陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「翠のゆりかご」 (十七)

2007-08-01 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは
──薄暗がりのなかでベッド脇の、時計の針が十二時の位置で束ねられ、夜の瞳を貫く蛍光色の光を放っている。
部屋の隅ではクッションの上で、ミンクの襟巻きのように身を丸めて、紅い仔犬が眠っている。
もう一時間近く瞳を凝らしていたから、すっかり夜の視覚になっていた。枕に片耳をおしつけていても、断続的な時を刻む音が届く。
遠見市のマンションで、アルフを膝に眠らせながらソファで浅い眠りをとっていた私が思いだされた。あのころは窓辺から流れる月の光だけが半身をあたためる掛け布で、やわらかい獣の体躯は闘い疲れた私が縋れるただひとつの枕だった。
眠れない時はしきりと焦燥感をあおるので遠ざけていた神経質な時間のリズムも、いまは耳障りではない。目が冴えているほうが嬉しい夜だったから。

お互いの頭を下から掌で支えるようにして、腕を二本伸ばした私たちの間で、すこやかな寝息をたてる少女がいる。私のつくった野菜たっぷりのオムレツを残らずおさめたお腹が、かすかに上下に動いてる。こんなに無邪気な寝顔をみせつけられたら、その先にあるもうひとつの寝顔との距離を縮めることなんてできない。幸せに満ち足りたいたいけな子供の顔を前にして、よこしまな多くを求めようとするなんて。
そんな夜のもどかしさを抱えていると、なのはがぱっと目を見開いた。寝返りをうってなのはに身を寄せるヴィヴィオを胸元に埋めて、なのはの頭が私の腕をたどるように近づく。なのはの背中に腕をまわして、私はふたりぶんの愛しさで彼女たちを抱きすくめた。
ヴィヴィオを寝かしつけるまでは、無口だった私たち。目を閉じていたのでもう寝入ったのだと思っていた。まだ眠らせないよ、となのはの冴えた瞳が語っていた。さて、今夜はなにを語ろうか。ふたりで相談すべきことは多かった。

入学したらヴィヴィオをいつまでも、私たちのベッドで寝かせるわけにはいかない。勉強机と椅子を備えた陽あたりのいい部屋も用意しなくては。ヴィヴィオは、もうすでにゆりかごから這いだしている。それは、嬉しくもあるし、寂しくもある。いつか、ほんとうに自分で空にとびたってしまうかもしれない。誰かのやわらかい手をひいて。なにか強いものに導かれて。

すこし前まで悪い夢にうなされて空をもがくように身をよじらせて、泣きじゃくっていたヴィヴィオ。
なのはが胸元にもぐりこんできたちいさな身体をまもるように腕のなかに抱き寄せて、瞼におやすみのキスを落とす。まだ整えられていない眉を指先でなぞると、安心したように八の字型のそれがおだやかな曲線を描いてくれる。そうすると、きまって落ち着いておだやかな眠りについてくれた。そんなおまじないも、いらなくなる日がくるだろう。彼女はもうひとりで、眩しい朝陽に瞼をあたためられて自然と起きあがることができる。ゆりかごに深くさしいれた、二本の力強い腕に抱きあげられなくても。


海鳴市、午前零時。
眠りにつくまであと一時間は、いつもふたりの熱い時間。いつもなのはが聞かせてくれる夜伽話は、私の知らない子供時代の彼女のことだった。なのはが、あたたかな家庭に育まれていたんだと知って私は嬉しくなる。私に出逢う前の彼女は出逢ってからの彼女とおなじくらいすてきな女の子だったと、信じられる。翠のゆりかごにゆられて、蒼い空と淡い海風に抱かれて育った少女の手が、いま新しいいのちをおなじ揺りかごのなかで動かす。
唇からささやきおちる、耳こそばゆい睦言にまどろみかけた私を、深い睡夢の底へと誘ってくれる子守唄。

その日、ひとりの少女をふたりで愛おしく抱いて、裸の指を絡めたまま、私たちはおなじ夢の世界へおちていった…。


【完】



【魔法少女リリカルなのは二次創作小説「翠のゆりかご」(目次)】






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