制作好房

初志貫徹 ~志無くして進歩なし

曳山回顧(昭和51年新城町)

2016年07月19日 10時05分44秒 | 土崎港曳山祭り
あと1日!
天気が不安定ですが、大きく崩れることはなさそうです。

最後の投稿はいつもお世話になっている新城町。
いつもよそ者の私を優しく受け入れてくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。


外題 「豊家の崩壊 関ヶ原の合戦」

こういうまっすぐなヤラレ人形は当時よく使われてましたが
最近は全然見かけなくなりましたね。
立っている人形を倒しているのでしょうか?

派手さはありませんが昔っぽくていい山車です。
徳川家康に髭がなく小早川秀秋に髭があるということは
おそらく人形屋が間違ったものと思われます。

この家康の顔、昔っぽい細目の顔で私の好きな顔ですが、
おそらく今同じ顔を使ったとしてもこの顔にはならないかと。
今の人形は縁取りが大き過ぎて。。


見返し 「裏金の重さに、やせる肥満体」

またハット!


当方HP↓(写真の人形と関係ございません)


曳山回顧(昭和51年幕洗川二区)

2016年07月18日 06時47分08秒 | 土崎港曳山祭り
やっぱりみんなで意見を出し合いながら人形を付けるのは
他のことでは味わえない高揚感に包まれます。
今まで頑張って山車作りをしてきた町内の方々、いつもおいしい時しか帰って来ずにすみません。


あと2日!

本日のネタは昭和51年幕洗川二区です。


外題 「風雲相撃つ 阪東の対決」

天皇家の激しい同族争い。平将門の乱。
今じゃ考えられないですね。笑

朝廷の言うことを聞かず、領土を拡大しようとする将門を朝廷側の藤原秀郷がやっつける、という話。
この山車では将門が主役ですが、
藤原秀郷、別名「俵藤太」、あの大ムカデをやっつけたあいつです!

この時三条河原にさらされた将門の首が毎晩空を舞い身体を探し続けたというのは有名な話。
いまだに首塚が大切にされていることを考えるとこの人物の執念深さを感じます。

人形は裸なしですが臨場感があっていい山車ですよね。
無表情っぽい将門がまた不気味な。
ヤラレの形もナチュラルでカッコいいっす!
まじまじと山車を見つめる少年達の姿も印象的です。


見返し 「むかし珍品、今ピーナツ、わたし記憶ありません」

この時代よく出てくるピーナツ。
見返し札低過ぎ!笑



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)


曳山回顧(昭和51年清水町三区)

2016年07月17日 21時49分48秒 | 土崎港曳山祭り
あと3日!

本日は昭和51年清水町三区です。


外題 「鹿の一突き 尼子の息吹き」

まず、攻撃人形かっこいいっす!
これくらい形を変える勇気も今のレンタル屋には必要かと思います。

外題の文句、七八調でさらに韻も踏む。めっちゃかっこいいです!

場面は16歳の山中鹿之助がその名前を知らしめた戦いらしい。
この戦いについて自分は全然知りませんでしたが、
山中鹿之助といえば尼子再興に自分の人生を掛けた素晴らしい武将。
大河ドラマ「軍師官兵衛」で秀吉に見捨てられたシーンは忘れられません。

再興を願った言葉
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」
なかなか言えることではありません。


見返し 「殿(佐竹)さんドデシタ 港の雄飛」




当方HP↓(写真の人形と関係ございません)


曳山回顧(昭和51年古川町)

2016年07月16日 23時31分42秒 | 土崎港曳山祭り
本日18時に土崎到着しました。
今日は秋田の方が東京より蒸し暑かったです。
でも土崎の街並みはそんな暑さを吹き飛ばすような別の熱さがありました!

本日は昭和51年古川町です。


外題 「千軍叱咜の風雲児 千瓢榮耀天下統一」

中国大返し。
子供を4人抱えた羽柴秀吉が、って違うか。
ヤラレの顔と形がいい。
そして、秀吉があからさまに攻めてるってのがわかりやすい。
個人的には特に突っ込みどころもなく・・
秀吉の兜が印象深く、凄くいい山車ですね。


見返し 「ピーナッツ たらふく食って グロッキー」

この年流行りのハット。
娯笑会さん、揃いの格好が粋ですね!



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)


曳山回顧(昭和51年相染町)

2016年07月15日 18時32分15秒 | 土崎港曳山祭り
終電まで飲んで結局は二日酔いになってしまった(;^_^A
明日のために今日は絶対早く帰ろう。

本日は昭和51年相染町。

外題 「両勇両馬 誉の宇治川」

梶原景時の息子、景季。
義経好きとしては梶原と聞くと虫唾が走りますが、
景季はただの伝言役だったとのことでひとまず溜飲を下げます。

場面は「宇治川の先陣争い」
かっこいいですねえ!
頼朝から名馬を授かった佐々木高綱。
欲しくても許されなかった梶原景季。

馬の腹帯を締めろと高綱から言われ、その言葉に従った景季。
その隙に宇治川を渡った高綱。

当然敵陣に一番乗りしたのは高綱。
今も昔もずる賢いやつが勝つ。

という場面。

場面の臨場感が伝わってくる素晴らしい山車です。
この横向いてる馬乗り人形、この頃はよく見かけましたが
今はどこに行っちゃったんでしょうか。。
首は正面を向かない方が動きが出て絶対にいい人形になる。
最近は汎用性を重視して正面向きばっかりですからね。
しかも昭和53年将軍野一区の時は
逆を向いているという・・
人形屋さん、いい働きですねえ。


見返し 「昭和の太平 撼がす曲者(児玉誉士夫)」

桜が立派!



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)