陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

日本映画「あなたへ」

2014-11-21 | 映画──社会派・青春・恋愛
日本を代表する名優の高倉健さんがお亡くなりになったそうです。
健さんといえば、仁侠ものの主演が多かったそうですが、私としましては、後年の「鉄道員(ぽっぽや)」のような朴訥な男性役のほうが記憶にあります。二年ほど前に、劇場観賞した映画「あなたへ」(公式サイトはこちら)が、銀幕でお見かけする最後となりました。ひさびさに銀幕復帰して話題となった作品ですね。なお、この映画はまた、あの大滝秀治さんの最後の出演作ともなりました。ご冥福をお祈り申し上げます。


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北陸の刑務所で受刑者に技術指導をおこなう倉島英二は、愛妻を亡くしたばかり。四十九日が過ぎたころ、妻がNPO法人に依託していた遺言が届く。それは「あなたへ 遺骨は故郷の海に散骨してください」という、きわめて短い絵手紙だった。刑務所の職を辞す覚悟で、妻の骨壺とともに自家用車に乗り込んだ英二は、一路、長崎の平戸の海をめざすが…。

ロードムービーの体をとっていますので、旅先で英二には予期せぬ出会いがあります。おなじく男やもめでキャンピングカーを走らせる一見親切そうなもと教師からは、種田山頭火の詩集を渡される。大阪まで運んでやったイベント食品販売の若手主任からは、その人の良さを見込まれて、物販を手伝うことに。その現在の時間軸のなかに、英二の回想として亡き妻洋子との、警察官時代の出逢いや結婚生活などなど、夫婦のなれそめや想い出がしんみりと偲ばれていきます。

英二がなかなか目的地にたどりつけなかったのは、好事魔にじゃやまされたというよりも、敢えてそれを自分が選んでしまったからでしょう。退職願を出してまで旅に出たぐらいなので、ひょっとしたらあまりに思いつめて、妻もろともに海に果てるとの決意もあるのではないか、そんな悲愴感すら漂っても来ます。旅先での交流にまぎれて、見失っていた自分の本心に、気づくのは平戸の海にようやく到着した夜。嵐で足留めされてしまったことで、自分に迷いがあったことに向き合うのです。前へ進めないことが急ぎすぎた行動をいましめる歯止めになっているという、前向きなとらえかたがいいですね。

本作の見どころは、やはり、クライマックスの散骨シーン。
漁船のうえで、骨壺を覆う布を開いた主人公は、その布を口に含みながら掌を海に撫で付けるように、やさしく骨を海へ帰すのですね。自分が愛した存在をぞんざいに扱わないという死者への敬意、そして嗚咽をこらえるための男のタフさを感じさせる名演技。ちなみに、これは高倉健さんのアドリブだったそうです。

散骨を果たしたあとで、気持ちの整理をした英二は、あまりに簡潔すぎた妻の遺言に隠された真意に気づくことになります。その真相は、あたりまえといえばあたりまえかもしれません。

出演者が豪華な顔触れではあるのに、やや脚本と演出にもの足りなさが残るのが、いささか惜しまれるところ。というか、邦画の場合、とくにそうですが、出演者のキャリアを考えると、その人がのちのちどういう化け方をするかが見透かされてしまうのですね。本作でいえばビートたけしはやはり、彼らしいチンケな本性を現してしまいますし、なにか訳ありな佐藤浩市が知り合いの漁師を紹介したことと、余貴美子演じる食堂の女主人の話がすぐにつながってしまうので、あまりひとを驚かすような仕掛けはありません。

さらに田中裕子演じる奥さんとのエピソードは微笑ましいものの、彼女が好いていたと思われる受刑囚との関連がややあいまいすぎて、よくわからなかったところ、でしょうか。ビートたけしのあの顛末についても予想されるだけに、別にあってもなくても、いいような存在なのですよね。そして、曲がりなりにも世界的名声のある監督なのに、あんな退場のさせ方はもったいない。むしろ、あの役ならば、いかにも堅物の教師が似合いそうな役者を当ててほしかったところ。それ以外のラインナップはすばらしかったです。とくに草薙剛はよくがんばっているし、大滝秀治の渋さもいい。

それと、いま一歩残念だったのは、主演の高倉健さんがやはり、ところどころ老いに負けたと思われるぎこちない部分が目立ってしまったことでしょうか。長いあいだ舞台から遠ざかっていたのが影響したのかもしれません。しかし、この方はどちらかというと、駅員や警察官、軍人のような制帽をかぶる役のほうが似合いますよね。若い頃の高倉健を知る方ならば、垂涎ものの映画だといえましょうが、往年のスター高倉健であるがゆえに、彼の素のままを壊したくないがために、ダイナミックに脚本や演出が冒険できなかったという残念さがつのるのです。

ちなみに本作は、第36回モントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門出品決定した作品とかで。海外への受けがいい映画監督ビートたけしを起用したのも、戦略的だったといえるのでしょうが、国内ではあまり評価されていないような無名の俳優が海外で絶賛される現状をみると、はたしてそれがよかったのどうか。

タイトルの「あなたへ」というあまりに単純なこのタイトル、じつは二組の熟年の夫婦愛を描いたものとなっています。「私は鳩になりました」という名台詞とともに、英二が過去と訣別し、切られた糸を運命の巡り合わせで結びあわせるというからくりが、静かな感動を呼ぶことでしょう。激流のシナリオや刺激的な音楽や、派手な演出とは無縁のこの映画の渋さ、それが分かる年代になるまでは、自分はまだ遠いのかもしれませんね。

余談ですけど、この健さん、若い頃の二枚目ぶりで絶大な人気があったのは語るまでもないのですが、さいとうたかをの『ゴルゴ13』の主人公のモデルだったというのは驚きでした。女優の江利チエミさんとの結婚生活や、その後の浮き名を流さない潔い態度にも、惚れてしまう人が多かったことでしょう。日本の芸能界は、なんとも惜しい人物を亡くしたものです。

(2012年9月19日の鑑賞記録を加筆修正して再録)

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