陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

アニメ映画「風立ちぬ」

2019-04-18 | 映画──社会派・青春・恋愛

この映画のタイトルを聞いて、どちらでしょうか。
堀辰雄の著名なサナトリウム文学を思い出すか。それとも松田聖子の歌謡曲の出だしのワンフレーズを口ずさんでしまうか。私は前者だったのですが。あと10年もすれば、「風立ちぬ」と聞けば、このアニメーション映画のタイトルを真っ先に思い出す人はどれくらいいるのでしょうか。もちろん、この映画の制作者である、日本一いや世界でも随一の、あのアニメーション監督はそれを狙ったに違いありません。なにせ、この映画には日本が誇るアニメ界の巨匠が二名も関わっているのですから。しかし、なんでこうなったの…?!

2013年公開のスタジオジブリ製作、宮崎駿監督作のアニメーション映画「風立ちぬ」。
金曜ロード―ショーで地上波放映していたので、観てみました。ちなみに、私、ジブリ映画は劇場で観たことはありません。混むのがわかっていますものね…。

大正時代末期、帝国大学で航空学を学ぶ堀越二郎は乗り合わせた機関車で地震に遭遇。
乗客だった少女と女中を救出し、無事に送り届ける。
大学卒業後、親友のいる企業へ航空技師として勤めはじめた二郎は、ドイツ留学を経て開発主任に抜擢され、当時最新鋭の軍用機の設計にいそしむ。しかし、完成した機体はあえなく空中分解。失意をまぎらわすため休暇中におとずれた美しい村で、ひとりの女性に出逢い…。

この映画は、あの零戦(ぜろせん)の設計者である実在の同名人物をモデルにしているという触れ込みでしたので、とても泥くさい技術者の攻防というか、飛行へのロマンというか、夢にかける男の情熱というか、そういった熱量あふれる雰囲気を期待していたので、いささか梯子を外された感じです。二郎はとにかく図面だけ引いている場面が多くて、エンジニアというよりも、外観だけ決めているデザイナーみたいに見えます。親友の本庄や、上司の黒川などもこれといった障害でもなんでもなく、ドイツ人との交遊がらみで特高から追われるシーンはあるものの危機感が大してあるわけでもなし。二郎はとにかく最初から天才肌の技術者という周囲からの評価なのですが、その技術的な裏付けというかうんちくが乏しいので、正直、なにが、どこが画期的なのかわからないままです。人柄がよくて、理解者にめぐまれているのはわかりますが、企業プロジェクトにありがちなドラマティックな展開を期待してしまうと肩透かしを食いますね。

ストーリーはなぜか二郎の恋模様へと移っていきます。
傷心の休暇中に再会したのは、数年前に助けたあの少女・菜穂子。ふたりはたちまち恋に落ちるのですが、菜穂子は結核患者。当時は不治の病。二郎は大事な開発が迫っているので、菜穂子を見舞うことが難しい。ある日、菜穂子は病床をぬけだして、いきなり二郎のもとへ押しかけてきますが…。

二郎と菜穂子のこの純愛はとても美しい。
最後に菜穂子のとった行動はなんとももの悲しく、献身的でありすぎます。二郎が寝たきりの菜穂子の横で喫煙してしまったシーンなどもあって、現代の女性観からすれば批判したくもなろうというものですが。まあ、あの時代、妻は夫よりも先に起きて化粧をしていて、というのがあたりまえの時代でしたので。ただ宮崎駿の手掛けたナウシカやら、「もののけ姫」のサンやなんとか御前とか、元気溌剌とした女性像からすれば珍しいタイプなのかも。

関東大震災以後の混乱期から太平洋戦争前までの時代背景とした、生きるのに大変な時代の、情熱に夢傾けた男たちの野心を縦軸に、その薄命の令嬢とのロマンスを横軸に掛け合わせたのでしょうが、なんとなく中途半端な感じが否めませんね。零戦の開発物語を美談にあえてしなかったのは、宮崎駿監督の反戦意識がそうさせたのでしょうか。

