陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「翠のゆりかご」 (十六)

2007-08-01 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

テーブルに三つのランチョンマットが敷かれ、三本のスプーンが用意された。床には犬用の食器がおかれている。アルフの先の白い尻尾が急かすように、さかんに床をうちつける音がひびく。彼女のお腹も待ちきれないらしい。
あつあつのオムレツがフライパンから滑り落ちるように、形を崩すことなく皿にのせられてゆく。
盛りつけをしながら、なのはが話しかける。

「そういえば、来週からヴィヴィオも学校にあがるんだね」
「うん。ふつうの子からしたら、二年遅れで一年生の秋からになっちゃうけど」
「ふふ。自分の娘がおなじ制服きてくれるなんて、思いもしなかったよ」

伝統ある聖祥大附属小学校の制服も、もちろん変わってはいない。
もともと名門校で大学までのエスカレーター式の附属小学校の門をくぐれる者は、良家の子息令嬢もしくは成績優秀者にかぎられる。三人の空を駆る乙女、世界的スターの私たちを輩出したことで、学園の名声は海鳴市をこえて轟きつつある。数年前の校舎の新築にあわせて、制服のデザインも一新する声もあがったが、一部の保護者および児童から猛反対された。管理局のエース高町なのはのバリアジャケットに近い白い制服に、憧れる生徒が多いからだった。地域の教育モデル校に指定され、高い初等教育のうけられる母校は、年々入学希望者が殺到しているようだ。すでに私たちのあとに、何人かの卒業者が管理局の研修生いりをしているので、ひそかに「エースのゆりかご」と称されてもいる。中途半端な時期、しかも厳しい試験も免除されてヴィヴィオが入学を許されたのは、現在の理事長がなのはの大ファンだからだった。歴代のその部屋主のいかめしい顔写真がならぶ理事室には、学費の半額免除とひきかえにされたなのはの手形つきサイン色紙が飾られているという。

新品の制服は一着買ってあるけれど、我が家には予備がすでに二着もある。十数年ぶりにクローゼットの奥から出されて、ナフタリンの匂いを部屋の空気と中和させながら寝室の懸け樋のハンガーに仲良く吊るされたふたつの学び服は、私となのはが袖を通していたものだ。いちど、なのはのお古をヴィヴィオに着せてみたことがあった。姿見のまえでヴィヴィオがくるりと一回転すると、丈の長いスカートの白い裾がふわりとあがり、セーラー襟は首にまとわりつくように翻った。私たちの想い出をまとって笑顔を弾ませる少女のなかに、私は懐かしい自分たちをのぞきこんで、じんわりと胸が熱くなった。

「ねえ、ヴィヴィオは最初にどんな友だちをうちに連れてきてくれるかな?」
「うーん、なのはみたいな元気な子じゃないかな」
「そう?わたしは、フェイトちゃんみたいなきれいな子だといいなー」
「そんなお世辞いっても、なのはのオムレツの量は増やさないからね。余りご飯の量はぎりぎりなんだから。ヴィヴィオだって育ち盛りだし。仔犬形態でもアルフだってよく食べるし」
「…フェイトママは、あいかわらず厳しいね」

叱られた仔犬みたいに一瞬しゅんとなったなのはだが、すぐまた喋りだす。ことヴィヴィオについては饒舌になって会話がはずむのが判るから嬉しい。だからもう、こっちも遠慮もしない。わだかまったものは、なのはが除いてくれたから。

「案外、はやてちゃんみたいなしっかり者さんだったりしてね。ヴィヴィオは甘えんぼだから、そういう面倒見よさそうな子に慕われるかも。そうだといいなー、育てがいがありそう」
「…なのは。いくら見どころあるからって、年端もいかない子を勧誘したらだめだよ」
「フェイトママは、やっぱり厳しいね。あ、そうだ!ユーノくんみたいな、礼儀正しい男の子でもいいかな~」
「それだけは絶対許さない」

わざと困りごとを口にして反応を楽しんでいるなのはに呆れて、私はフライ返しを鼻先につきつけながら、メッという顔つきで軽く威嚇してみせる。私に窘められたなのはは、少し舌をだしていたずらっぽく微笑んだ。私もそんな底抜けに明るい笑みに誘われて、すぐさま怒りの結びを解く。テーブルについてアルフを膝に乗せながらヴィヴィオが、きょとんとした顔をする。傍から見たらけんかしているのだか、じゃれあっているのかわからない。そして、いつまで待ちぼうけをくらわされるのだろうか。フォークを握りしめたヴィヴィオの催促するような目つき。四つの小動物のような淀みのない瞳がみつめているのに気づいた私たちは、もう一段笑みをひろげて、ひとりと一匹の視線をふたりの輪のなかへ迎えいれた。

「はーい、お待たせ」

ヴィヴィオの両隣で、慌ただしく椅子をひく音がふたつした。そして合掌するみっつの手のひらと、犬のひとつ鳴き声。

「「「いただきまーす」」」」

卵いろの皮に切り込みをいれて、びっしり詰まった、ほかほかした赤焦げた焼飯をすくいあげる。白い陶器皿で撥ねられた銀のスプーンが軽やかに、みっつ連なって鳴っている。今夜はやはり性急な音がしている。
私たちの遅い晩餐が、はじまった。



【魔法少女リリカルなのは二次創作小説「翠のゆりかご」(目次)】






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