「とんがりコーン、どうして食べなかったの？」
「言ったでしょ。ちょっとでも顔が丸くなったら、激太りだってマスコミが鬼のように叩くからよ。アイドルは顔がいのち、スタイルが大事！」
あたしは玄人面して、レーコに教えてやった。
そう。テレビのカメラってやつは、血も涙もないほど女の子の容姿には厳しい。男の顔に傷ができたって勲章のように誉めたたえるくせに、ちょっとでも目に隈ができたり、にきびができたり、日焼けしてしまったりした女は、心がけが悪いだの、キズモノになっただの騒がれて、出演をキャンセルされたりするのだ。いつもきれいにしとくのに、どんだけ、この美貌に時間とお金と労力がかかってると思ってんの。オンナがタダできれいだと思ってんの、オトコってやつは。見るのは一秒、つくるのは一時間以上。それが、あたし、アイドルコロナの現状だった。あたしだけじゃない。多くの夢見る途上の女の子の知られざる苦労なのだ。
「…違う」
「違うって何が？」
「あのお菓子。雨音しずくがCMしてる商品だから、コロナは手をつけたくなかった」
頭の後ろをいきなりハンマーで叩かれたぐらいの衝撃だった。
女の子がくるりと透明な傘を廻す。雨あられと落ちてくる、とんがりコーン。古い洋画のように軽妙なスイングで、歌い踊る女の子。滴のように弾かれたお菓子を、周りの通行人たちが舞い狂いながらぱくぱく食べる。シャガールの恋人たちの絵のように身をくねらして食らいつく。ご機嫌でコミカルな話題の映像。ほんとうはあたしがやるはずだったのに。名うてのアイドルがこぞって出演した話題のコマーシャル。人気者の登竜門とさえいわれた、あのお菓子。アイドルならば、食べられないはずがない。
「もう、やめなよ。それ」
こいつはさらに畳み掛けるように言葉を重ねた。
「自己管理がちゃんとしてるなら、煙草も止めたほうがいい。音楽はからだの中を流れていくもの。体内が煤汚れてたりしたら流れるわけがない。どうして、そんなに自分をいじめてんの？ 耳の聞こえもおかしいでしょ、貴女。他人の言葉が聞きとれないから、そうやって怒り気味にいつも返事してばかりで損してる」
あたしは、レーコをはたと睨みつけていた。
いつのまにか始まって終わっていたイントロとずれた歌いだし。バックダンサーとの動きのちぐはぐ。あたしの耳があたしの歌を奪っていった。お前、やめろ――プロデューサーのその声だけは、最後にはっきりと聞こえた。あのオトコと別れる前日のベッドの上と同じ声だった。3か月後のマンション退室が決まったのも、その瞬間だった。
喫（の）みすぎたのは誰のせいなのか？
エレベーターに乗れないのは？ あれが食えないのは？ 歌えないのは？ ――それは誰のせいなのか？ こころを殴りつけにくる声。踊らない腕と飛ばない足の先。蹴りたかったのは、あのときぶざまにステージに転んだあたしの背中。
興奮しすぎて、あたしの喉は真っ赤に染まってるに違いない。首のあたりまで痺れてきた。ぶっ壊れた温度計みたいに血圧がずんずん上がってく。こめかみがずきずき痛んで、ようやっとあたしは声を絞り出した。
「漫画家ってほんっとイヤな職業ね。人の顔色みて、根掘り葉掘りココロを探るようなマネして。そんなにあたしがいじけてるの、眺めんのが楽しいの？ ネタ帳になって楽しいの？ インタビューで本性の皮をひん剥いて、してやったりで？ 性格悪っ。うざいよ、あんた」
何の権利があって、このオタク漫画家はこんな気に障ることいいやがるんだろう。
いま、この女は他人の魂を覗きこんでしまえる尊大な特権を得たかのような顔しくさって、あたしの前にぼけっと突っ立ってるじゃないの。
こいつなんて、今、流行りの誰が書いてもおなじような、のっぺりした顔で、瞳のばかでかい人形みたいで、媚び笑いした二次元の女しか描いてないくせに。
ああいうデジタル処理した絵に見慣れたバカがいるために、肌にちょっとでもくすみや皺があったりしたら、これだから三次の女は汚いだのなんだの陰口叩かれるんだから。身長160近くあんのに、体重が30キロ超えたらデブ呼ばわりするアホな男が多いのも、この手のオタク漫画のせいだ。紙切れの上のオンナでも抱いてマスかいてやがれ――信じられないほど口ぎたない言葉が脳をかけめぐる。うっかり口にして、どっかで録音されてたら、あたしのアイドル人生はすぐジ・エンドだ。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」
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