陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

上橋菜穂子のインタビュー──雑誌『ダ・ヴィンチ』2021年9月号

2022-02-18 | 読書論・出版・本と雑誌の感想

漫画家のさいとうちほ先生のインタビュー目当てに読んでみた雑誌『ダ・ヴィンチ』2021年9月号。思わぬ副産物がありました。なんとこの号、ファンタジー作家の特集号でして、上橋菜穂子はじめ日本の名だたるファンタジーノベルの書き手たちにお話を伺うというスタイル。

上橋菜穂子先生は特集第一号め、なんといいましても世界に知られた日本のファンタジー作家の代表格。文化人類学者という肩書きもありますので、小説としては寡作なのですが、代表作の『守り人』シリーズはNHKでアニメ化&ドラマ化もされましたよね。

今回は2015年の第12回本屋大賞および第4回日本医療小説大賞受賞作『鹿の王』にアニメ映画公開記念のインタビュー記事。なお映画「鹿の王 ユナと約束の旅」は9月10日より公開中です。そのインタビューのまとめです。

・『鹿の王』の原風景は夢から覚めたあとのイメージから
上橋菜穂子先生の著作は小説のみならずエッセイ本も読んでいるのですが、プロットを立てずにイメージを繋げて構成するという方法に驚いた覚えがあります。だから作為めいたあざとさがないんですよね。主人公ヴァンと拾い子ユナとの関係は、心身の分裂を抱えた男と引き留める少女の姿という脳内映像から。ウイルスに関する本もきちんと題名を明かしているあたりが、研究者らしいといいますか。

・生死を司るウイルスは他者との共存共生の必要性を教える
くしくも新型コロナウイルス感染拡大の現況、「私たちは等しく病にかかる可能性のある運命共同体なのだ」という事実を浮かび上がらせました。この物語の病は人づたいに感染しはしないものの、制御不能な事態に陥ったときにひとの不安や恐怖がおこす悲劇は、けっして医療行為だけでは解決できるものではない、というメッセージを映画化にあたり制作陣と共有したかったのだと。

・アニメ映画でしか描けないもの
テーマの一貫性はあるものの、アニメ版は原作小説とは人物の立ち位置がやや異なるらしい。上橋ファンタジーでしばしば描かれるのは壮大な原自然を背景とした民族間の対立であって、異星人要素はないのだが、だからこそつくりこまれた世界観なのに実在しそうな人物の重みがあります。アニメでは主人公の駆る飛鹿の躍動感がたっぷり表現されていたのがお気に入りなのだとか。

・人間が死を恐れ、なぜ生きるのかという意味
私個人的には『鹿の王』が描いた体内のミクロコスモスと、人ふくめた生命体の社会との重ね合わせという判じかたはやや物足りない面があって、『守り人』や『獣の奏者』ほどの感慨はないのですが。生殖活動の目的である種の存続ではわりきれない人間の長寿や、血縁によらない絆、生きることのあがきこそが神髄という問いかけが、本作の中心にあるということ。

・『鹿の王』というタイトルにこめられた真意
「自分がもつその能力が人を救うかもしれないとなったとき、危険を伴うとわかっていても、一歩前に出て役目を果たす人がいる」──鹿の王とは、そういう者への敬意をこめた称号。現在ならば医療の最前線で働く方々だが、彼らを英雄視することにはためらいがある、と先生は語ります。「私たちはみな誰もが他者を守ることができる存在である(…)自分が感染しない努力をすることが、他者を救うことに繋がるのですから」

・ファンタジーと文化人類学とは親和性が高い
異文化のなかで暮らしてみるという人類学のフィールドワークは、日常の外にある世界に入り込むファンタジーと似ていて。非現実の世界を体験できるのが物語の醍醐味で、楽しめるのは人間だけ。物語で生き方の理想や模索を描くこともできる、と。

カラーで四頁にわたるこのインタビューでは、コロナ禍にあえぐ現在の世界状況を絡めた言葉にかなりの説得力があり、背筋を伸ばしたくなるような心地がしたものでした。
上橋先生がよく創作の源泉として挙げられる『指輪物語』。私は未読なのですが、興味を惹かれますね。トールキンも言語学者であり、学者兼作家という共通点がありますよね。

このファンタジー特集号では、古代日本を舞台にした「勾玉」シリーズで知られる荻原規子先生の記事もありまして。知らない作家さんもいたりして、今後の読書の幅が広がりそうですね。日向理恵子さんははじめて知った方でしたが、「守り人」シリーズを「リアリティの水準がしっかり設定されている」「アクションシーンも子どもが読むからといって手加減なし」といった紹介をされていて、ほんとそうそうと頷きたくなります。無駄に漫画やアニメみたいな、あっけなくキャラを死なせて読者を驚かせたらいいやとか、残虐描写で裏をかいてやろう、とかそういうあざとさがない、甘い世界のかに毒をにじませる容赦のなさなんですよね、ファンタジーや童話が好まれるのはね。

ファンタジーってまず独特の世界設定やら、人名地名や用語の覚えづらさから、世界史が苦手だった私にはかなり敷居が高すぎて避けてしまう分野ではあるのですが、機会があれば親しんでおきたいですね。

(2021/09/27)





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