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松静自然 -太極拳導引が教えてくれるもの-

松静自然とは落ち着いた精神情緒とリラックスした身体の状態をいい、太極拳導引の基本要求でもあります。これがまた奥深く…

太極導引としての推手 -体験的考察-(1)

2008-09-10 | 行雲流水-日日是太極拳導引-
去年の9月から始まった推手の自主練習会も
今月から2年めに入ります。
できれば少しでも参加者が増えることを
願っています。


推手練習は套路練習とは違い
ひとりで練習するわけにもいかないので
練習機会も限られてきます。
そこで教室が始まる前のわずかな時間や
月に1度の練習会を利用することに。

でも、そんなにまでして
なぜ推手をやりたがるのかと思う人も
いることでしょう。

そうなんですよ、どうしてなんでしょうね。
今でこそ推手のおもしろさを
それなりに感じてはいる私ですが、
やり始めた頃は、手合わせする度に
“推手って何?”とか
“いま私は何を意識してればいいんだろう”
などと思うばかりで、実感としては
何だかさっぱりの状態がしばらく続きました。


 訳が分からないままでは、何か悔しい

私がはじめて推手を体験したのは
去年受けた推手の講習会です。

初めての推手(双手でした)
まったく形にすらならずに終わりました。
講師の先生がマンツーマンで
丁寧に何度も要領を教えてくださったのですが、
まったくもって動けなかったことが
強烈な印象として残りました。

ひとりで行う套路練習とは違い、
他者と組して行う練習とは
かように思い通りにはいかないものなのか。
自分と他者との関係を意識するだけで
こんなにも不自由になるものなのか。

それでも、推手が嫌だとは思いませんでした。
何が何だか分らないことが
悔しかったというか、
おそらく好き嫌いの判断を下せる段階にすら
いたってなかったのだろうと思います。

講習会では、私以外は皆さん経験者でしたから
推手らしい動きをされているわけですね。
それを見ていれば、
やはり“あんな風になりたい”
と思っちゃうわけで。
“このまま分らないでいるのは
何かつまんないよなぁ。
そういうのって、好きじゃないんだよねぇ”
との思いがありました。