堀辰雄の小説を題材にするならばもうすこし自由に動かせそうなオリジナルのキャラクターのほうがよかったのかもしれませんし。二郎は好感のもてる人物なのだけど、どうしても飛行機がテーマである先行作の「紅の豚」のアクが強い男たちと比べてしまうと、おとなしすぎて存在感が負けてしまうのですね。堀辰雄の詩情を加味すれば、繊細な感じの青年にならざるをえないのでしょうが。高原の翠と対照にするためなのか、二郎のスーツが薄紫なのも違和感があります。あの時代の紳士服で、ああいう色彩あったのでしょうか。ディズニー社が噛んでいるので、海外受けのいいカラーリングなのでしょうか。

この映画は宮崎駿の引退を表明した最後の作ということで、制作前からかなり話題を集めました。蓋を開けてみると、受賞歴はあり観客動員数も悪くはないものの、過去の大ヒット作に比べてみると評価はあまり芳しくない模様。批判のひとつに、アニメ監督の庵野秀明氏を主役の声にあてたことが挙げられます。私はあまり違和感がなかったのですが、やはり下手だという声があったようで。ご本人も最初は固辞したようですが、師匠筋で業界の大御所なので逆らえなかったとのこと。もともとは作画で参加したかったようで、庵野監督も不憫ですね。話題づくりだったのか、売れっ子の弟子への牽制球だったのか、どっちなのでしょうね。二郎のキャラデザからいえば、「もののけ姫」のアシタカ青年のような爽やかな声の方がふさわしかったように思えるのですが。無名の俳優さんでもいいので、抜擢すればよかったのに。

印象に残ったシーンといえば。
二郎がお菓子を道端の子どもに与えようとして逃げられる場面。そのあと、親友との対話で、生活困難者をさしおいても、国家の威信をかけて航空開発に挑む野心が語られます。生きるのが大変な時代とか貧しい国とか作中語られるのですが、二郎たちも菜穂子も富裕層にいるので、庶民の辛さが見えてこないわけですね。菜穂子が慈善看護婦として病棟で働いていて罹患したとか、なら別ですが。大正末期から昭和前期という時代らしさもあまり風俗に反映されていないようで、しかも、ナントカ公爵(CVの野村萬斎の声がはりきりすぎて、絵が頭に入ってこない(笑))とかいう夢の人物が出てきてしまうせいでファンタジー色があふれてしまい、二郎が零戦で人命が失われたことへの悔恨や菜穂子との離別を匂わせるラストもいささか薄らいでしまった感があります。興味深かったのは、祝言をあげるときの黒川夫妻の名乗り。あれはどこかの土地の風習なのでしょうか?

宮崎駿監督は、その後、引退宣言を撤回し、現在新作に挑んでいるようですね。
「サマーウォーズ」や「君の名は。」、さらには「この世界の片隅に」などのように、あるいはすでに人気作テレビアニメの劇場版のように、近年、つぎつぎと興行収入をぬりかえるアニメーション映画が登場しているいっぽうで、大衆受けのいいエンターテインメントというよりも文学性をめざしていくジブリがどこまで覇権をひろげていくのでしょうか。人間、年をとったら、あまり刺激的で大胆なものはつくれなくなってくるもので。次回作も教条主義めいたものになってしまうのかもしれませんね。

ジブリはトトロやらカオナシやら、あのあたりの不気味愉快なキャラをつくるのがうまいので、歴史上の人物とか原作にあまり極端にこだわらないほうがやりやすいんじゃないかと思うのですが…。絵柄が万年変わらないので、どうしても「ナウシカ」とか「ラピュタ」とかを思い出してしまうんですよね。いまだ人気衰えぬ過去作の続編でもつくってみたらいいのに。…などと思うのは懐古主義ファンの独りよがりな望みなのです。


(2019年4月13日)




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