こんなのできた!<2>

単調な生活に新発見を!  
日々の小さな出来事の写真日記

2012/10/21 旅立ち

2012-10-21 18:15:15 | Weblog

久しぶりのブログ更新となった。
旅立ちで家には戻らず、一室で3人が暮らしていた。


2012/10/21 06:26 

「そろそろ、個室に入る時期です。婦長が説明すると思います」

2012/10/14(日)午後、母の担当看護師が言いに来た。
いよいよその時がきたと覚悟を決める。

その数時間後、4人部屋から個室に移った。
胸にはモニター監視できる計器がつけられた。
病状はそんなに変化はないように見える。

その夜、息がはげしくなった。
看護師の説明では心拍数は135もあり、マラソンをしているのと同じ状態。
それにつれ呼吸数も増加、何時間もハアハアが続く。
看護師は「今が一番苦しい時期です。これを過ぎると本人にはわからなくなります」

ハアハアは一時収まったが気はしっかりしている。周期的にハアハアと平常を繰り返す。
なんとかしてやりたいが、私には何もできない。その状態が続き夜が明けた。

2012/10/15 朝一番、出勤した医師がモニターや聴診器で診て
「痛みは止めることができます。しんどいは直せません。
しんどいとき睡眠させることはできますが、寿命を縮めます。どうしましょう」
考える余裕はなく「苦しいときに考えます」と答えるのが精一杯。

2012/10/16 もハアハアは 続く。

その夜の看護師の検温、血圧測定で
「医師が説明すると思いますが、私の経験からあと1日か2日です」と告げられた。

姉たちを呼び、夜は明けた。ハアハアは続く。

2012/10/17 1日目は過ぎた。


2012/10/18 朝、初めて酸素マスクを使用。呼吸は吸・吸・吐に変わった。
主治医は「痛くないように治療しています」。

13時を過ぎ呼吸が違ってきた。うまく説明できないが、今までとは違う。
13時30分過ぎ、呼吸数が落ちた。ナースコールをすると看護師が飛んできた。
「モニターで心臓が止まりました。耳は聞こえますので声をかけてやって下さい」

まだ呼吸はしている。そして大きな呼吸をし、息は止まった。最後のひと息だった。
主治医がやってきた。
診察し、時計を見つめ「1時47分です」。
享年97歳。