ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと聞けば、幼少から父の英才教育を受けて、音楽の才能をいかんなく発揮した神童。少女漫画にでてくるような繊細な美少年で、夭折の天才…というのが、私のかってな印象。その思いこみはじつは、小学校の頃読みふけった学研の歴史人物大辞典の人相書きからきたもの。そんな長年いだいていたモーツァルトの理想像をおおきく覆してくれたのが、1984年の映画「アマデウス」
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1823年11月。冬のウィーンで自殺を図った老人が、精神病棟へ収容される。アントニオ・サリエリと名乗った老人は、誇らしげにかつて自分は、皇帝ヨーゼフ二世に仕えた宮廷音楽家だという。だが、堅実に音楽のみを神聖なものとして身を捧げてきた彼の人生を、変えてしまった運命の人物─青年モーツァルトが現れた。
自信家で女たらし、陽気で時に皇帝にすらもの申す不遜な若者、だが彼の才能だけは確かだった。
ライバルの宮廷音楽家の目線から語られる、モーツァルトの人生。
ドイツ語ではじめてのオペラを書き、大衆オペラを大成。しかし、それは革命の機運がうずまく不穏な欧州では、きわめて危険な芸術だった。ほとばしる独創と、お抱え音楽家としての苦悩が、天才モーツァルトを蝕んでいく。
そして、また恋多く、遊びすぎる生き方。妻としたコンスタンツェは、浪費三昧の夫に悩まされ、いつもお金の工面に身をやつしている。皇帝の腰巾着の音楽家や頭の古いオペラ劇場の監督たちは、モーツァルトの作品を理解しなかった。モーツァルト自身も彼らのイタリア流を、小馬鹿にしていた。
妻は、終盤になると、一時的に別居してしまうくらい。
サリエリは、不幸なことにモーツァルトの才能に妬みながらも、最大の理解者でもあった。表向きは協力者然としているが、裏側でよからぬ讒言をしたり、オペラの公演をじゃまだてしたのは彼だった。晩年の病床のモーツァルトを取り憑かせた、あの「レクイエム」も、彼が仕向けたものだった。
サリエリ老人は、希有な天才音楽家の人生を語り終えると、凡庸な、いやある意味では異常者たちの集う白い病棟を進んでいく。
敵意と愛情、妬みと尊敬、復讐心と後悔、ひじょうにアンビバレントな感情が、老残の彼を支配してきたのかもしれない。
しかし、逆にいえば、彼の奸計がなければ、モーツァルトは貧窮せず、宮廷に迎合しておさだまりな音楽しか残さなかったかもしれない。伝説や神や、王の権威、そうした諸々の古い枠から、芸術が解き放たれたという近代性によって、モーツァルトの名は今でも不朽のものとなっている。
随所に、モーツァルトの代表作がBGMとして挿入される。また構想中に、曲想としての弦楽器などの音がはいるのも、天才の感性の泉を視聴者にかいま見せてくれる。
監督は、ミロシュ・フォアマン。
原作はイギリスの劇作家ピーター・シェーファーによって著された戯曲。映画に先駆け、ブロードウェイでミュージカル化された。
主演は、サリエリにF・マーリー・エイブラハム。モーツァルトにトム・ハルス。
アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞の8部門、ほか多数を受賞した大作。
(〇九年八月十六日)
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