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陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「高町家のアフターレッスン」(一)

2015-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

「ティアナ、ちょっといいかな?」
「ハイ、なんですか?」

自分と三歳しか年の離れない教え子の気のいい返事に、戦技教導官は華やいだ笑顔をみせた。
生徒四人うちでも最年長のティアナ・ランスターは、呼ばれたらすぐに気持ちのいい対応を返してくれる。一時期ある誤解から衝突したことも尾を引かず、今となっては彼女がいちばんの期待の星であり、成長株といっていい。

「えっ…っとね」

こちらから呼び止めておきながら、高町なのはが問われた用件をつい忘れそうになったのは、教え子の返事があまりに早かったから。それだけではない。彼女がじろじろと自分の顔を凝視していたからだった。しかも、そのねちっこい眼差しが放たれているのが、二つどころから四つの瞳だったから。

なのはがちらりと自分の右隣に目を移し、困っているのか喜んでいるのかわからない微妙な境界線の笑みをたたえているのを察した、ティアナ。隣の白いTシャツからはみ出した腕を肘鉄でつついて、

「スバル、あのさ。あたし、これからなのはさんと用事があるから」
「ええ~っ? そうだったの? さっき…」

すばやく腰に回された手にスバル・ナカジマがどきりとするも、その甘い期待は瞬時に裏切られる。お尻のポケットのあたりの肉がねじられて、ふぎゃあっ、とおどけた子猫のような悲鳴を発した。口を尖らして問いただそうとしたスバルを、ティアナの射るような目つきが制している。思念通話からは、たっぷりと恨みがましい声が届けられた。

(ティア、なにすんのッ?!)
(静かに!)
(だって、今日の午後だったら予定はないって言ったのにぃ!)

たしかに。この午前の演習がはじまる前に、この相棒にきっちりそう告げた。
フェイト隊長と取りつけた約束は、彼女の想定外の仕事のせいで、キャンセルになったのだった。だが、急に降って沸いたなのは隊長からのこのお誘い、乗らない手はないだろう。

(ごめん、ごめん。先約あったの忘れてた。次に埋め合わせしてあげるから)
(せっかく、準備してたのに~ぃ。お店も探してきたのにぃ。それ、ひどいよ!)
(うっさい!)

むぎゅっと肉のひねりが強くなるも、ティアナは肩を抱いて友好的な笑みを装っている。なのはときたら、そんなふたりの裏返った友情の水面下のやりとりを知る由もなく。

「もしかしたら予定あった? だったら無理強いしないけど」
「いえ、だいじょうぶです! ご心配なく! ね、スバル?」

スバルは、こくこくと頷くしかない。というのも、友人の指先がうなじを突き、頭を下げろと言わんばかりに後ろから脅してきたからだ。

世の勤労者諸君に告げる、上司がむりやり終了間際に用事を振ってきた場合。
無碍に断るのもいただけないが、そうかといって、渋々従う必要もない。どうしても外せないプライベートがあるならば、翌日早出で処理できることを部下がそつなく提案すればいい。個人のキャパを超える過重負担は問題だが、タスクを振られるときの対応を試されているわけだ──などと仕事マニュアルには書かれてあるが、日本の企業の個人の休暇や家庭生活をないがしろにしがちな傾向はいただけない。仕事中心人間は家庭に居場所がなく、家庭に逃げ込んだ人間は職場からは弾かれる。ワーク・ライフ・バランス推進の美名目だけは掲げておきつつ、形骸化しているのであった。

ところでティアナの場合、この指導者が一人だけご指名でめったに声掛けしてはこないので、なにかただならぬ理由があると察したからだった。おそらく、盟友にしてなのはさん尊敬してますの犬っころ属性スバルには言えないような事情が…。高町なのはは上司ではあるが、もはや先輩というか師匠にも近い。そこで、ティアナの交渉術はいまに発揮されるだろう。


【目次】魔法少女リリカルなのは二次創作小説「高町家のアフターレッスン」



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