来たくるのこないの大王さん」

昔の幕三は上灯籠の幅が短かったんですね。
これはこれですっきりしていて面白いです。




当方HP↓(写真の人形と関係ございません)


曳山回顧(平成5年旭町一区)

2014年07月10日 07時35分40秒 | 土崎港曳山祭り
※ あくまでも個人の感想ですので悪しからず。

ダメだ!
ミニ山も間に合わないし台風だし明日は会社休み決定だ!


さてさて、平成5年の旭町一区です。


外題
「武士の世拓く 激闘紫宸殿」

1159年に起こった平治の乱。
(高校受験の時は「平家の人々(11)、ご苦(59)労さん」なんて語呂合わせで覚えたっけな)

先の保元の乱で恩賞に恵まれなかった源義朝と権力欲に溺れた藤原信頼が起こしたクーデターが平治の乱。
清盛が熊野詣でから早急に京都へ戻り事態を治めた。
その際、清盛の嫡男重盛は総大将として内裏の門を打ち破り、義朝の嫡男、義平との一騎打ちとなる。
実践経験の少ない重盛だったが、「鎌倉悪源太」という異名を持つ義平と互角に戦い、内裏から源氏をおびき出すことに成功する。
この二人の戦いは結局決着がつかなかったが重盛は役目を果たし、この戦いをきっかけに平家の世の中となっていく。

なお「悪源太」の「悪」は「強い、剛胆な」という意味であり、悪い意味ではない。とのこと。
平成4年の統前旭町二区とか去年の愛宕町で使われてた悪七兵衛景清なんかも同じですね。

人形は裸なしですが無難に纏まっているような・・
重盛の顔好きです。
悪源太、兜かぶってて良かったですね。


見返し
「新屋の姉はん女優をやめて壺がくれ」

見返し人形が掛けてたタスキには「マインドコントロール」と書かれていたので、
この人はラジコンがうまい人なんだなって納得した記憶があります。実に賢い子供だったなぁ・・



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(平成5年旭町三区)

2014年07月09日 12時41分17秒 | 土崎港曳山祭り
※ あくまでも個人の感想ですので悪しからず。


ブラジル完敗、ドイツ強すぎますね。
ネイマールがいないとはいえ、原因は何だったのでしょうか。



今回は平成5年の旭町三区です。


外題
「富嶽に轟く仁田の若武者」

鎌倉幕府が開いてすぐの1193年、源頼朝は富士の裾野において大規模な巻狩りをおこなっていた。
※ 巻狩りとは、鹿や猪を四方向から追い詰め一斉に射止める狩猟で、征夷大将軍たる権威を誇示するためや軍事訓練の目的があったとされる。(Wikiより)
その巻狩りの最中、一匹の暴れ猪が本陣に突入するという事態が発生。
猪のあまりの暴れぶりにたじろぐ家臣達の中、軽快な身のこなしで猪の背中に後ろ向きに跨り、短刀を突き立てた者がいた。
源頼朝が鎌倉で挙兵した時からの御家人、仁田四郎忠常であった。
頼朝は家臣の中に忠常のような豪傑が居たことを大いに喜び称賛した、という話。

動物を退治して称えられるという、まあよくあるような無いような話ですが
この時の話はこれだけでは終わらず、もう一つ後世に語り継がれる事件が起きます。


この巻狩りには工藤祐経という人も参加していました。
ご存知、曽我兄弟の仇討ちの標的です。
巻狩りの最終日の夜、雷雨が激しかった為、家臣たちは酒盛りを行い工藤祐経も酔い潰れていた。
そこに曽我兄弟がやってきて父の敵を討ち本懐を遂げる。
有名な場面です。

しかし結局、北条時政の護衛をしていた忠常が駆け付け、曽我兄弟の兄、十郎が討ち取られてしまう。
捕えられた弟の五郎については頼朝が助命しようとしたが、工藤の息子の訴えもあり後日斬首された。

せっかく仇討ちできたのに曽我兄弟かわいそう・・と思いますが忠常側からすると敵な訳で。

見る側によってはどっちが正しいかなんて分かりませんね。


外題解説がちょっと長くなりすぎました。


この攻撃人形の顔ですが、攻撃として使われるのは珍しいですよね。
去年の永覚町のヤラレでしょうか。
これはこれで好きです。
後ろの弓人形ですが、この時みたいに半裸の方が良かったと思うのは私だけでしょうか。


見返し
「タワーより高い希望(のぞみ)の活性化」

優秀賞!
うまいっす!



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(平成5年相染町)

2014年07月08日 12時41分56秒 | 土崎港曳山祭り
※ あくまでも個人の感想ですので悪しからず。

台風と同時に梅雨明け!となればいいですね。
ついでに会社も休みになればなお良し。


今回は平成5年の相染町です。


外題
「白刃閃く關ケ原二龍の争戦雌雄を決す」

飛沫も波も少ない感じがしますし、全体的におとなしめな山車です。
関ヶ原の戦いで人形以外の装飾をするとしても、思いつくものがあまり無いので派手にするのは難しいかも知れません。

となると結局は人形次第、ということになりますか。


見返し
「金づまりカカア(妻)の話はあの金丸金庫をもらいたい」

雲板さんの外題集によると「土建業界からのヤミ献金で、ためにためた金の延べ棒の金庫が、話題をよんだ。政治悪の極み」との解説が。
そういえばそんなこともありましたね。
いつの時代も政治家は・・
号泣して謝るしかないですね。



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(平成16年古川町)

2014年07月07日 17時59分17秒 | 土崎港曳山祭り
※ あくまでも個人の感想ですので悪しからず。

昨日は6日目にして早くも更新サボってしまいました。
ミニ山車に時間が掛かり寝不足です。


さて本日は、先日ちょっと触れました虎退治の気になる外題についてです。
平成16年の古川町です。


外題
「無想の槍 猛虎突き伏す」

ちょっと前のめりになった槍人形といい柴田勝家の顔といい、いい感じの臨場感ですよね。


・・柴田勝家??
うーん、確か賤ヶ岳で既に殺されてますよね?
なぜ朝鮮出兵にいるのだろうか。亡霊役で飾る理由もないでしょうし、とても違和感を感じてしまいました。
※ 粗探しのつもりはないです。
意図があってのことでしたら申し訳ございませんm(_)m



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)