陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

入院部屋でのトラブルはまさかの日のためのレッスン

2024-03-20 | 医療・健康・食品衛生・福祉

大学病院へ二泊三日で入院した私だが、検査はしんどかったものの、部屋に関してはかなりの満足だった。四人部屋で無料、しかも窓際で遠くの山が迫った眺めはよろしい。

この共同部屋でのトラブルが耐えないという人もいる。
なかには相性の悪い人がたまたまいるケースもあるだろう。特に高齢女性で入院が長引いていると、気持ちが下降しがちで周囲に八つ当たりするような人もいるかもしれない。

私の場合は、ほか三名がほぼ同世代の30代40代ばかりで。
カーテンでの仕切りもあってプライバシー厳守。声は聞こえるが、みな、寡黙だったし、見舞い人も呼んではない。

これは、ほかの男性だけの部屋もそうで。この大学病院の患者は、あらかじめ選んでいるのかと思うほど、野卑た、いかにも喧嘩早そうな御仁はいなかった。私がかつて勤めた県立病院は、会計窓口でしょっちゅうクレーマーが立ち往生して、警察OBが対処していたのだが。この大学病院ではロビーも穏やかで、揉め事に出会ったことがなかったのだ。

職場でもそうだが、こうした共同スペースでトラブルがある理由は。
ひとつには、その空間の設計が悪くて動線が狭く、かつ不衛生なのでストレスが溜まりやすいのではないかという疑い。もうひとつは、患者本人の気質によるもので、やはり組織で勤めた経験値が少ない人ほど他者には寛容ではない傾向が多い。要するに専業主婦(夫)層や事業主など。

病院側もそうしたわがままそうな小金持ちをわざと迷惑患者のいそうな部屋に放り込んで、有料の個室に変えてほしいと声をあげるのを待ってすらいるのかもしれない。

驚いたのは、東京圏と我が地方圏だと、個室の差額ベッド料にかなりの開きがあるということだ。
わが県では数千円の負担増が東京では日額3万円にもなる。それだけ人口過密で病床が足りないのであろう。地方のほうが現役世代が少ないので社保料の負担額がかなり高いのだが、いざ入院となると入院費がかさむのはどうしたことか。

ちなみに、昨春、私の同居人も入院したが。
入院部屋でもほかの部屋でも仲の良い友人ができてしまって、二週間ほどの入院だがわきあいあいとしたムードだったらしい。家でいるよりも快適だったと言われた日には、凹んでしまったものだ。

死の恐怖やお金の不安があると、ひとはたしかに荒れやすい。
けれども、共同生活を送らねばならない日はいつかやってくる。たとえば、災害時に、体育館や公民館へ避難するときは、他の人とのプライバシーの境界が問題となるだろう。いま、ネット上で大物ぶったり、賢者ぶったり、財産を囲い込んで優越感に浸っても、譲り合いの精神をもたなければ、生身ひとつで放り出されたときに辛い思いをするのは自分なのだろう。

そう思えば、いま、会社の人間関係でごたごたがあって疲弊してはいるのだが。これも来るべき災いの日へのレッスンだと心得てやりすごせばいいのかもしれない。嘘でもいいので、不機嫌なことがあっても、笑顔をとりつくろう習慣があれば、初対面での相手への警戒心を和らげることはできるのだろう。こうした処世術は、学歴や職歴があろうがなかろうが、生きていく上で必要なのかもしれない。


(2023/08/27)










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